第12話 継承順位
ルベリア王アレクサンダーは半年ぶりに玉座へと腰を下ろす。以前は座り慣れていた玉座が、今はやけに固く感じる。彼の目の前には3人の息子たちが座っていた。
第3王子アレクシス。第4王子オスヴァルト。そして第5王子マクシミリアン。特にアレクシスは右腕が潰され、止血がされているが、痛みで顔色が悪い。我が子の惨状を哀れに思うが、彼の仕出かした事を思えば、情けを掛ける事はできない。証拠は既にマクシミリアンから提出されている。彼が手に掛けた2人もアレクサンダー王の大事な息子であったのだ。
「3人とも、再び会えて嬉しく思うが、この様な形で会いたくはなかったな」
「面目次第もありません」
まず謝罪を述べたのはマクシミリアンだ。一方、オスヴァルトは薄い笑みを浮かべて謝意を示す。
「兄上とマクシミリアンの諍いを止めることができませんでした。我が身の非力を口惜しく思います」
アレクシスはアレクサンダー王を見上げると、青くなった顔で必死に言い募る。
「父上!!マクシミリアンです!!奴が全て悪いのです!!どうかお助け下さい!!マクシミリアンの暴挙をお止め下さい!!」
「はぁ〜」
小さくため息を吐くと、肺が少し楽になる。アレクサンダー王は年老いても変わらぬ鋭い眼光で、アレクシスを見据える。
「証拠は既に上がっている。貴様らが此処に着く前に、世の方でも調べたが、差異はなかった。お主の罪は明らかだ。アレクシス」
「そ、そんな〜」
「しかし、マクシミリアンよ」
「は?」
「アレクシスを許せとは言わぬ。しかし、命は助けよ」
「なっ!?父上!!」
憤怒の感情に染まったマクシミリアンの顔をアレクサンダー王は何処までも無表情に見つめる。
「世は、既に、今回の騒ぎで2人の息子を失っておる。これ以上血を分けた我が子が死ぬところを見たくはない」
「おお!!父上!!」
「しかし、それでは!!」
「無論、無罪にせよとは言わぬ。アレクシスは一生監獄塔に幽閉するものとする」
「そ、そんな!!」
希望から一転、絶望に染まるアレクシスとは対象的に、マクシミリアンは苦虫を噛み潰したような顔だ。
「く、それは、しかし…」
「マクシミリアン」
「ぐうぅ」
マクシミリアンがどう返事をするか決めかねていると、明るい声が掛けられる。
「良いではないか!マクシミリアン!!」
「あ、兄上?」
第4王子オスヴァルトだ。
「我らは血を分けた兄弟。殺し合うなど悲しいことだ。父上のご心痛も察するにあまり有る。
お主は確かに殺されかけて大変だったであろうが、命を狙われたのは私も同じだ。此処は、父上の御心を慮り、兄上の件は父上のご判断にお任せしようではないか!!」
隠れていただけで何を調子の良い事をとマクシミリアンは内心毒づいたが、アレクサンダー王は折れる様子はなさそうである。その上1対2では分が悪いと考え、渋々頷いた。
「そうか!解ってくれるか!マクシミリアン」
王が杖で床を叩くと、騎士が2人入ってきて、アレクシスを拘束して連れて行く。
「い、嫌です!父上!!監獄塔など!!どうかお考え直し下さい!!マクシミリアンです!!マクシミリアンが悪いのです!!」
最後まで見にくく足掻き、アレクシスが騎士に連れられて部屋を出ていく。
「さて、これで悪事を働いた者は罰された。では次だ。功を成した者への褒美を与えねばならぬ」
王の言葉に残った2人の王子は表情を引き締める。
「さて、しかし、此度詳細を世は直接知らぬ。報告書には目を通したがそれだけだ。故に功績有る者への褒美は王太子に任せる事とする」
「父上!その、王太子と言うのは」
「うむ。先ずは王太子を決めねばならぬ。現状、より王太子として相応しいのは…」
「父上!!」
「ん?」
王の言葉を遮り、オスヴァルトが声を上げる。マクシミリアンは嫌な予感に襲われる。コイツ、何かやる。
「マクシミリアンの功績は確かに誰もが認めるものでしょう!!しかし、報告書を読む限り、私と同じ様に逃げ惑った挙げ句、偶々出会った特殊な子ども達に助けられて、今に至ります。
これは運であってマクシミリアンの能力の証明にはなりません」
「そ、それは…」
「更に、そもそも能力で王太子を選ぶと言う考えにも疑問が残ります。今までルベリア王国は王位継承権の序列に則って王太子を定めてきました。その果に今日の繁栄があります。
能力で王太子を選ぶ様な悪しき前例を作ってしまっては、今後、王族同士が王太子位を巡り、血で血を洗う争いが何度も繰り返されるでしょう。
此処は、前例に則って王太子を定めるべきです」
「ふむ。オスヴァルトはそう申しておるが、マクシミリアンはどうか?」
「それは…」
マクシミリアンとしては否定したいが、反論が見当たらない。隠れていた腰抜けが王太子に
成って、戦った自分がその風下に立つのはおかしいと言いたいが、確かに380年を超えるルベリア王国の歴史の中では、王太子を能力ではなく、王位継承権の序列で定めてきている。
オスヴァルトとマクシミリアンの母はどちらも側妃。つまり、同格であり、年長のオスヴァルトの方が王位継承の順位は上だ。
