全身鎧の行商ちゃん 僕は普通の力しか持たない転生者
ねっとり
第1話 全身鎧の行商ちゃん
のっしのっし、と聞こえそうな重々しい音と金属が擦れる音。
道行く人々は、その者を不思議そうに眺めている。
ここはアマドの町。中世ヨーロッパを思わせる景観は正しく文明レベルに直結している。
そこかしこに帯剣した皮鎧姿の者たち多数。ダボダボのローブを身に纏い三角帽子を目深に被る魔法使いらしき者たちの姿は、しかし、ここではありふれたものだ。
ここの住人たちはファンタジー世界なる物を知らないだろう。
しかし、ここは正しくファンタジー世界。剣と魔法が世界の理となる世界。
そこなる世界に紛れ込んだ異物。人はそれなる者を転生者という。
彼ら転生者は神より授かった特殊な力を用いて、未熟な世界に様々な影響を及ぼした。
このファンタジー世界モトトも、その影響を受けている一つと言えよう。
転生者は運命に翻弄されつつも、ある者は魔王を打ち争いに終止符を打ったり、戦乱に暮れる国々を統合し争いを収めたり、と偉業を成し遂げてきた。
だが、中には自由気ままに神に与えられし力を振るい、魔王として別途召喚されし転生者に討たれる、という事案を起こした者も少なくない。
転生者は己の運命を受け入れたり、或いは拒絶したり、と自分なりの答えを見つけるものであった。
しかし、中には捻くれ者もいるわけであり、そして、神から恩恵を授からずに転生してくる者もいた。
彼ら転生者は往々にして前世の記憶を所持している。
だが、特殊な力を持たずに転生させられた者たちの末路は、その大半が悲惨なものとなった。
それは、ライトノベルと呼称される創作物語を知っていたがゆえの悲劇。
努力すれば、いつかチート能力を得ることが、あるいは覚醒することができる、と勘違いしての無謀な行動が、彼らをことごとく死に追いやった。
だが、これすらも神々の定めたレールの上の出来事であることを転生者たちは知らなかった。
しかしだ、その神ですら予想できない行動を取る者がいた。それが彼女だ。
禍々しい漆黒の全身鎧を身に纏い、巨大なリュックサックを背負って、のっしのっし、と亀のごとき速度で道を行く黒髪黒目のぽっちゃり少女は、神であっても目を離すわけにはいかない存在であった。
そんな彼女は、おもむろにリュックサックを石畳の道路に置く。
地震でも起きたのか、という揺れが起こって、アマドの住人たちは目を丸くして驚いた。
だが、それなる騒動を起こした少女は、お構いなしにリュックサックから茣蓙を取り出し路上に敷く。
そして、リュックサックから様々な品物を取り出し茣蓙に並べる、と人々に向かって呼びかけ始めたのである。
「らっしぇー、らっしぇー、珍品、珍品から珍品あるよー」
「「「珍品しかねぇのかよっ!?」」」
住民たちの温かなツッコミを受けて、全身鎧のぽっちゃり少女は朗らかな笑顔を見せた。
彼女の名はアマネ・ユーネス。転生者だ。
そして、前世の名は【天音 源十郎】。この名前から分かるように、前世は男性である。
だが、厳つい名前からは予想もつかないほどに穏やかな性格をしており、争いを好まない優しい男であった。
そんな彼の享年は五十歳。死因は餅を喉に詰まらせての窒息死である。
天涯孤独の身であった彼は、そのトラウマからか、誰も愛さず独り身を貫いていた。
だからこその、悲しい死を迎えていたのだ。
また丁度このタイミングで、地球の増え過ぎた魂の剪定審査に源十郎は引っかかってしまう。
この引っ掛かった者たちこそが転生者であり、まだ魂が少ない異世界へと送り込まれる。そして送り込まれたのが、現在、盛んに転生者を受け入れているモトトという世界だ。
この世界はまだ未熟とあって、様々な転生者たちが好き放題に世界的な革新を引き起こしている。
それは様々なメリット産んだが、同時にデメリットも引き起こしていた。
敵意を一手に引き受けていた魔王が転生者の勇者たちによって滅ぼされ、その敵意が拡散、今は転生勇者を保有する国同士での諍いに発展していたのだ。
そんな、不安定な世界に源十郎は転生者として送り込まれる。
しかし、彼女は特殊な力を持たされていなかった。
持たされていたのは前世の記憶のみ。
これに果たして彼は不満を覚えたか、というとまったく無かった。
何故ならば、今世は彼が望んでも得られなかった両親を手に入れることができたからだ。
更には弟も誕生し、彼の乾ききった心は潤いを取り戻すことになる。
片田舎で幸せな幼少期を過ごした源十郎は、時と共に女性的な性格へと、そして女性としての生き方を覚えた。
やがて、成人となる十五歳の時、彼女は故郷の村を旅立つことになる。
村の掟に従い、成人と同時に聖都ホリウムへと巡礼に赴かなくてはならないためだ。
そこまでの道のりはいかなる手段を用いても構わない。
しかし、源十郎はわざわざ徒歩で赴くことを選択する。
それは、実家の雑貨店を手伝うのに、行商として経験を積めば役に立つのでは、という軽い考えからだった。
