第28話 愛の叫び方は忘れたけれど
屋敷に戻った二人はバルコニーで星を見上げていた。
相変わらず空にモニタは浮かんでいるが、和久井の姿はない。
映らないところで聞き耳を立てているのか、気を遣って外に出ているのかは知らないが、光悟は椅子に座ってお菓子を食べているパピを見た。
なんとも幸せそうな表情でモグモグしている。
前にケーキ屋でどうしても食べたいものがあると言っていたし、今日の喫茶店でも何やら様子がおかしかった。
気になっていたが、皮肉にもルクスの下着とロリエの発言がヒントになった。
オンユアサイドにある物は持って帰れないが、地球の物は持ち込める。
光悟が一番最初に持ち込んだのは携帯電話と"ウマチュウ・ぶどう味"だ。
そういえばウマチュウは何故かいつの間にかポケットから消えていて、その後、和久井がむき出しになったウマチュウを踏んづけていた。
あれが持ち込んでいたものだったのだ。
ということはつまり、包みを開けた者がいるということだ。
「いけないぞパピ、勝手になんでも食べて。毒が入ってるかもしれないだろ」
「……うるさいわね、おいしそうだったのよ。実際、夢じゃめっちゃ美味しかった」
パピは複雑な表情で俯いた。
一番最初に会ったパピは光悟を殺した後、持ち物を調べる中でウマチュウを見つけて食べたのだ。
これがもう激ウマ。その感動を次の時間軸のパピは夢で確認していた。
とはいえ二回目からはウマチュウを持っていかなかったので、それを食べることは叶わなかったわけだが。
「食べたかったなら言ってくれればよかったのに」
「ばか、流石に言えないわよ。殺した際のことを思い出させるかもしれないし……」
「そもそも、なんで俺を刺したんだ?」
「怖かったのよ。いきなり許嫁が現れてアタシもそれを信じようとしてた。ずっと死ぬ夢も見てたし、頭がぐちゃぐちゃになって結構パニックだったんだから!」
なぜか光悟と月神にはこの世界での居場所が用意されていた。
ルナはそれをすんなり信じていたが、パピには記憶のズレがあった。
それに死ぬ夢は光悟が来る前から視ていたようで。光悟はそのことについての詳細を聞こうとしたが、ウマチュウをモグモグしている姿を見てやめた。
「他にも味があるんだ。オレンジとか、コーラとか」
「コーラって?」
「シュワシュワする甘い飲み物だよ。今度持ってくる」
「やっりぃ! ルナたちには内緒ね! 全部アタシが食べてやるんだから!」
「……今度は刺さないでくれよ?」
軽い冗談のつもりだった。しかしパピは胸を己の掴み、俯いてしまう。
「なんでそんなこと言うの?」
「わ、悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ……」
「アタシ、光悟が好き」
「!」
「ずっと一緒にいたい。楽しいを共有したい。二人だけの絆を育みたいの……」
光悟は何も言わない。何かを言おうとして、やめた。
「でもアタシ、光悟にずっと酷いことばかりして……!」
「……気にしてない。俺は全然、気にしてない」
「ほんと? 後で気にするとかだったら許さないから!」
二人の目が合った。顔が近づく。
パピの顔は赤い。ブドウの良い匂いがした。
だけど、あとほんの数ミリで唇が触れ合うところで光悟は顔を離した。
「……ごめん。イヤだった?」
「い、嫌じゃない! だって俺も絶対パピが好きな筈なんだ! でも、でも……ッ!」
でもおかしい。助けた人と助けられた人、光悟にとってはそれだけだ。
好きにはなれるとも。好きにはなれる筈だ。でも何かが変だ。
「怖いんだ。俺には……、人の気持ちがわからない」
暗い部屋、PCから離れてベッドの上に座っている和久井もそれを聞いていた。
「何かがおかしいんだ! ずっとあの日から! 人を好きになるって……、なんだ?」
わからないと何度も連呼した。
パピを落とせと言われた時、光悟にはパピが好きなのかわからなかった。
今もそうだ。光悟は堰を切ったように自分の過去を話しはじめる。
「行かないで欲しかった……! 踏みとどまって、振り向いて欲しかった!」
かつて母と別れて帰った日。アレがわからない。
だって親は子を愛するものだと思っていた。でも母は帰ってこなかった。
リサは好きだったか? わからない。嫌いではなかったが死んだ。光悟は頭を押さえて尻餅をつく。
なぜいつも選らばれないのに痛い?
