第22話 突入


 ――暗い。

 寒い。

 故郷である北の宇宙エルフ星系にも雪は降った。

 だけど、その光景は優しく、そして暖かみのあるものだった。

 だから母――女王陛下は、私に古代宇宙語で雪を意味する、スノウという名前をつけたと言っていた。

 綺麗な響きで、私はこの名前を気に入っている。


 あの人も、綺麗だと言ってくれた。


 ショウゴさん。

 もうずいぶんと会っていない気がする。


 ――寒い。


 なんだろう、この寒さは。力が抜けていき、ただただ虚ろな寒さだ。孤独感が大きくなっていく。凍てつくような寒さが、私の体を、心を、魂をむしばんでいく。


 せっかく、謝れたのに。

 せっかく、赦してもらえたのに。


 あの後、私は捕らえられた。




 ――見える。

 感じる。


 宇宙要塞【アジ・ダカーハ】と私は繋がっている。

【アジ・ダカーハ】の目を通して――私は見た。


 人が、死んでいる。


 この【アジ・ダカーハ】を止めようとやってきた銀河帝国宇宙軍。

 その戦闘機たちが、【アジ・ダカーハ】の生み出した端末魔導兵器、宇宙竜牙兵たちによって落とされていく。

 命が、宇宙に散っていく。


 やめて。


 私は、こんなことをしたかったわけじゃない。

 私が宇宙に出たのは。

 私が星を出て、帝国へとやってきたのは。


 故郷のエルフ達を助けたかった。

 この宇宙に、少しでも平和と、笑顔を届けたかった。

 なのに。


 私が――殺している。





「――――――――い、る」


 感じた。


 この宇宙に。

 ここに来ている、あの人が。


 ショウゴさん。私の勇者様。


 私を――殺しに?


 ああ、もしそうなら。本当に、私は幸せだ。

 宇宙要塞の動力として命を食われて死んでいくのではなく。

 愛する人が、私にこれ以上罪を重ねないように、と――殺してくれるのか。

 それとも、彼は。こんな状態でも、私を助けようとしてくれるのかもしれない。

 

