スーパースーツ

安田 けいじ

第1話 空から落ちて来たエイリアン

 ここは、太陽系の火星空域。その、赤い惑星を直近に臨む空間がゆらりと揺れたかと思うと、一隻の宇宙戦艦が魔法のように姿を現した。

 この船は、サファイヤ星の中型戦艦ブルーシップである。彼らは、戦争状態にあるネーロ帝国の新型ロボット、スコーピオンとグラースに襲われ、艦を破壊されそうになった為、そのロボットを振り落とそうと緊急ワープしてこの空域にやって来たのだ。だが、二体のロボットは、まだ、艦の底に取り付いていた。


 スコーピオンは、電磁シールドを破るために開発された、体長十五メートルのサソリ型ロボットで、ハサミの部分がドリルになっている。その、ドリルとレーザービームを合体させた、ドリルビームという武器でシールドを破るのだ。

 もう一体のグラースは、体長五メートルの人型ロボットで、頭に付いている大きな一つ目から、強力なビームを放出する戦闘用ロボットである。


 艦の底に取り付いていたスコーピオンは、ワープから抜けて活動できるようになると、二本のドリルビームを起動して、戦艦ブルーシップの電磁シールド目掛けて振り下ろした。

「バリバリバリバリッ!!」

 ドリルビームと電磁シールドがぶつかって、凄まじい火花が散った。スコーピオンは、構わずパワーを全開にして、その腕をシールドに捻じ込んだ。

「ステラ様、シールドが持ちません!」

「シールド最大出力! 全てのエネルギーを防御シールドに回せ!」

 クルー達は懸命に対応したが、スコーピオンの圧倒的なパワーの前に、シールドはこじ開けられ、グラースのレーザー砲が火を吹くと、艦底の分厚い壁に大きな穴が開けられてしまった。

「シールドが破られました! 敵のロボットが侵入して来ます!」

「艦底の乗員を退避させて、艦底部分の隔壁を閉じろ!」

 艦内が騒然となっている間にも、二体のロボットは、船内で暴れ出した。

「ズダダダダーン!!」

 グラースの頭のビーム砲が炸裂すると、その一撃は、艦内の壁を次々と吹き飛ばし、外壁までも貫いて宇宙空間へと抜けた。

 又、スコーピオンのドリルビームは、分厚い鋼鉄の壁をいとも簡単に溶かし、ぶち抜いて、破壊の限りを尽くしていった。

「これまでか……。艦を捨てる。全員脱出ポッドで脱出しろ!」

 クルーが次々と脱出する中、戦艦ブルーシップは炎に包まれ、終には大破した。


 数週間後、数個の物体が地球の大気圏に突入し、夜空を彩る流星群となって四方に飛び散った。

 日本の北海道では、この謎の光物を、息を呑んで見ていた一人の青年がいた。

 彼は、自宅近くの湖の辺の小高い丘に望遠鏡を据えて、冬の銀河を眺めていた。何千、何万光年という果てしない世界を見ながら、心は大宇宙へと広がった。そして、その中のちっぽけな自分を思った。もしかしたらあの星の何処かに、今まさに地球を見ている異星人がいるかも知れないと、ロマンは膨らんだ。


 彼の名はユウキ。夜空を堪能して帰ろうと思った、その時、ひと際明るい光体が彼の目に飛び込んで来た。それは、見る見る大きくなり、辺りを真昼のように照らしながら、彼の居る方向へと飛んで来た。

「危ない!!」

 彼は、あまりの眩しさに手をかざし、反射的に後方に飛びのいた。

 次の瞬間、丘の下の湖面に「ドーン!!」という轟音とともに、巨大な水飛沫が上がった。彼は、暫く何が起きたのかと呆然としていたが、我に返ると、光物の正体を確認する為、懐中電灯を手に湖へと駆け出した。

(今のはかなり大きい。こいつは大発見になるかも知れないぞ)

