義妹エージェント
亜咲
第1話 その義妹、最強につき
『ハロー愛息子。実は父さん、再婚したんだよね』
「はぁ」
スマホの向こう側から聞こえた陽気な知らせに、特に驚きもしなかった。
どうやら俺の親父は、三回目の離婚のあと、四回目の結婚をしたらしい。
だからまぁ、またか、ぐらいの感想しか出てこないのが事実だ。
『なぁんだつれない反応してくれるねぇ。今回こそおめでとうの一言ぐらい期待していたのに』
「はいはいおめでとう……。で? 今度の相手は? またどっかの組織のハニトラ要因じゃないだろうな」
『はっははは! 後半は違うねぇ!」
「前半は合ってんのかよ」
やっぱりそういう関係性か。
きっとまた俺が一度も会うことなく、声を聞くことも、下手をすれば名前すら知らないまま、その女は牢獄行きかどっかで蜂の巣にされて死んでしまうことだろう。
何をどう間違えたらこんな現状が成立してしまうのかはわからないが、とにかくうちの家系は世間一般で言うところの『普通』とは程遠い。
両親も祖父母も、その上も、どこまで遡っても皆職業は殺し屋。
それもかなり腕が良くて、業界では売れっ子なんだとか。
おかげでカネに困ったことは今までで一度もないし、買いたい者は基本なんでも買えてしまう。
そんな富豪生活の中で唯一困ったことを上げるとするのなら、俺自身もまたそういう生き方を強いられてしまっているということだ。
少し遅れたが、ここらでひとつ自己紹介をしよう。
俺こと
銃の扱い方、並びに人の殺し方は三歳から学び、初めて人を殺したのは確か五歳の頃。親父の仕事に同行して、俺をただの子供だと勘違いして保護しようと近寄ってきたCIAの末端を拳銃でズドン。何が起きたのかはわからなかったが、後に俺をべた褒めする親父を見て、俺は自分自身ものすごくいいことをしたんだとばかり思ってきた。
今考えればマジでイカれてる。もう一生普通の生活には戻れないだろうな。
「はぁ……」
この通り、自分の人生を省みればため息しか出てこない。
だというのに、電話の向こうのテンションはいつだって南国リゾート気分だ。本当にイカれてやがる。
『それでだ、愛息子。今回はお前に少しばかり大事な話がある』
「なんだよ。またロンドンに行けとか言い出すんじゃないだろうな」
偽造パスポートも変装も、正直ハラハラしかしないんだよ。
『いや、逆だなぁ』
「は?」
『もうじき来るはずだよ。ロンドンから、大我の家にね』
「来るって……誰が」
訝しげに俺が訊くと、親父が電話の向こうでクスリと意味ありげに笑みを漏らし、
『妹だよ! 大我に妹ができるんだ!』
そんな荒唐無稽なことを、声高らかに言い放った。
「はぁ?」
意味がわからず聞き返す。
『それじゃ、今僕たちは愛を育んでいる最中だから! あとは大我に頼んだよ!』
「いやちょっと待てよ! い、いきなり意味わかんねぇし! つか昼間っから盛んだなぁおい!」
『はっはっは! 父さんまだまだ若いからねぇ! このまま家族が増えてしまうかもしれないなぁ!』
このアホ親父っ!! サイコパス!!
『あ、そうそう』
「今度はなんだよ……」
親父は何かを思い出したように、ぼそりと付け加えた。
『任務は必ず妹と二人でこなすように。家族なら守り合うのが当然だからね』
「そ、それってつまり……」
妹も殺し屋ってことなのか?