 でも、それはできない。

 だって、これは、私の望んだことなんだから。


「……うぅ」


 だめだ。意識が遠のく。何も考えられない。せめて、最後に一言だけでも言いたい。声を出したい。


「……ショ……ウ……ごさ……ん」


 ああ、よかった。まだ、喋れるみたいだ。


「……あいしてます」


 愛しい人へ、最後の言葉を告げられた。それだけで十分だった。ありがとうございます、ショウゴさん。

 私を愛してくれて。

 ありがとうございます、ショウゴさん。

 私のために戦ってくれて。

 ありがとうございます、ショウゴさん。

 そして――さよなら。


 私は、宇宙要塞【アジ・ダカーハ】とともに滅びる。


 それが、私の望み。

 それが、私の贖罪。

 だから、これでいいんです。


 早く、私を――


 この。【アジ・ダカーハ】を――――



***



 それは、蹂躙だった。


 宇宙船の甲板に直立し、エーテルの光玉を幾つも放ち、次々と敵戦力を撃破していく。

 さながら、流星雨の中に突っ込んでしまったかのように、輝く星が敵を蹂躙していった。


「すごい……」


 宇宙トルーパーのアルが言う。


「すごいだろ。これが俺の師匠、【星空の勇者】ユーリ・ルルールだ。

 まさしく本物、だよ」


 宇宙服も着ていないのに宇宙空間を飛ぶ宇宙船の甲板に立っているが、それはスターサファイア号のバリアによるものだ。

「立って戦いたいよね」

 という師匠の注文に、アーシュが必死に頑張ってそういうバリアをつけたらしい。

 なお普通はそんなふうに甲板に立って戦うという発想が無い。危険だからだ。

 現実的なリスクより、浪漫を優先するその姿――実に素晴らしいと尊敬する。



「あれが【星空】……自分も聞いた事があります。

 最年少の15歳で正式な勇者として認められた才女だと。なるほど、頷けます」

「して、勇者殿はどのような称号を」

「……」


 そんなものはない。

 そもそも見習いなんですけど俺。


 俺がどう適当に誤魔化そうか考えている間も。

 師匠はむちゃくちちゃ戦っていた。

 もちろん、師匠だけの腕ではない。

 乱戦の中を的確に舵を取り、宇宙船を縦横無尽に走らせ、軍の戦闘機のカバーに入る。

 アーシュの操船技術も中々のものだ。

 いずれ宇宙一の船乗りになってやる、と豪語していたが、決して口だけではない。


 二人の参戦により、戦況は一気に逆転した。



「このまま一気に押し込むぞ!!」


 ザナージが号令を発する。

 だが――


「むっ」


 モニターの中の【アジ・ダカーハ】に変化が起きた。それは――要塞全体を覆う光の膜のようなものだった。

 それが、【アジ・ダカーハ】を球形に包み込む。


「何だあれは!?」


 ザナージが叫ぶ。


「強力な宇宙バリヤを展開!」


 宇宙トルーパーが言う。


「ええーいそんなもの!」


 ザナージの号令で戦艦が宇宙ビームを放つ。

 だが、それらは全て【アジ・ダカーハ】の宇宙バリヤによって打ち消された。


「クソッ……」


 ザナージは忌々しげに舌打ちをする。


「これでは迂闊に近づけんぞ……」


 宇宙戦闘機の攻撃や、戦艦の砲撃は宇宙バリヤに阻まれている。

 だが――


「ショウゴくん、あれを!」


 師匠が言う。


「あれは……!」


 バリヤの向こうから、新しく発進した竜牙兵はそのまま抜けてきている。

 ただ、障壁の向こうから、竜牙兵のビームは飛んできていない。


「都合よくあちらの攻撃だけはすりぬけるというわけではないみたいだね。だけど……」

「竜牙兵そのものは宇宙バリヤを素通りできる――ということか」

「物理はすり抜けるタイプの宇宙バリヤでは?」


 宇宙トルーパーの一人が言う。だが、ザナージ卿が否定する。


「報告では、宇宙バリヤを抜けようとした味方の戦闘機が阻まれて爆発したとのことだ」

「……っ!!」

「だが、つまり結論として竜牙兵は宇宙バリヤを素通りできる」

 

 だが、それがわかったところで……

 ――!!


「フン、気づいたか」


 ザナージ卿が笑う。


 そう。

 ファットマン邸で、中に乗っていた竜牙兵を引きずり出して倒した竜牙騎兵。


 それが、ここにある――!!


