第21話 本気の怒り
「確かに……、そうだ。お前の言うとおり戻るかもしれない。でもどれだけ時間が巻き戻っても、俺たちは過去には帰れないんだ!」
今でも思い出せば胸が張り裂けそうになる。
光悟は生きたいと言ったパピを月神の手から守ることができなかった。
他もそうだ。ロードを繰り返してきたが、光悟にとってどの時間の命も本物だった。
とてつもなく重いものだったんだ。
「感じた想いはその時にしかないんだ。その時間を生きてるヤツのものなんだ!」
どうせ戻るから、どうせ嘘だから、適当に生きるのか?
違うだろ。そうじゃないだろ。本物なんだよ全部。
味わってきた悲しみも喜びも、そういう感情全てが本物だ。
嘘じゃない。嘘にしてたまるか。
パピの苦しみや悲しみも、ルナやロリエの葛藤も、ヴァジルのまっすぐな恋慕も全部本物だった。
少なくとも光悟はそれを見てきた。
「感じてるだろ胸の痛みをッ! これは嘘か? 違う! 夢なら痛みを感じない筈だ!」
光悟は本気で怒っていた。
どうしてみんな傷つきたがる? 夢ならお前の痛みは消えるのか? 幻ならお前は救われるのか?
違うだろ。いい加減にしてくれ。いい加減に。
「いい加減始めようぜパピ! 他の誰のものでもない! お前の、お前だけの人生を!」
酸素が足りなくなったのか、光悟は膝をついた。
雨が止んだ。虹が出てきた。
「……お、おがあざんが! レズドランにッ、づれでってくれだの!」
沈黙あけて、パピから出てきた言葉がこれだった。月神は意味が分からず停止する。
それは耐え、上ずり、絞り出すような小さな声だった。
パピの目からボロボロと涙が溢れていく。必死に堪えるから言葉の続きが出ない。鼻水が出てきた。
そこには情けなくてみすぼらしい、弱弱しくて無様な少女が立っていた。
「あっ、あッ、アタシの食べてる姿をニコニコしながら見てた。見ないでって言ってるのにッ。ケーキが……、食べたいって言っだらっ! いいよって……! お母さんのココアを少しもらった。おいしかった……! お、おかぁさッ、ママがまた来ようねって」
「さっきから何を言ってるんだキミは? 耳障りだね、今すぐ死ね」
人じゃないのに、人のように泣くなんておぞましい。だから殺してしまえばいい。
月神はパピを斬り殺そうと動いたが、待てと言われた。月神は後ろに飛んだ。
本能だった。危険を感じた。真並光悟の眼光はそれほどまでに鋭かった。
「本気で言っているのか、月神、お前どこに目を付けてる?」
「なんだと――ッ? おれを愚弄するのか? 不愉快だね! ああ不愉快だッ!」
「お前にはパピの涙が見えないのか? だったらお前は、俺には勝てないな……!」
パピは泣き崩れた。
地面に両膝をついて、両手で顔を抑えて泣きじゃくっていた。
ルナも泣いていた。幼い頃を思い出している。
両親の期待に応えようと必死に勉強したが頭が破裂しそうだった日々。文字を読むたび、書くたびに辛くて涙が出てきた。
期待しないで。本当の私を見て。知って。だって私はそんなに優秀じゃない。
パピが窓が顔を覗かせたのはそんな時だった。
勉強しないとと告げると彼女は笑った。
『たまにはサボれば? アタシと遊びにいこっ!』
そうだ。あの小屋を見つけたのはパピが連れ出してくれたからだっけ。
秘密基地にしようと言ったのは貴女だっけ。それから汚い子猫を見つけて、あそこに住まわせようって言ったんだっけ。
体を洗って、餌をあげて、一緒に遊んだね。
『かわいいね! このこ、ふたりでいっしょに育てようね!』
『ええ! わたくしが名前を決めてもいい? ライラックっていうのはどうかしら』
『とっても素敵! さっすがルナ、センスいいね!』
しばらくしてパピは猫のことをモルフォに話した。
とっても可愛い猫ちゃんがいたから今度一緒に見に行こう。
あんなにかわいい猫を見ればきっとママも笑ってくれる。
だからおててを繋いで、てくてく歩いて――
『そしたらママもニコニコに――』
そんなパピの優しさがモルフォには眩しすぎた。
パピだけ笑ってるなんてズルイ。それに猫はロリエの、アイツの娘が好きなものだろうが。
あの痛みが蘇る。顔が焼ける。気づけばパピを殴っていた。
起こったことが信じられず、目を抑えて固まっている娘に詰め寄って掴みかかった。
『殺して! ねえ! 殺せ! ママはね! 猫が大嫌いなの! お願いパピちゃん!』
翌日ルナがミルクを持って小屋にやってくると、パピがライラックの首を絞めていた。
もしもパピがヘラヘラ笑いながらライラックを殺していれば、ルナもその場でパピとの縁を切れたのに。
彼女はどうしてあんなに汚い声で耐えるように泣いていたの?
