第17話 葛葉小路商店街の怪(12)

※ツヨのセリフの符号を変更しました。テレパシーを使用している時のセリフは『 』、実際に話す言葉は「 」とします【R4.2.28更新】

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 なぜ、タロウザエモンさんは私のことを知っているんだろう? しばらくお互いの間に沈黙が流れる。


「愛紗?」

「え? お前さんたち知り合いなのかい? 私は初めて会ったけど」

「……あぁ、ツキカゲは初めてかもね。愛紗は僕が初めてこの世界に出会ったときに会ったんだ……け……ど……」


 確か、タロウザエモンさんは50年前にこの世界に来たはず……そんな前に私は生まれていない。

私が答えに困っていそうなことを察したのか、タロウザエモンさんは私の顔を見ながら少し考え込んでいる。

 ツヨに助けを求めようとしたが、タロウザエモンさんの部屋をウロウロしてながら何かを探しているようだった。

 この状況はタロウザエモンさんに正直に話したほうがよいのだろうか? でもどこまで? まだ彼が信頼できるか分からないのに? 


「……あぁ、そういうこと」


 ふと、タロウザエモンさんがつぶやいた。


「君は僕が知ってる愛紗より過去の方みたいだね」

「?!」

 

 タロウザエモンさんの過去にあった私が……未来の私? そういえば、ツヨが私に別の世界に行くときは時間がねじれるようなことを言っていたような。


「まぁ、そう身構えないで。僕は何があっても君の味方だから」


 タロウザエモンさんは、私とは初対面だと分かったのだろう。さっきよりも優しい声で私に話しかけ、自身が着ている服を少しめくった。腰には切り刻まれたような黒い爪痕がみえる。

――瞬間、私の“死の契”(しのちぎり)から激痛が走る。


「痛っ~~~~!!!」

『!』


 私がその激痛でうずくまると、ツヨが私に背を向けるように、私とタロウザエモンさんの間に割り込む。タロウザエモンさんは、その様子を見ると、黒い爪痕を服で隠した。

 ――途端、激痛が収まる。


「この服の素材はね、呪いの影響を抑える効果があるんだ。まぁ、“死の契”みたいな神罰級の呪いには効果がないけどね……。愛紗に心からの忠誠を誓うと浮き上がるものなんだ」

「え?」

「……まぁ、今は特に意味を理解しなくていいよ。まぁ、お互いのことは、これからゆっくり知っていけばいいんだし。あとは食事しながら話そうか?」


 タロウザエモンさんは、私の手と腰に手を回すと、部屋の奥にあるテーブルを案内しようとする。そこでは、ツキカゲさんがカゴから食事のようなものを取り出し、食事の準備をしているようだった。

 “心からの忠誠”? 私は未来でタロウザエモンさんに恩でも売ったのだろうか? するとツヨのテレパシーが私の頭に流れ込んできた。


『……愛紗、彼、かなり気に食わないけど……彼の言っていることは本当のことだよ。あの黒い爪痕は忠誠を誓った相手に嘘をつけないし、嫌がることもしない。それに愛紗が死ぬと相手も死ぬ。愛紗の言葉は、相手にいい効果も悪い効果も与えるから注意してね』


 なるほど、そこまでの忠誠心ならタロウザエモンさんを信用してもよさそうだな。でも、私が死ぬと死ぬって……、重い、重すぎる……。なぜ彼はそんなことを誓ってしまったのだろう? 聞くのも怖いし……言葉には重々気をつけよう。

 そんなことを考えていると、ツヨとタロウザエモンさんがニコニコしながら、しばらく見つめ合っていた。


「あぁ、そこの飼い犬はこっちに来なくていいからね!」

『まぁ、彼には“死ね”って言っても構わないと思うけどね!』


 ほぼ、同時に二人に言われる。なぜ、そんなに険悪なのだろう? ツヨにとっては初対面なのに……。ツヨは、タロウザエモンさんの黒い爪痕を見てから機嫌がとても悪そうにしている。