だが、この選択が、後に神々を悩ますことになる、などと知る由もない。
始めに彼女は小さなリュックサック、粗末な皮鎧、くたびれたナイフを所持して旅の途に就いた。
この頃、神々は別の転生者に注視しており、また、他の転生者たちの動向にも目を光らせていた。
したがって、源十郎は完全にノーマークとなっている。
また、事前調査によって、源十郎は特殊な力を持っていないことが判明していた。
だからこそ、悲劇は起こってしまったのである。
源十郎ことアマネは、特殊な力を持たない。そう、特殊な力を持たないのだ。
つまり、普通の力は、ごく当たり前に持っている、という解釈ができる。
アマネは幼い頃から力持ちであった。だが、それは普通の範囲を超えていない。
それは、大人顔負けの力であったが、女の子が男よりも力持ちだと嫁の貰い手が無くなる、と危惧した母親から過度な力を見せないことを教え込まれて育った。
そして、父親からは薬の調合を教え込まれている。小さな村では薬師と雑貨屋は兼任になることが多いためだ。
アマネは幼い頃から普通に賢く、父親の教えを綿が水を吸収するごとき速度で次々に習得してゆく。
だからだろうか、父親は教えるのが楽しくなり、ついつい、禁断レベルの製薬術をアマネに伝授してしまったのだ。
だが、まさか母親によって抑えつけられた力と、幼い頃に詰め込み過ぎた製薬の知識が奇怪な化学反応を起こす、などと誰が予測できるだろうか。
それは、アマネがポーションを製作しようと材料を鍋に投入した時に起こった。
小さな鍋で五つ分のポーション製作は無理がある。
しかしアマネは何を思ったのか、ポーションの材料を力技にて強引に圧縮、手で以って小さくして鍋へと投入した。
馬鹿力の成せる業であったが、これは父の教えに反するもである。
しかし、アマネは「まぁいっか~」とこれを黙認する。
この暢気な性格と細かいことを気にしないという大雑把な性格は生来のものであり、両親も修正叶わなかったものだ。
うんうん、と悠長に構えて材料を煮込んでいたその時の事だ、突如として鍋が大爆発が起こって、アマネはこの世から消失した。
果たして、彼女の人生はここで終わってしまったのであろうか。
だが、これで終わりではなかったのだ。
消失したはずのアマネは何故か黒い全身鎧姿となっており、更にはこの世界の最強武器デスグラビトンアックスを手にしていたのである。
アマネは「ほあ~」と突如出現した武具たちに間抜けな表情を晒す。
実はこれらは失われたはずの魔王の愛用品である。
この禍々しい全身鎧も、かつて魔王が身に付けていた、とされる曰く付きの品だ。
だが、このような物を身に付ければ、転生勇者であっても正気ではいられないだろう。
しかし、アマネはまったく問題が無かった。
呪われた武具たちの恐るべき負荷に、普通に耐えることができたのである。
そして、これらを普通に受け入れていたのだ。
この瞬間、神々は己たちの見落としに気付いた。
そう、天音源十郎は特殊な力を持たされていなかった、のではなく、普通、というわけの分からない特殊な力をもっていたのである。
先ほどの爆発も普通なら起こらない。
だが、普通に起こったのは、普通の力によるものだ。
神々は頭を悩ませる。こんなことは普通では考えられない。
しかし、彼らは気付いた。既に自分たちも、普通、に感染している、と。
その後、アマネは普通に突然変異を巻き起こしながら、街道を普通に進んだ。
行く手を遮る強力な魔物が現れてアマネを妨害するであろうことが予想された。
しかし、彼女は既に最強クラスの武具を身に纏っており、現れた魔物たちを普通に薙ぎ払ってしまう。
「お~りゃ~」
「ぴぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
熊のような魔物が禍々しい斧によって粉々に粉砕されてしまった。
五tもの超重量を持つ両手斧は、アマネによって、普通に片手持ちをされている。
そして、使い終わったそれを巨大化したリュックサックに無理矢理詰め込む。
このリュックサックも突然変異を起こしており、無限に物がしまえる無限リュックサックへと変わり果てていた。
当然ながら神器クラスの道具である。
これに神々は頭を抱えることになった。
今のアマネを言い表すのであれば、魔王がのんびりと旅している、といえようか。
いずれにしても普通ではない。
そんな彼女は着実に聖都へと歩を進めているのだが、その途中、転生勇者を抱える国を二つほど越える必要が生じていた。
そして、最終目的地である聖都ホリウムにも聖女と称えられる転生勇者の姿がある。
果たして、全身鎧の行商ちゃん、を自称するアマネは、普通に聖都に辿り着くことができるのであろうか。
そして、神々の胃は最後まで持つのであろうか。まさに、神のみぞ知るところであった。
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