「おい、勇者!! 一度こちらに合流しろ。状況を立て直す」


 ザン―ジが通信を送る。

 それに答え、師匠のスターサファイヤ号は進路を変え、俺たちの戦艦のドックに降りてきた。



***


「突貫工事だけど、形にしたわよ」


 スターサファイア号のパイロットでもある、宇宙ドワーフのアーシュ。

 彼女が、件の竜牙騎兵を改造していた。

 といっても、胴体に気密性を持たせただけの突貫工事だったが。


「助かるよ、アーシュ」

「お礼は雪エルフを助けることで返してね。あとお金」

「わかった、頑張るよ」

「ええ。操縦方法は――」


 俺は突貫で教わる。

 基本だけなら、そんなに難しくないようだ。


「こういう子って、機械っていうより魔導生物みたいなものだからね。

 自律思考する自我はないようだけど、それでもちゃんと考えて動いてくれるわ」


 アーシュは説明する。

 考える、か……

 さっき戦ったんだよん、こいつと。大丈夫だろうか。

 大丈夫だろう。



***


「いいか、敵はおそらく二手に分かれる」


 ザナージが言う。


「一隊はこのまま宇宙バリヤの中に待機させ、もう一隊がこちらに向かってくるはずだ」


 その言葉の通り、竜牙兵の群れが宇宙バリヤを抜けてきた。


「まったく、なんで私が!!」


 スターサファイア号を操るアーシュがぼやきながら、囮のように飛ぶ。

 それに隠れて、竜牙騎兵に乗った俺と師匠が、速やかに宇宙バリヤを抜けて内部に潜入。

 内部から宇宙バリヤを解除するという作戦だ。

 迂回して飛ぶ俺たちの竜牙騎兵は、そのまま宇宙バリヤへと近づく。

 もし、この機体は抜けても、中にいる俺たちが阻まれたら――


 だが、その心配は杞憂だった。


 そのまま宇宙バリヤをすり抜ける。


「よし、行くよ」


 そして師匠は、手に持ったスイッチを押す。

 爆弾のスイッチだ。ただし小型。

 この竜牙騎兵にしかけらたそれは派手な音と光をたてて爆発。しかしダメージそのものはほぼ無い。

 負傷した機体が帰還する――というふうに見せている工作だ。

 いや、こいつらにそういうの必要かどうかはわからないけど、念には念である。


「そのまま、ゆっくり――」


 俺たちの竜牙騎兵は、そのまま宇宙竜牙兵や宇宙透スカルドラゴンの群れを素通りし、そして。

 宇宙竜牙兵たちが出てくる、【アジ・ダカーハ】の口腔へと突入した。



***


「――行ったか」


 この私、ザナージ・ヴァハルーヒは宇宙勇者たちを見送る。

 奴らは無事、【アジ・ダカーハ】の防御フィールドをすり抜けたようだ。

 あとは、あの宇宙勇者二人が、【アジ・ダカーハ】内部でバリヤ解除に成功すれば――


「こちらの勝利、とは軽々しく言えんな」


 私はつぶやく。

 あのバリヤーは強力だ。あれがある限り、【アジ・ダカーハ】本体に攻撃は届かない。

 だからバリヤーさえなければ……とは言えないのが現実だ。

 バリヤーでこちらが攻撃できない間に、【アジ・ダカーハ】内部から次々と宇宙竜牙兵どもが出撃してきている。

 このままでは、数で圧されてしまう。


「ええい、撃て撃てぇい!!」


 私は号令をかける。


 その号令と共に、戦艦の主砲が火を噴き、宇宙竜牙兵どもを落としていく。

 だが、焼け石に水だ。

 いくらショウゴがエーテルを充填したとしても、その電池勇者は【アジ・ダカーハ】の内部に突っ込んでいる。供給はもう裁たれている。

 ユーリという宇宙勇者だけに突っ込ませた方がよかっただろうか。いや、宇宙勇者といえどたった一人で内部潜入工作は難しいだろう。

 ええい、頭を回転させろザナージ。貴様は次代の銀河皇帝になる男だろう!

 状況を整理するのだ。今大切なことは時間稼ぎだ。


「陣を展開。とにかく回避に専念しろ、敵を必要以上に落とす必要はない、命を大事にしろ!!」


 私は命令を下す。

 宇宙トルーパーなど、所詮は駒にすぎん。

 だからこそ、捨て駒として消費するわけにはいかん。駒が落ちれば落ちるだけ、戦況は悪化するのだ。

 これが、現状の勝利条件か【アジ・ダカーハ】の破壊ならば、戦艦を突っ込ませての至近距離主砲も選択肢だ。だが、それにはバリヤーが圧倒的に邪魔だ。

 現時点で、敵の本陣を攻略出来ない以上は消耗を抑え、防御に回るしかない。

 ――勇者どもに戦局を託すのは、はなはだ不本意ではあるがな。


 だが――


「クソっ」


 私は歯ぎしりする。

 モニターに表示されていく、我々の損害。

 だが我慢。

 我慢だ。


 どうせ駒。

 駒がどれだけ死のうと――


「本艦を前進させろ!! 全エネルギーをこちらもシールドに集中させる、戦闘機は後退だ!」


 ……なにを言っているのだ、オレは。

 だが、吐いた言葉は飲み込めない。


「しかし、ザナージ卿!」

「宇宙トルーパーどもが全滅したら、次はこちらが一斉攻撃を食らうだけだ。どうせくらうならば、最初から耐える戦略で押し切るのみよ!」

「――了解です!!」 


 私の言葉にトルーパー達は従う。

 戦艦の前面に強力なバリヤが展開される。


「これでいい」


 あとは、どれだけ持つかだ。



 しかし――


 艦内にアラームが響く。

 敵の攻撃は勢いを増すばかりだ。それはそうだ。こちらは防戦一方だ。

 実弾兵器を射出して迎撃しているが、すぐに弾も底をつくだろう。


「正面に、巨大竜牙兵!!」


 宇宙トルーパーが叫ぶ。

 聞くまでもない。前面モニターに大きく映し出されている。

 その顎が開き、光が――


「くそ……ッ!!」


 私は、選択を間違えたのだ。

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