 ……とりあえず、夕食を食べながら考えることにしよう。コロッケ食べれなかったし。


**********


 テーブルでの夕食は、タロウザエモンさんと、ツキカゲさんと、私の三人で食べた。この世界の食事は、見た目や味は、私の世界によく似ている。ただ、食材はこの世界のものを使用しているので微妙に色や形が違う。主に野菜や穀物が中心らしく、肉や魚で食べられるものは少ないらしい。確かに、この世界では妖怪みたいな存在が多いから、牛肉とかは食べられないのだろうな。ツヨは白い狐のような姿のまま、床に座りながら話だけ聞いている。まだ機嫌は悪いようだ。

 私は、ツヨとテレパシーで会話した結果、タロウザエモンさんとツキカゲさんに、今までのことを話すことにした。もちろん他言無用を前提にだ。あまり話さないことが多いと、重要な情報も聞けない可能性があるからだ。

 タロウザエモンさんは、会話のほとんどを知っているようだったので、あまり驚いていなかった。だが、ツキカゲさんは全てが信じられないようだった。特に“羅津銘”(らしんめい)が本物だった話は、手が僅かに震えているようだった。


「まさか……あれが本物だったなんて……中古屋で格安で売ってたのに……」

「返してほしいですか?」

「う~ん……いや、いい! 自分の零因子に見合わない加工は身を滅ぼすからね。今の生活で十分だから!」


 ツキカゲさんはブンブンと首を横に振る。

 確かに、国宝みたいなものが自宅にあったら心配で眠れないと思う。ツキカゲさんに過度な欲がなくてよかったと思う。


「で? これからどうするんだい? タロに元の世界の帰り方を聞いたら、もう戻ってこないのかい?」

「いや。さっきツヨと話したんですけど、ちょくちょく戻ってこようかと思っています……まぁ、時間の流れ方が違うので、次にお会いするのは過去かもしれないし、未来かもしれませんが……」

「ん? なぜだい? 愛紗はいいけど、ツヨはいいんじゃないの?」


 タロウザエモンさんが軽く微笑みながら、ツキカゲさんと私の会話に入ってくる。私と何を話したいのだろう? やはり向こうの世界のことが気になるのだろうか? 

ただ、残念ながら、この世界に来るときは、絶対にツヨを連れてこなければならない。


「だめです! 私の“死の契”はこの世界で進行してしまうんです。ツヨがいないと制御ができません! ……それにこの世界の零因子をツヨが取り込むことができれば、私の世界で活躍の幅が広がるらしいので」

「フンッ!」

「チッ!」


 私の言葉に、ツヨが満足そうに鼻息を鳴らす。タロウザエモンさんはあからさまな舌打ちを打った。どれだけ仲が悪いんだよ……全く。

 だが、私の世界でツヨの活躍の幅が広がるのは正直頼もしい。この世界を知る前までは、ツヨは自身がもつ零因子の使い方を大分節約していたようだった。その不足分の零因子をこの世界で補えるようになれば、シンの手がかりを調べる幅がぐっと広がるだろう。うっかり世界のルールに違反して自身の零因子の量が減ったとしても対応できる。


「いいじゃないか?! この世界の住人は成人になったら年を取らないからねぇ。タロも私も気長に待ってるよ」


 ツキカゲさんは、楽しそうに答えてくれた。正直、タロウザエモンさんとツヨが険悪なので、彼女の存在はとても助かる。


「なら、いつ帰るんだい? お前さんの世界とこの世界は時間の流れが複雑なんだろう? もう少しこの世界で過ごしてもいんじゃないのかい? もっとお前さんの世界の話を聞きたいねぇ」

「確かに、気になるお店とかもあるんですけどねぇ……」

「いや、材料をとってくるのに、一週間程度はかかるよ」

「え?!」


 タロウザエモンさんの言葉に耳を疑う。そんなにいなくなると、帰ってくる頃にはニュース沙汰になっているだろう……ホラ、皆忘れがちだけど、私、美少女だし……。


「いや、大丈夫。最近の時間軸だと、一週間程度だと、向こうの世界で3時間程度じゃないかなぁ」

「よかったあぁ~」


 ん? ツヨが少し固まっている気がする。

 

「じゃあ」

「ん?」


 タロウザエモンさんはいつの間にか、満面の微笑みで私の手を握っていた。


「一週間、僕の部屋で一緒に過ごしていいからねぇ」


 ……険悪な一人と一匹と一週間……先が思いやられそうだ。


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