『あぐぅぁッ! ぐッ! ぅがっ、うぁあぁッ! づぅゥ! ぎひぃぃいッッ!』
青く腫れた目から涙を流しながら、パピは嘘のように震える両手で子猫の首を絞めていた。
ルナは思い出した。あの声が、今までずっと一緒にいた理由だった。
パピは今、あの時と同じ声で泣いていた。
母を思い出していた。優しき母よ。愛しき母よ。
転んだ時、泣いたらすぐに駆け寄って抱きしめてくれた母よ。貴女は言った。
『泣かないで』
パピは大声で泣いた。なぜ、なぜだ母よ。
貴女は何故――、自ら命を絶ったのか。
「泣かないでくれ」
パピは顔を上げた。
涙で濡れた瞳がボロボロの光悟を映した。
彼は右手を差し伸べている。パピに掴んでほしいからだ。
「大丈夫だ。悲しいことは全部、俺たちが終わらせるから」
パピは泣き続ける。
その時、月神は歪な笑みを浮かべた。今なら纏めて殺せる。
刀を抜いて三日月状の斬撃を発射した。が――、光悟の右腕が光ると変身が解除されてティクスが前に出た。
両腕を広げることで虹のシールドが生まれ、そこに斬撃がぶつかって競り合いが始まった。
月神はすぐに二発目の斬撃を発射する。しかしこれもシールドが受け止めた。
ティクスはまっすぐに月神を見ている。
パピを守りたい。光悟を守りたい。それがティクスの本心だ。
心が求めたことに彼は嘘をついていない。もちろんこんなものはただの時間稼ぎでしかない。
でもそれでいい、だからパピは光悟の手を掴めたのだから。
「……ごめんなさぃ。いい子になりますから、みんなに酷いことするのやめますからッ、もう繰り返したくありません……! 悲しいのはもう嫌でず――っ」
たった一度の人生を生きていきたい。パピは泣きながらそう言った。光悟は頷いた。
虹が生まれた。虹が光悟に吸い込まれた。光が弾けて斬撃も吹き飛んだ。
「月神ィイイイイイイイイイッッ!!」
橙・トワイライトカイザー。
光悟は銃から光弾を連射しながら接近する。
月神は前回と同じく、刀でそれを弾いていくが、すぐに気づいた。弾丸が重い。捌ききれない。
たまらず光弾が直撃していく。
幼い正彦が頭の中にいた。誕生日プレゼントにもらった柴丸が羨ましいの? ならあげるよ。でも本当は欲しかった。小さな月神は、お兄ちゃんは偉いねと褒められた後で泣いていた。
「黙れッ!」
月神は叫ぶ。叫ばなければならなかった。
「黙れパピ! 命の価値をッ、貴様のようなフェイクが語るな――ッ!」
「お前こそ死んだ眼でパピを見てるから、真実が見えてないんだ!」
光悟が目の前に来たので、月神は刀を左上から右斜め下に振りおろす。
光悟は前転で回避するが、立ち上がりに合わせて月神は右足で上段回し蹴りを繰り出していた。
だが光悟も立ち上がろうとして、すぐに体を捻りながら倒れた。
蹴りを回避しつつ銃口を月神の腹に突きつける。
ゼロ距離射撃、攻撃を受けた月神は後退しながらも納刀し、すぐに抜刀。
三日月状の斬撃が追撃を加えようとした光悟に直撃して押し出していく。
光悟と斬撃が競り合うなか、月神は走る。斬りかかろうとすると光悟が赤に変身。
そのパワーで斬撃を打ち弾き、燃える拳を月神の胸に叩き込んだ。
爆発が起こり、月神は呻き声を漏らして吹き飛ぶ。
正彦と一緒に見ていた漫画。柴丸は子供でも描けると思えたフォルムだったから正彦は描いた。
月神は上手いと褒めた。正彦は嬉しそうだった。きっとたぶんそのままでよかった。
「鳴神流・
滅茶苦茶に刀を振るたびに斬撃が連射されていく。
しかし光悟には当たらない。彼は紫に変わり、もっと速く走っている。
マントを靡かせて月神を斬り抜けたが、歪む月神、幻だ。
光悟の背後に現れた月神が背を斬る。
水が弾けた。彼が斬ったのは、青に変身した光悟が水で作った分身だった。
ドロンと音がして、煙とともに光悟は月神の背後に出現すると背を斬った。
それは幻だった。月神は光悟の右から現れると光悟の首を刎ねる。
光悟はバシャリと音を立てて水になった。分身だった。
(なんだ――ッッ?)
体が重い。
月神は焦っていた。
何故、体が言うことをきかないのか。
どうして正彦の姿がフラッシュバックしていくんだ……!?
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