 彼の足は早まった。


 息せき切って湖岸に辿り着くと、そこでは、光物が落ちた衝撃で、大きな波がザーザーと湖岸を洗っていて、焦げ臭い匂いが辺り一面に立ち込めていた。そこに人の気配はなく、湖面に目を移すと、岸から二十メートルほどの所に四メートル位の細長い物体が、まさに沈もうとしているのが見えた。彼は、UFOではないかと、懸命に懐中電灯で照らしてみたが、謎の物体はブクブクと沈んでしまった。この湖の水深はかなり深い、冬でもあり捜索は不可能だった。


 ユウキが、冷たい波に靴を洗われながら、残念そうに立ち尽くしていた時、大きな月が昇って湖面を照らし出した。すると、直ぐ近くの水面に何かが光っているのが見えた。

 彼は、ズボンを捲り上げるのも忘れ、ジャブジャブと水の中に入っていくと、それは、人間だった。

 冬なのに薄いタイツの様なものしか着ておらず、胸のふくらみで女性だと分かった。ユウキは、緊張で心臓の鼓動が早まるのを感じながら、その人の顔に耳を近づけて呼吸を確認すると、苦しそうな息使いが聞こえてきた。

「生きている!」

 彼はゴクッと唾を飲み込んだ。

「大丈夫ですか! 大丈夫ですか?」

 必死に呼びかけてみたが返事はなかった。彼は、直ぐに病院へ運ばねばと、彼女を抱き上げ、岸へ向かって歩き始めた。水に濡れたせいか彼女の身体は冷たかった。砂に足を取られ、転びそうになりながら湖岸に上がると、暗い山道を掛け登って、彼の車を置いてある駐車場に辿り着いた。


 ユウキは、彼女を抱いたまま器用に右手でドアを開け、足で押し開き、彼女を後部座席に寝かせると、ジャンパーを掛け、ヒーターを全開にして病院へと急いだ。

 車を走らせて行くと、あの流星を見ていた人達だろうか、数台の車が湖の方へ走っていった。彼は、その車をバックミラーで追いながら、ホッと一息ついた。


 ほどなくして着いた所は、彼の行きつけの個人病院で、夜中にもかかわらず快く迎え入れてくれた。この医師は、四十過ぎの地域で評判の名医で、ユウキが、病気以外の事でも相談に乗ってもらっている知人である。

 医師に彼女を預けた彼は、急に喉の渇きを覚え、自動販売機で熱いコーヒーを買って飲み干し、一息つくと気持ちが落ち着いた。

 濡れた靴を乾かしたりしている内、一時間ほどが経って医師が現れた。

「ユウキ、彼女は何者なんだ? 何度調べても、血液型がABOのどれにも該当しないんだ」

 ユウキは答えに窮したが、彼なら信頼できると、今までのいきさつを全て話した。

「何だって! 空から降って来たならエイリアンじゃないのか?」

「血液型が合わないなら、そうかもしれませんが……。それで、容態は?」

「骨折とか内臓の破損はないようだが、頭など、全身打撲の症状がみられる。もう一つ気になるのは、心臓がかなり弱っている事だ。恐らく彼女の持病の様なものだと思う。暫く入院が必要だろう。取り合えず、下着やパジャマは妻のものを着せてある」

「すいません」

「それで、どうするつもりだ?」

「まさか、怪物に変身したりはしないでしょう。意識が戻るまで、暫く様子を見ようと思います」

 医師は、暫く考えていたが、「何かあっても俺は知らんぞ」と言いながらも、入院の段取りをつけてくれて、その夜はユウキが付き添うことになった。時刻は、既に午前二時を回っていた。


 今回の比較的大きな流星は、世界の数か所で観測され、テレビ等でも報道されたが、人工衛星の残骸か単なる流星だと報じられた。


 三日三晩眠り続け、四日目の朝に彼女は目を覚ました。何かを警戒するように、ユウキや医師を険しい目で見つめた。

「大丈夫だよ、此処は病院だから」

 ユウキが、起き上がろうとする彼女を気遣い、身体に触れようとした瞬間、彼女の拳が顔面に飛んだ。ユウキは、不意の攻撃をまともに食らいよろめいたが、そのパンチにさほどの力は無かった。

