団地から見た夕日が綺麗だった

降矢めぐみ

第一話 真夏のショッキングブルー

 真夏の太陽がじりじりと肌を焼く。梅雨が明け、本格的な暑さがやってきた。湿気が残っているせいか、体全体に水滴がまとわりついている。これでもかというくらいギラギラと己を主張してくる太陽を、俺は睨みつけるように目を細めて見た。

 夏は嫌いだ。冬は動けば多少は体が温まるけど、夏にいくらじっとしていたって暑いだけ。おまけにこの生まれつき少し明るい茶髪が日に焼けて、新学期が始まる頃には染めたのではないかと疑われる。黒く染めたいと思うほど気に病んだことはないけれど、小学校の時に周囲から騒がれた時は、さすがに鬱陶うっとうしく感じられたものだ。

 今日から試験期間の二週間前に突入した。部活動は一時的になくなり、昼下がりのこの時間、自宅までの道のりを太陽に照らされ続けなくてはならない。

「なあなあ太智たいち、今日から放課後、お前んちで勉強会ってことでいい?」

 下駄箱で待機していると、遅れて幼馴染みの真人まさとが階段を駆け下りてきた。一度階段を下りきったところで、忘れ物に気づいたと戻っていったあいつを待つこと一分弱。まるでトイレにでも行っていただけなんじゃないかってくらい涼しい顔をして、こいつは俺の隣に戻っていた。三年の教室は二階だから、バスケ部のあいつは息なんて上がらない。にもかかわらず薄らと額に汗をかいているのは、やはりこの暑さのせいだろう。

 忘れ物と言っていたわりには、リュックのボリュームが随分と増したような気がするけど。

「いつも勉強会って言うけど……結局は俺と真人の二人だけじゃん」

 最初の頃はもう少しいたのだ。こいつが部活のメンバーを誘い、多い時で六人が集まった。けれどその六人は、今はもういない。理由は自覚している。

「うーん。俺は太智の説明、分かるんだけどなー」

 それは決して俺に気を使っているわけじゃない。実際に俺が説明したところを、真人は解けるようになっている。ただこれはあいつ限定らしく、同じように説明しても、他の人からは「うーん」と唸られるだけだった。

 俺の説明を理解した真人が説明し直しても、あいつはそもそも説明が上手くないから、結局は伝わらない。俺の家がただの自習室に成り果てるところだったのを、その六人がなんとか回避してくれた。

「あ、もしかしてさっきの忘れ物って――」

「そ! べんきょーどーぐ」

 なるほど、どうりでこいつのリュックが悲鳴を上げているわけだ。



 真人との「勉強会」を終えると、家の中は途端に静かになった。戸建てに俺と母さんの二人きり。去年離婚してすぐに父さんが家を出てからは、会話の数はめっきり減った。

 そんな母さんから、夕食後、珍しくリビングに引き止められた。

「ねえ、たいちゃん。ちょっと話があるんだけど……今、いい?」

「うん。大丈夫」

 顔には出さないようにしているけど、かなり動揺している。こんなふうに改まって、母さんは俺になんの話をするつもりなんだろうか。

 椅子に座り直し、俺は母さんの言葉を待った。

「ありがと。……あのね、こんな時期で、たいちゃんにとってはすごく申し訳ないんだけど……」

 出た。母さんの癖、前置きが長い。

「何?」

「実はね、母さんの転勤が決まったの。それで、引っ越しが必要で……」

「転勤? 引っ越しが必要な?」

 母さんはまだ何か躊躇ためらっているらしく、もぞもぞと動く指が止まらない。

「うん。転勤先がね、福岡県なの」

 ……は?

 うっかり口から出そうになったのを、かろうじて飲み込んだ。ここは千葉県だ。こっから九州? 冗談じゃない。だって――。

「じゃあ、真人と一緒に受ける都内の高校は……」

 母さんは必死そうに笑顔を作った。

「あ、でも、どうしてもってことならもう一回お父さんに話をしてみるから」

 そんなことをしたって、答えはノーに決まっている。だって父さんは、家を出る前に母さんに言ったのだ。

 ――太智は奈々ななちゃんに任せるよ。俺は仕事で手一杯で、太智の面倒を見る余裕がない。

 別にもうすぐ高校生なんだし、面倒を見るとまで言われちゃあ過保護なんじゃないの、とも思ったけど、どうせそんなの口実だ。要は俺を引き取るのが億劫なだけ。

「まあ、転勤なら仕方ないでしょ。二学期から? そっち行くの」

「うんそうね。テストが終わったら、少しずつ荷物まとめてくれると助かるかな」

「分かった」

 母さんの、ほっとしたような息を吐く音が聞こえた。父さんにお願いすると言っても、かなり言いづらいことは俺にも分かる。家族を大事にしてないというわけではないけれど、お家柄、仕事を優先的に考えなければならない立場なのだ。

 自分の部屋に戻ると、ベッドにダイブして大きく溜め息をついた。

 真人になんて言おうか。それよりも、三年の夏に転校という現実も頭を悩ませる。

 この日はなかなか寝つくことができず、寝不足のまま翌朝を迎えた。

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