第14話 葛葉小路商店街の怪(9)

※ツヨのセリフの符号を変更しました。テレパシーを使用している時のセリフは『 』、実際に話す言葉は「 」とします【R4.2.28更新】

――――――――――――――――――――――――――――――――


 赤い牛は、話し続ける。


「あぁ……別の世界でな、儂には娘がいたんだ……その夢をできれば長く見たい……」

「でもねぇ、これは心臓にも負担がかかるんだよ……」

「……息苦しいのは、そのせいなのか?」

「息苦しい? それはおかしいね――」


 赤い牛の手には、例のコショウの入った小瓶が握られている。その話し相手はどうやら女性のようだった。こちらからはフード姿の後ろ姿しか見えないので、これ以上はよく分からない。


「――その息苦しさは何度もあるのかい?」

「いや、今回が初めてなんだ……もう大分落ち着いたが……」

「ちょっと見せておくれ――」


 フードの女性は赤い牛の顔の口元に両手を当てる。緑の光の流れが、女性の手から赤い牛の顔に流れていく。


「……これは興味深い……まぁ、ちょっと弱めの“天外”(てんがい)を作ってやるからこれでがまんおし……」

「――効き目は?! またあの夢は見られるのか? 娘と……あの白い髪をした少女にも会えるのか?」


 赤い牛は、何かに必死のようだった……白い髪? ツヨのことか?

 

「何を見たかは知らないが……あの世界への干渉は少なくなるかもね……」

「は?」

「……こちらの話だよ」


 フード女性がふとこちらを見た気もする……鼻から下はフードで覆われていた……目元も暗くてよく分からない。


「さぁ、早く作って欲しければ早く帰ることだね」

「……フン、その分、金も多く取るつもりだろ」


 フードの女性は、赤い牛を出口まで押し出していく。

 赤い牛は、ため息をつきながら静かに出ていった。

 この後どうしようか――。


「さぁ、邪魔者はいなくなったよ。聞きたいことがあるなら、早く来な」


 ――そのようなことを考えていると、フードの女性がこちらを振り向き、こう言った。

 ……そうだツヨが側にいないから気がつかれたか……。


『愛紗……とりあえず行って……僕はここで様子を見るから』


ツヨがテレパシーで私に伝えてくる……確かに一人だと思わせたほうがいいかもしれない……。私はとりあえず、しばらく間をおいて、厨房のドアを開いた。


――ギイ。


「……どうも」

「あぁ、遅かったね」


 フードの女性は特に身構えることもなく、カウンターで算盤勘定をしている。


「どこから来たんだい?」


 フードの女性は単刀直入に聞いてくる。この女性、私たちのことをどこまで分かっているのだろう……この場合、しらばっくれてもしかたがないか……。


「えぇ……赤い牛さんの部屋に出てきちゃいまして……」

「あぁ、ということは向こうの世界から来ちゃったんだね……ということは、彼の息苦しさはお前さんが来たのが原因か。これは今後の“天外”の調合を変えないといけないねぇ」

「“天外”?」

「あぁ、これ。知ってるだろ?」


 フードの女性はコショウの入った瓶をカウンターの上に置く。


「あ! あまり身構えなくていいよ。お前さんに対して何もする気はないから」


 フードの女性は気さくに答える。

 このまま質問を続けてもいいのだろうか?


「あの……、“天外”は誰でも作れるんですか?」

「いや、今のところ私だけだね……。“天外”というこの世界の植物からとれる実から作るのさ。まぁ、一般的には毒物といわれているがね」

「毒?!……ですか」

「あぁ、いや特殊な加工をしているから大丈夫……だけどたまに熟しすぎたものはお前さんへの干渉が強くなるから注意が必要だね……今回みたいに」

「今回?」

「あぁ……それは」


 フードの女性は少し黙る……ちょっと話しすぎたという感じだ。


「この世界と愛紗の世界を行き来できるようになるとかね」


 そんな沈黙を破ったのは厨房から出てきた白い狐のようなツヨだった。

 

「久しぶりだね、“咲夜姫”(さくやひめ)……君に“羅津銘”(らしんめい)を託してから100年くらいかい?」


 ツヨの口調は少し怒っているようだった。

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