第13話 葛葉小路商店街の怪(8)
静かに玄関のドアを開けると、通りには提灯のような明かりが一定間隔で宙に浮き、あたりをほのかに照らしていた。黒く濃い霧のようなものが漂っているため、星や月は見えない。元の世界ではたしか21時ぐらいだったから、多分同じ時間なのだろう。
赤い牛の頭をしたもの(以下、「赤い牛」)はどこにいるのだろう? 私はとりあえず商店街の大通りに近づくことにした。
――ザワザワ。
通りに近づくと、何かが動く気配がする。
少し手前の物陰から様子をうかがうと――
「――っ!」
通りには、幽霊のような、獣のような、妖怪のような、鬼のようなもの達が所々歩いていた。2階のリビングから外の様子を見た時は何もなかったのに……。
『……多分、愛紗の目がこの世界に慣れてきたいんだと思う……早くしたほうがいいね……』
ツヨが私にテレパシーで語りかけてきた……どうやら急がないと“死の契”(しのちぎり)の浸食も進みそうだ。
とりあえずその場所から赤い牛を探すことにする……すると少し遠い場所でそれらしき姿が黄色の半透明な何かと一緒に歩いていくのが見えた。
『この世界の零因子なら普通に歩いても気がつかれないと思う。だけど、ぶつかったりしたらさすがに気がつかれるからね』
大通りは、混雑はしてないものの、巨大な蛇や、小さな小鬼の集団が歩いている。私の向いの店の前には天狗の面をした子供が楽しそうに青い幽霊のようなものを通り抜けて遊んでいる……どうやら青い幽霊の身体を通り抜けると接触した部分が僅かに凍るようだ。あまり、何も触れずに通り抜けた方がよさそうだな。
私は、急ぎ足で赤い牛のあとを追った……そのついでに商店街のようすもチラチラ見てみる。
元の世界の商店街と比べると、建物の階数や、幅、高さ、店の種類はよく似ているが、建物の色が紫や、緑、赤といった様子をみると、木材やコンクリート以外の材料でつくられているのかもしれない……だが、店の装飾は身近に感じられるものであった。例えば、江戸時代の商店のような雰囲気の呉服屋もあれば、昭和の雰囲気を感じさせるタイル張りの喫茶店のような店があった。この世界の食べ物には少し興味はあるかな……。
私は、そんなことを考えながら徐々に赤い牛に近づいていった……すると、黄色の半透明なものとの話し声が聞こえてきた。
「――もうそんなになくなったのか?」
「フゥ……あぁ、そんなに使った覚えはないんだが」
「さっきから息が荒いがそのせいじゃないのか? もう“花園館”(はなぞのかん)のものは口にするな……そのうち戻ってこれなくなるぞ」
「……まぁ、いいじゃないか。それに儂にはこれしかないんだし……ちょっと“花園館”に行くついでにこの息ぎれについても聞いてみるさ……」
どうやら、赤い牛は息が苦しいらしい……まだ元の世界の空気の影響があるのだろうか?
もう少し近くで話を聞きたいが、たまに黄色い半透明なものがたまに後ろを振り向いてくるのでこれ以上近づけなかった。
『ああいう、テレパシーでも会話できるようなものには近づかないほうがいいよ』
ツヨに警告もされた。
40分ほど歩くと、赤い牛は黄色い半透明なものと別れ、大通りの脇道にある店に入っていった。ここは元の商店街とは外れた場所にある。
「ここって……」
ここは元の世界だとおにーちゃんが経営する”樂満屋敷”(らくまんやしき)のある場所だった。店は元の世界と同じ外観……ただ店の看板は“樂満屋敷”ではなく“花園館”と書かれている。
もし、樂満屋敷と同じ構成なら裏口から入れないだろうか? 私は厨房のある裏口に回った。元の世界なら裏口の鍵は営業中ならかかっていなかったはず……。
そっと裏口の扉のドアノブに手を伸ばす――。
――ガチャ。
やはり鍵は開いている……裏口には元の世界と同じように厨房があった。調理台には植物や、木の実、干した虫、すり鉢、筆など、何かを作るための材料が綺麗に並べられている。この世界の食べ物だろうか?
――ピクッ。
ツヨの毛が少しざわついた気がした。
ツヨは私の肩から調理台に降りると、それらのものを一つずつ、匂いをかぐ。
『……』
しばらくすると、一本の筆についてよく確かめているようだった。
筆は、白の細かい装飾が施された黒の柄、金色の毛先でできている。
『……これは? なぜここに?』
ツヨの口調は少し怖いものだった。
「……ほう、別の世界の夢を見るのかい?」
厨房の奥で声が聞こえる……ツヨはまだ筆を調べたいらしい。
私は、厨房の扉のガラス窓から会話の様子を見ることにした。
厨房の外は雑貨店のようになっており、沢山ある棚には、小瓶や書籍が雑多に並んでいる。
レジのようなカウンターには、赤い牛が誰かと話していた。
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