 ユウキを睨んだ彼女の眼は美しい緑色をしていて、その眼光は鋭かった。彼女は、年は二十台半ばだろうか、鍛え上げられた身体に栗色のショートカット、美しい顔は、どことなく気品を漂わせていた。


「大丈夫、何もしないよ」

 ユウキが、両の掌を見せて微笑むと、彼女は幾分落ち着いた風になった。

「僕はユウキ、君の名前は?」

 ユウキが傍らの椅子に座って聞いたが、返事はなかった。

「エイリアンなら言葉は通じないだろうが、頭を打っていたから、記憶喪失の可能性もある。しばらく様子を見よう」

 医師は、そう言って病室を出て行った。

 その日からユウキは、仕事の帰りに彼女を見舞うのが日課となった。



 彼女の中で、笑顔で現れ、色々と世話を焼いては笑顔で帰っていく、ユウキの存在が次第に大きくなり、いつしか彼が現れるのを心待ちにするようになっていた。


 その日は、冬にしては暖かかった。ユウキは、気分転換をしようと、彼女を車椅子に乗せて、エレベーターで屋上まで上がった。外はよく晴れていて、遠くにあの湖が見えた。

「晴れた日は気持ちがいいね」

 ユウキは、空に両の手を突き上げ大きな伸びをして、彼女に微笑みかけた。

 彼女は、太陽に向かうと目を閉じ、気持ちよさそうに深呼吸をしてから景色を眺めていた。太陽の下で見ると、彼女の美しさは、さらに輝いてユウキの心をときめかせた。


 ユウキは、彼女が分かろうが分かるまいが、普通に話かけるよう心掛けていた。言葉が違っても、人間なら心は通じるはずだというのが、彼の思いだったからだ。

 彼女は、何度か反射的に声を出したことがあったが、何の事か分からなかったし、どこの言葉なのかも分からなかった。


 その後、彼女は見る見る元気になり、二週間もするとリハビリに入り、少しずつ歩けるまでに回復した。驚異の回復力に、医師も目を見張った。

 リハビリの時間以外は、テレビが好きなのか、真剣な面持ちで長時間見ていることが多いと看護師が教えてくれた。


 ユウキは、休日になると一日病院に居て、リハビリの介助をするなど、献身的に彼女を支えた。彼が、お道化た様な格好をすると、彼女に笑みも見られるようになり、心を開きつつあることが実感できた。

 リハビリ中、ユウキが介助しすぎると、自分でやるとの意思表示をすることもあったが、依然会話は出来なかった。


 そして、一月が経つと、彼女は、すっかり回復して、退院の日となった。

 ユウキはそれまで、彼女は、身体が回復すると、何処かへ消えてしまうのではないかと思っていたのだが、彼女は何処へも行かなかった。いや、行けなかったのかも知れない。

 ここは、自分が面倒見る事が最善だと思ったものの、エイリアンかもしれない相手と、隠れるように暮らすことは無理があった。

 その事を医師に相談したところ、今後のことも考えて、ユウキの妻として戸籍を用意するなど、二人の身の立つように計らってくれたのである。用意された登録名は、ロシア人でエレーナだった。

「心臓の方はどうにもならないから、過激な運動をさせてはいけないよ」

 医師に見送られて、ユウキ達は病院を後にした。


 ユウキは家に帰る途中、洋服店に寄り、彼女の普段着を何着か買い求めた。衣装合わせをすると、長身で美しい彼女は、何を着てもよく似合った。

 買い物を済まして、住宅地の外れのユウキの家へと向かった。それは、中古だが二階建ての一軒家だった。ユウキは、家に上がると家中を案内し、一階のユウキの隣の部屋を、彼女の部屋とした。

 いまだ意思の疎通もままならぬ、平凡な青年と、謎のエイリアンとの奇妙な共同生活が、始まろうとしていた。

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