今どぉしようかなぁと思っているあなたに参考になればいいけど
ねこよう
第1話 序章
映画監督って、カッコいいなと思った。
映画館の暗闇の中、銃が連射されて、爆発が起きて、剣の達人が戦って、美女と恋に落ちる。なんて自由な世界なんだろうと思い、暇と時間と金さえあれば、映画館に通った。俺も絶対に名作映画を作って有名になってやる。日本映画界を復活させてやる。周りの友人たちは「アイツはAVの監督になりたいみたいだ」なんて言って笑っていた。ただコイツらに黒澤明や小津安二郎の凄さをどう説明しても分からないだろう。
高校二年生の進路相談。もう気持ちの中では決まっていた。
「日本に一校しかない、映画の専門学校を受験します」
柔道部の顧問だった担任の男性教師は
「おれはそういう世界のこと、よく分からないけどな、まあがんばれよ」
入学試験は、当日に分かるお題での創作作文。映画史や演劇史からの筆記問題。個人面接と集団面接。
創作作文は、大好きな時代小説を書いた。それが個人面接では面接官に「君の書いた作品とても面白かった」「俺はこういうの好きだな」と絶賛された。
これで気分が良くなってしまって、「受かった」と確信した。そんな事を考えていた集団面接では、もうすでに受かった気満々で、ほとんど発言しなかった。
野球で、9回ツーアウトで2対0、「もう勝った」と考えてしまうチームは、たいてい勝てない。
落ちた。きれいに落ちた。ものの見事に落ちた。
学校を卒業してしまい、さあどうしよう。とにかく、高校からやっていたコンビニのバイトを続けながら、一年浪人して来年また同じ学校を受けよう。と決めた。
大学に行くための浪人なら予備校がたくさんある。でも、映画の学校に行くための予備校なんてない。とにかく、映画をたくさん観て、本をたくさん読んで、創作作文を五〇本作ると目標を決めて、ひたすらそれに打ち込んだ。
今度の試験―試験日当日に、試験会場の駅で、大学を目指して予備校に通っていたはずの高校時代の友達カネダとばったり会った。
「どうしたんだよ? こんなところで」
「いや・・・おれも、あそこの脚本家コースを受けようかなと思って」
確かに、カネダは本が好きで、高校の休み時間もよく一人で本を読んでいた。でも、大学が受かりそうもないからこっちならって方向転換したんだろう。そんなに甘いもんじゃねえぞ。と思ったが口には出さなかった。
試験が始まった。創作作文については、頑張って一年間やってきた。という気持ちがあったので、本当にその場で思いついたストーリーを即興で書いた。二人の侍が、決闘をしよう、ということで盛り上がっていくストーリー。途中まではスムーズに書き進んでいったが、いよいよ決闘という終盤になってきて、良いオチが思いつかない。どうしよう、試験時間は刻々と過ぎている。何とかしないと、という焦りで、追いつめられていく。
エイヤ!と書いたのが、一人の侍が「決闘はやめた」と言い、もう一人も「わしもじゃ」と言い、二人は見物に来た観衆にボコボコにされる。というオチ。
個人面接では、作文について、面接官に「うーん・・・」と声にならない言葉を出されてしまった。ならば挽回しよう、と集団面接に挑んだ。
集団面接のお題は「相撲の土俵で女性が昇るのを禁止にしている」ということについて、賛成派と反対派に分かれて議論する。というもの。
試験官の「じゃあ、反対派をやってみたい人はいるかな?」という問いかけに、いの一番に「はい」と手を挙げた。こういうところの積極性も、試験に加味されるのだろう、とズル臭く見込んで。
自分の中では、土俵に女性がのってはいけない、なんて古臭い考えを吹き飛ばすような新しい発想をバシバシ発言すれば、試験官も「お、彼は革新的な発想が多い若者だ」となてくれるだろう、と皮算用していた。
5人対5人に分かれて、試験官が「じゃあ、始めて」の合図でスタートした。
ここは、議論の突破口が肝心だ。
「じゃあ、そちらの皆さんはどういう考えで賛成なんでしょうか?」と口火を切った。一番端に並んで座っていた、大人しそうな男性が、それに答える。
「え―と、僕は、土俵に女性が登るのに、反対というのは、もう古臭い考えだと思います。最近は、女性も社会にどんどん進出していますし、男の人と同じように働く女性も多いですし。だから、女性は、土俵にあがっても良いんじゃないかと思います」
ハ? 何言っているんだこいつは?そっちは女性が土俵に登るのに賛成なんでしょう? でも、負けじとこちら側の人が「なぜ女性を土俵に上げてはいけないのか。それは、昔から続く伝統なんですよ」と反論している。・・・・アレ?ひょっとして、オレって勘違いして「女性を土俵に登るのに反対派」に入っちゃってる?でも今さら「あのー僕は賛成派です」なんて言えない。
結局、賛成派の意見にうなづきながらも、自分は反対派だからそこは譲れん。みたいな、どっちつかずの考えになってしまって「土俵を四角にしたら土俵とは言えないから、それなら女性も土俵に上がれるんじゃないか」という案を出して議論が迷走してしまい、試験官に「ちょっと議論が変な方向に進んでいるね」と指摘されてしまった。
試験発表当日、カネダと一緒に合否発表を見に行く。
137・・・137・・・・137・・・やっぱりないか。と思った隣で「あ、あった」という声がした。本当ですか神様。一年間この学校に行きたくて頑張ったワタクシじゃなくて、大学がダメだったからこっち行こうかってスタンスのこいつが受かるんですか? もう神も仏もないやね。努力すれば花開くなんてのは、嘘だね。
さあどうしよう。2浪して大学ってなら分かるけど、専門学校で2浪ってのは無いんじゃないか。だからって別になりたい職業なんて思いつかない。世の中は、バブルがはじけただなんだと言っていたが、まだ「どこかの会社に就職すれば一生安泰」って空気が充満していた。会社に入れば安泰なのだから、慌てて就職する必要もないかな。
部屋の中でそのチラシが目についたのは、本当に偶然だった。この一年間、映画だけでなく、演劇も何本か観はじめていたが、その中で見た公演のチラシ。「劇団員募集」と書いてある。
「劇団いて座・・・アマチュア劇団・・・」
確か、観に行った公演は、出演者のダンスシーンはバラバラだし、明らかな段取りミスもあり、演技も下手な人はほんとに下手。で、楽しいお芝居とは思えなかった。ただ、自分の心理的にレベルの高い所で「なにやってんだお前」と怒鳴られながらやっていく覚悟はなかった。そういうレベルが低そうだから、演劇に未経験の自分が入る余地があるのではないか、と甘い考えがよぎった。
とにかく、ものを造る立場の方に、少しでもいたかった。
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