「好きな人がいなくなるんだ。それはきっと俺がいいヤツであれば大丈夫なんだ。でも俺は今、どれだけ自分が正しいのかわからなくて、だから怖いんだ」
光悟にとって一番嫌なことはなんだ? 死ぬことか? 傷つくことか?
違う。正しいことをしていても悲しい想いをしてしまうかもしれないということだ。
正しく生きていれば、いつか報われる。それが彼の全てだった。辛くとも正義に邁進していたからこそティクスが来てくれたと思ってる。
でもそれが脆いものだとも心の中ではわかっていた。
光悟はそのルールが壊れることを何よりも恐れている。
「大切なものをっ、作るのが……! 怖いんだ」
正義はきっと現実には存在しないからそれを求めている間は全てが嘘になる。
苦しみも嘘になるし、喜びは嘘でも気分がよくなるから得なんだ。
正義超人は神であるから悲しみなんて味合わない。
でも人を愛するのは現実だ。
人は人だから
傷つくし
失う。
「そんなの、俺は嫌だ……! 悲しいのは嫌なんだ! 辛くなりたくない!」
光悟の心の殻はとても厚くて、顔を隠す仮面はとても硬い。
でもその中身は誰よりも脆く儚いのだということをパピは理解した。
そうか――、与えられる側が怖いのか。
「意外。アンタもそんな顔するんだ……」
だからパピは光悟を抱きしめた。彼が壊れないように、ありったけ優しく。
「ばか。アタシに自分の人生を生きろって言ったくせに何なの? 矛盾してるじゃん」
光悟はパピを抱きしめることができない。抱きしめるやり方がわからない。
ヒーローショーを見に来た子供たちの前でマスクを剥がされたような感覚だった。
本当の俺を見ないでほしかった。変身した姿だけを見てくれればそれでよかったのに。
「アタシは貴方が好き。それを信じてみて」
「で、でもっ! でも裏切られたらどうするんだ! どうすればいいんだ!?」
震える手で突き飛ばそうとしたがパピはしがみついた。そして頭を撫でた。
「やっと見れた。そういうのいいじゃん、アタシには全部見せてよ。全部受け止めるから。ヴァイラスはもういないからアタシは大丈夫、貴方も大丈夫。人を好きになる覚悟がないの? 大丈夫、お願いだからアタシを好きになってみて。心配しなくともずっと傍にいてあげるわよ。一生、ずっと、貴方が死ぬまで――」
パピが温かい。体を密着させると、柔らかくて安心できた。
唇を密着させていれば離れられないからずっと傍にいる。
パピもそれで良かった。
【オレは家に帰る。明日また来る】
和久井はそれだけ言って帰っていった。
ティクスも違う部屋で寝ると言って出ていった。
変に気を遣われるのはそれはそれで気まずい。
別に変なことをするつもりはない、今日はただ一緒に眠るだけだ。
光悟がベッドに腰かけていると、パジャマ姿のパピが隣にやってきた。
「何見てんのよばか。あと、ランプ弱めてもいいけど真っ暗にしないでよ!」
「暗いと眠れないタイプか」
「は? ばか? 違うわよ。暗いとアンタのお顔が見れないじゃん。好きな人の寝顔とか見たくないわけ? っていうかボサボサしてないでさっさと手を繋いでよ」
二人は仰向けになる。しばらくするとパピが抱き着いてくる。
「あの……、ばかって言ってごめん。嫌いになった?」
「い、いや別に」
「あー、よかった。ずっと口癖になっちゃったから直らなくて。気にしないでよね!」
パピは光悟の頬にキスをする。
「ぱ、パピッ? なんだ突然!」
「は? 恋人なんだからキスするでしょ? アンタさっきから何言ってんの?」
「………」
「っていうかさっきからドキドキして眠れないんですけど。どうしてくれんのよ。むかむか」
貶されているのか愛されているのか。光悟は困ったような表情で目を閉じた。
ティクスの力があるとはいえ、戦いは疲れる。すぐに眠くなってきた。
意識が落ちる寸前、頭を撫でられる感触がした。
「ずっと一緒にいてよね。おやすみ光悟、さっきは守ってくれてありがと」
パピが囁いてくれた。そこで光悟は眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます