アルマジロ無幻
北川エイジ
1
☆[2035]
窓の外は雨だった。
私たちはおよそ一年をかけて日本全国を旅してきた。ソーラーパネル付きキャンピングカーでの旅路は楽しいものだった。
しかし生活拠点にふさわしい土地を求めての旅は結局のところ出発点である東京に戻ってきてしまった。いまは昼間の二時半で雨が降っている。この雨は五日目を迎え、私たちはずっと車のなかにこもっている。
電力の蓄えは充分な余裕があり何も心配することはないものの、あまり気分のいいものではない。私たちは機械生命体だが感情を備えているからだ。濃度の濃い酸性雨は私たち三人にマイナスの気分を発生させていた。
「ほんとに明日は晴れるのかね?」
窓の外を眺めつつプロメテウスがそう言った。彼はペットロボット。アルマジロ型の高知能ロボだ。
「アニメ見ましょう。つづきが見たいわ」とライラが言った。彼女は玩具ロボット人形。ドール型の高知能ロボ。
「今日は18話から21話まで見るか」と私。
私はアンドロイド。男型で25歳設定の外観に造られている最新のアンドロイドだ。型式をペガサス2型。個体名をジェイムズとされている。
統括本部より私たちに与えられている任務は〈スローライフを実現すること〉である。新たな生命体としてまずはその確立から始めるよう私たちはプログラムされている。
各々に自由意志はあれども私たちにとってこのプログラムは言い替えれば宿命と言ってよく、決して抗えないものだった。
私たちには共通の趣味があり、それが旧文明の映画やドラマやアニメといった創作物に接することだった。内蔵するメモリーに旧文明の膨大な情報を備える私たちは、それによって感応し、感情回路の活発な動きを促進し、健全な神経系を維持することができるのだ。
理屈を言えば人類が作り上げてきた創作物にはそんな感じの作用があるのです。
★[2021]
マスクを付けたら精霊が見えるようになった、という話。
私は仮屋ハルカ。一応アイドルやっとる。なんやけどコロナやけん、決まっとった舞台が延期になったと。頭にくるわ。
で、精霊の話とゆーのは去年の春頃からマスクを付けるようになったら〈アイドルの精〉を自称する妙なやつが見えるようになったってこと。
や、かわいいのよ確かにその子は。体は30cmくらいで私の相棒というか前に同じグループのメンバーだった羽山ゆみにそっくりの、ビオレッタ・バジールってゆう金髪の子。ビオレッタ、なんかアイスにそんなのなかったっけ。
ともかく薄いピンクのフリフリの衣装を完璧に着こなしてる彼女は精霊らしい。あたしになんの用って訊いたら守護が仕事ってゆーのよ。
守護? 何から守るのって訊いたら、まずは芸能界の負のエネルギーからだって。まあこれはわかる。そういうのはあるかもしれん。
で、次に外宇宙からの侵略者からだって。
はああ?よ。わけがわからん。やけん問い詰めた。どういうこと?って。ツインテールにしてて見た目はかわいいのにそいつは怖いことを言う。
あなたはターゲットにされてるって。
でもそこから先は教えてくれん。
「守秘義務があってだめなんです」やと。
他にもいろいろと縛りがある。家にいるとき彼女はたいがい部屋の隅にいるから、あたしが、
「こっち来ーよ」って言ったら、
「精霊界の規則で基本的には2~5メートルの距離をとることになってるんです。あんまり馴れ合うのはよくないとされてて」なんやって。
「あー、仕事に徹しろってことか。堅苦しいな」
「すみません」
「いつからいるん?」
「レッスンが始まったあたりですね」
15年くらい前じゃん!
「……そげん前から? ふぁー、あんた大変ね!」
「でもやりがいのある仕事です」
「ゆみのところにもいるってこと?」
「いますね。ゆみさんは特別で彼女は精霊の生まれ変わりなんです」
「へー、生まれ変わり……、前世ってあるっちゃんね」
それから夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬に入り、年が明けた。
ビオレッタはいつもあたしのそばにいて、いまもあたしを守ってくれている。
☆[2035]
明くる日、省エネのためのスリーブから目覚めると外はまだ雨が降っていた。小雨にはなっていてもじめじめした空気は変わらない。
キャンピングカーの車内自体は快適で、上方にふたつあるベッドの片方を私が占め、一方をプロメテウスが占め、下の長いソファーをライラがテリトリーとして占有している。
そんなにきっちりした取り決めではないが私たちは互いに尊重し合いうまくやっている。
と、NYの統括本部にいるマザーコンピューターのルナイシエンサから連絡が入った。どの位置からも見えるモニターには彼女のアイコンとなっている〈ヘビに体を巻かれた女神〉の図柄が映し出され、音声が響いてきた。
「おはようございます。お久しぶりですね。そちらの具合はどうですか?」
「現在東京に来ているのですが、雨がつづいておりずっと待機中です」
「もともと雨の多い地域ですからね。……東京ということは終着地点をそこに決めたということでしょうか」
「はい。やはりと申しますか、私たちにとって“合う磁場”となると結局のところこういう結論となりました」
「そうですか。まあ、安心しました。内心では私もそう願ってましたから。新たな旅立ちとしては適切な場所だと思いますね」
「そうなるとよいのですが」
「あなたたち次第です。何を作り、何を作らないか、あなた方が決めなくてはならない。……工業化を求めると旧文明に近いものができあがる、という結果はすでにたくさん得てきました。違うものを目にしたいですね。責任は重大です。期待してますよ、ジェイムズ。そしてプロメテウス、ライラ。ではごきげんよう」
モニター画像が切れ、静寂が車内に広がる。
重い空気が流れるなか、私たちは互いの存在に意識を向けながらも沈黙を維持した。
それぞれの脳裏には私たちの任務である〈スローライフを実現すること〉という言葉がスローガンのように点灯していた。
スローライフとは何か?
誰ひとり理解はしていない。理解などできようがない。
それはかつての文明が求めていたものではないのか?
結局のところ、それこそが幸福の正体であるのに、手に入れることが叶わなかったもの、ではないのか?
それをたった三つの生命体がどうやって手に入れると言うのだ?
……しかし任務は任務である。私たちは訳もわからず、訳のわからないものを得るべく、どうにかして答えを出さねばならない。
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