「それは…」
答えに窮するマクシミリアンにオスヴァルトが声を掛ける。
「マクシミリアン。何も私は、お前が兄上の一派を征伐し、正義を取り戻したことを軽く見ているわけではない。お前や、お前を助けた者には然るべき恩賞を与えるべきだと思っている。功罪は正しく評価されるべきだ。ただ、王太子の継承と、その事は別だと言っているだけだ」
こう言われるともう、マクシミリアンには何も言えない。ゆっくりと頷く。
「確かに、兄上の言は御もっとも。継承順位に従って、兄上が王太子に立太子されるのがよろしいかと」
言葉を絞り出したマクシミリアンにアレクサンダー王は一瞬、残念そうな表情を見せたが、それはマクシミリアンの気のせいであったかのようにすぐに消え、何時もの無表情に戻る。
「そうか。では、王太子はオスヴァルトとする」
「「ははぁぁ!!」」
2人が揃って承諾の声を上げる。
「では、王太子を今、この時より、オスヴァルトと定める。オスヴァルト!」
「はっ!」
「初仕事だ。此度活躍した者たちへの褒美、決めてみせよ」
「承知いたしました」
笑みを浮かべたオスヴァルトは、書記官に入室を促し、その場で考えを書き取らせ始める。
「先ずは、正義の王族と共に戦った諸侯達。その勇気に疑いなく、その功績に報いるため、全員の爵位を1つ、上げることとする。また、爵位に見合った領地とするため、今の領地から南部諸侯が治めていた領地に所領を移します」
「なっ!!それは!!」
マクシミリアンは思わず声を上げる。それは褒美でも何でも無い。確かに領地は広くなるかも知れないが、新たな土地が足される訳ではなく、領地其の物を入れ替えられては、統治に苦労することになる。それに南部は主戦場に成った場所だ。
マクシミリアンとしても民に害が及ばないように気を配ったが、それでも軍の性質上完璧ではなかったし、どうしてもそこで戦を行う都合上、畑は踏み荒らされた。更に言えば、旧領主であった元南部諸侯達が、戦費のために臨時徴税をしている可能性も有る。
そこの立て直しから始めないといけないのだ。
「また、無主となった土地は王領とする」
「兄上!!」
「何だマクシミリアン。鼓膜が破れるかと思ったぞ?」
「そんな物は褒美ではありません!!私と共に戦った諸侯に苦行を敷いているだけです!!」
「口を慎め!!何が苦行だ!!爵位を上げ、領地を広い場所に替えているのだ!それに南部は実りも豊かだ。今年1年は苦しくとも立て直せば、すぐに富の方が多くなる」
「内政はそんなに甘くない!!」
「口を慎めと言ったのが解らんか!!王太子に対して不敬だぞ!!次だ」
マクシミリアンから書記官に視線を移し、オスヴァルトは続ける。
「また、共に戦った平民や奴隷についてであるが、先ず、多くの者が此度の戦で貴族や国軍の兵を手に掛けている。貴族でない下賤な者が貴族を害するなど、いかなる理由があろうとも在ってはならぬ。また、国軍の兵を害すことは反逆行為に他ならない」
「なっ!!王太子!!貴方は何を言って!!」
「口を慎めと言っている。まだ途中だ!!」
たまらず叫んだマクシミリアンを嗜め、オスヴァルトは言葉を続ける。
「しかし、王国に正義を取り戻すために戦い、悪逆の徒を討った事もまた事実。よって、その功罪を相殺し、無罪放免とする。また、犯罪奴隷達は私の立太子に合わせて罪が恩赦され、10年の強制労働刑となる」
「なっ!?」
あまりの判断にマクシミリアンは言葉を失う。オスヴァルトは平民に褒美を与えないと言っているのだ。
「兄上!!犯罪奴隷達には、私の名で自由民にすると約束いたしました!!」
「強制労働刑の受刑者は自由民だ。10年経てば自由に成れる。何も間違っていない」
「それに、国軍と諸貴族は、第3王子の一派として、此方を襲ってきたから討ったのです!!」
「だから、その事情は理解している。理解した上で国法に照らし合わせたのだ。法典を紐解いてみよ!何処かに間違いが有るか?」
「それは…」
尚も口を開こうとするマクシミリアンにオスヴァルトは静かな口調で告げる。
「マクシミリアン。お前の功績に報いるために、お前には南の公爵領を任せたいと思っている。しかし、あまり態度が悪いとどうなるか解らんぞ」
「ぐうぅ」
「良いか?此度の件で、国軍が傷つき、国庫にも大きな負担が行くだろう。節約できる所は、少しでも節約せねばならぬし、税収の確かな新たな王領が必要なのだ」
オスヴァルトは笑みを浮かべてアレクサンダー王に向き直る。
「陛下!褒美の案が決定いたしました」
「本当にそれで良いのだな?王太子」
「はい!」
自信満々に答えるオスヴァルトをアレクサンダー王は何処までも無表情に見つめる。
「そうか。では、それで進めるが良い。お前にも良い勉強になるだろう」
「はっ!!」
オスヴァルトは大仰に頷き、アレクサンダー王は何処までも無表情なままだった。
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