多分、そうだよな。
それに妹ってことは、もしかしなくても俺よりはいくつか年下なわけで……
まさか同じ境遇のやつがいたなんてな。柄にもなく運命なんてものを感じてしまいそうだ。
『とにかく、あとは頼んだよ! それじゃ。……(っぁーん! もう、あなたったらぁ! あっあっ)』
「で、電話切れてねぇよアホ親父!」
『――プツリ』
この歳になって親のそういうのを目撃してしまうと、なんというかどうしていいかわからなくなるな。
正しくは聞いただけども。まぁそんなことはどうでもいいとして。
なんと俺に、今日妹ができるらしい。それもおそらく、同業者。
親父が引っ掛けたのか引っ掛けられたのかはいまいちはっきりしないが、とりあえず相手の女にも子供がいたということだろう。
もともとシングルマザーなのか親父と結婚するために離婚したのか、そのへんも曖昧だがまぁいい。
金が余るほどあるおかげで、俺が住んでいるここは厳重なセキュリティが完備された都内の高層マンションの一室だ。
他の階に住んでいる奴らも大体は同業者だし、まぁ変に困惑されることもないだろう。
部屋も何部屋か空きがあるし、無駄に顔をあわせなきゃとりあえずは上手くやっていけるだろう。
親父は任務は一緒にやれとか言っていたが、その真意がいまいち掴めない。
なんて考え込んでいると、家の中に軽快な電子音が鳴り渡った。来客なんて滅多にない。宅急便を頼んだ覚えもない。
「妹……ねぇ」
はたしてどんなやつなのやら。
モニターを覗くと、画面の端で綺羅びやかなブロンドがふわりと揺れた。
「はーい」
俺が応じると、今度は画面いっぱいに宝石玉のような碧眼が映し出され、ぱちぱちと数回瞬く。
そして明るい声色が飛んできた。
「あ! えっと、今日からお世話になります! エリィ・クルーガーです!」
へぇ、そんな名前なんだ。ってか顔近いな。
ロンドンからとか言ってたし、金髪に碧眼だし、予想通り純西洋人。身長もそこそこ高そうだ。
「はいはい聞いてるよ。ちょっと待ってろ、今鍵開けるから」
玄関へ向かい、指紋認証と顔認証で二重のロックを解除する。
ゆっくりとドアが開いて、そこに立つ義妹の全貌が明らかとなった。
「は、話は聞いてるんで。とりあえず中に」
「はいっ。失礼します……」
なぜか、顔を合わせた途端に妙な緊張が走る。
やっぱあれだ。学生生活とか青春とか、そういうのは生きていく上で必要なものだと思う。
こういう場面に直面すると、他人との会話の仕方みたいなものがよくわからんなと毎度のことながら感じている。
コミュ障というやつだ。
リビングへと案内しながら、ちらりと後ろを振り返る。
「……どうかしました?」
「あ、あぁいや、なんでも……」
なんというか、ビビるぐらい美少女である。
白人由来の真っ白で透明感のある肌に、モデル顔負けのプロポーション。
腰まで伸びるブロンドはまるで人形の髪の毛みたいに細く綺麗だ。
そしてなんとも、このスーツ姿が恐ろしいほど絵になってやがる。ハリウッド女優みたいだ。
……これはトラップか? ハニトラなのか?
家の中を一通り案内したあと、もう一度リビングへと戻って来て、俺達は対面する形でソファーに腰掛けた。
「えっと、その、俺の妹……になるんだよな?」
徐に口を開くと、エリィは少し肩を力ませた。
「そうなりますね……」
困惑、というか、少し緊張しているようだ。
「なんて呼べばいい」
「エリィで、いいです」
「じゃあ、よろしく……え、エリィ」
「ここ、こちらこそ! えっと、お、おにい……さん……」
――お兄さんだと……?
不意打ちを食らって固まっていると、エリィは慌てた様子で身を乗り出してくる。
「いや! その、なんていうか、こういう家族とか、兄妹とか、ずっと憧れてたので……」
肩を竦めながら、エリィはぽっと頬を赤く染める。
「そ、そうか。まぁなんとなく、俺もわかるよ。そういうの」
完全に同感、とまではいかないが。
そういう世間一般で言う普通の家庭環境に憧れたことはざらにある。
やっぱり、同じ境遇の人間なんだな。エリィは。
ぱちんと両手を合わせて、エリィが戸惑いつつも少し表情を明るくした。
「あ! せっかくですし、ご飯にしませんか? お昼、まだですよね?」
「うん。ちょうどいいからそうしよう。用意は、任せてもいいか?」
「あ、はい! これでも、料理の腕には自身があるんです!」
「そっか。そりゃ楽しみだ」
返答に困ったために話題転換を試みただけだと思うが、ちょうど腹も空いていたし特に文句はない。
食事の用意もしてくれるみたいだし、これからはエリィに任せてみてもいいかもしれない。
妹ができた、という実感はいまいち湧いてこないけど、これからゆっくり仲良くやっていけたらと思う。
だから、そのためにはまず……
「あ、あのさエリィ」
「は、はい?」
俺が呼び止めると、エリィは上着を脱いでちょうどエプロンを装着している最中だった。
「敬語じゃなくても、いいから」
意を決して俺がそう提案すると、エリィは小さな笑みを見せながら答えた
「――うん! そうするね、お兄さん!」
鼻歌を歌いながらキッチンに立つ妹を眺めていると、ポケットの中でスマホが振動した。
画面を見ると、親父からのメッセージだった。
特にメッセージなどは添えられておらず、表示されているのはなにかのサイトのURLだけ。
「……なんだ?」
タップして約三秒後、そこに表示されたのは一人の少女の写真。銃を片手に愉快にピースサインを決めたブロンドヘアの美少女。
そしてそれは、今まさに俺の目の前で料理をしている義理の妹で……。
写真の下に添えられた文字に、俺は思わず発狂した。
「はぁあ!?」
【エリィ・クルーガー 懸賞金2,000,000,000】
18歳、職業殺し屋、最終学歴幼卒――そんな俺に、超美人の妹ができた。
懸賞金20億の、妹が。
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