HAHAHA!アメリカンジョークデス!
しゃけ
第1話 プロローグ
アメリカ合衆国の首都ワシントンDCの中心部、ペンシルバニア通り1600番地に存在する建物を『ホワイトハウス』と呼称する。そこがアメリカ合衆国大統領の居住する『官邸』であり、アメリカの政治の中枢であることは、説明不要であろう。
だが。
そのホワイトハウスのメインハウスであるエグゼクティブプレジデンスの地下に『PennsylvaniaPsychicAcademy(ペンシルバニアサイキックアカデミー)』と言われる施設が存在することは殆ど知られていない。
「いや楽しみだ。久しぶりに我が娘の成長した姿を見ることができる」
時の大統領ロナルド・トリンクはシークレット・エレベーターに乗って、地下十五階にある『PPAコロシアム』に向かっていた。立派な体格と自信に満ち溢れた精悍な顔つき、そしてちょっとカツラっぽい変な分け目の金髪が特徴である。よもや彼の姿を見たことのない人はいないだろうが。
「でも大丈夫なの? 彼女はちゃんと『卒業』できるかしら」
その横にはロナルド・トリンクの妻ナオンナ・トリンク。いわゆるファーストレディとしては珍しいぽっちゃり体型、というかものすごい巨体の日系人である。元ダンサーかつコメディアンという変わった経歴の持ち主で、髪の毛をお団子状に結んだどこか愛嬌のある見た目で国民からの人気は絶大であった。
「HAHAHA! サシャは天才だ。なんの問題もない」
などと会話している内にエレベーターは目的地に到着。電子音と共に扉が開いた。
「ナオンナはここに来るのは初めてだったかな」
「ええ」
そこにはまるで小さなイベント会場のような空間が広がっていた。
真っ暗な部屋の中央をギラギラと照らすスポットライト。そのライトの中心にあるのは三本のロープが張られたリング。アメリカのプロレス団体『WWM』のそれとそっくりなデザインであった。ド派手に装飾された入場ゲートと、ゲートとリングを繋ぐ大きな花道が設置されている点もそのままである。
「どうだい? 気に言ったかい」
大統領が入場口からチラっと顔をのぞかせながら夫人に尋ねる。
「まったく。本当にあなたはプロレスが好きねえ」
そしてそのリングの周りには、一〇〇席ばかりの座席が並べられ観客が座っている。
いずれも一般人ではない。政府の要人や裏社会のボス、大企業の会長など、アメリカ社会を牛耳るような大物ばかりであった。なぜかみな一様にサングラスをかけている。
「さて。ヒーローの登場といくか――!」
大統領とその夫人がスポットライトと共に入場口から姿を現すと、観客たちは大きな歓声と拍手を送った。
超大物とてこういう場面では変に大人ぶらずしっかりテンションを上げて盛り上がる。この辺りはさすがエンターテインメントの国アメリカといったところ。
大統領は観客席に手を振りながら花道を歩きリングにあがると、エラそうにど真ん中に立ちマイクを握った。
「レイディースアンドジェントルメン。このたびは我がサイキック養成施設『PPA』の卒業試験の会場へようこそいらっしゃいました」
客席から大きな拍手が送られる。
「本日は私にとって大変Specialな日となっております。なぜなら」
大統領は一呼吸おいてから声を張り上げた。
「本日卒業試験を行うのが! 我が愛娘だからです!」
再び大きな拍手、そして歓声。
「それでは入場してもらいましょう! サシャ・トリンク! Come on over here!」
合図と共に会場にアメリカ国家『The Star-Spangled Banner』が大音量で流れ、大統領が呼び出した人物が入場口に姿を現す。
彼女は星条旗柄のド派手なフードつきマントを羽織っていた。
フードを目深に被っているため顔はよく見えないが、背丈やあどけない印象の口元を見るにまだ十代の少女であると思われる。
彼女はゆっくりとした足取りで花道を歩きリングに上がると、大統領に対し、
「久しぶり。パパ」
と口元をゆるませた。
大統領は満面の笑顔で彼女の頭を撫でると、再びマイクを握る。
「さあ、続きまして、対戦相手にも入場して頂きましょう」
彼がパチンと指を弾くと、入場口に大きな台車とそれを押すスーツ姿の男が現れた。
今度は客席から歓声ではなく悲鳴がほとばしる。
巨大な台車の上には大きく堅牢そうな檻が乗せられ、その中にいる全身黒ずくめで覆面をした男が、奇声をあげながら暴れていたからだ。
大統領が覆面男について説明を加える。
「彼は遠い『サモンドロ共和島国』からはるばるいらっしゃって、勇敢にもこのホワイトハウスに乱入して私を暗殺しようとした剛の者でございます。彼には今日の対戦にもし勝つようなことがあれば解放して国に返すと伝えてあります。きっと健闘してくれることでしょう」
やがて檻がリングに到着すると大統領は、
「では皆さまお楽しみ下さい!」
リングを降り、夫人と共にリングサイド最前列の席に座った。
「ねえあなた。大丈夫なのぉ? 相手の男強そうだわぁ」
「HAHAHA! 大丈夫に決まってるさ。なにせサシャはサイキックだからね」
「いい加減教えて頂戴よ。彼女のサイキックって一体どんな能力ぅ?」
「名前は『LaughterToDeath』どんな能力かは見ていれば分かるよ。まあゆっくり見物しよう。ほら。このサングラスをかけなさい」
夫妻がそんな会話を交す内に、試合開始のゴングが鳴り檻のカギが開かれた。
「GAAAAAAAAAA!」
覆面男は檻から出るや否や、恩知らずにもカギを開けてくれたスーツ姿の男を襲い、リングから蹴り出した。そして檻を頭上に振りかぶり星条旗パーカーの少女に襲い掛かる。
大統領夫人の甲高い声が上がった。
だが。少女は微動だにせぬまま口元を緩ませると、
「こういうジョークを知ってマスか?」
会場全体に届くような大声でこんな風に述べた。
「かつて大統領候補でパパのライバルだった、嫌われ者のヒバリー・リリントンの切手が発売されました。
品質には万全の注意を払っていたつもりだったのに、なぜだかみんなこれをうまくハガキに貼ることができまセン!
なぜかって?
みんなついついハガキのオモテ面にツバを吐きかけてしまうからです!
HAHAHA!」
このとき。少女の両眼は金色に輝いていた。
そして次の瞬間。
――――――――HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!
会場中が大きな笑いに包まれる。
――そのなかでも。
「GAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!」
覆面男の爆笑ぶりたるや凄まじく、振りかぶっていた檻をほおり出してリングに仰向けになり、両手両足をジタバタさせている有様であった。
「彼女のユーモアセンスは素晴らしいな! HAHAHA!」
大統領は夫人の肩を抱きながら大口を開けて笑った。
「YEAH! でも確かにナイスなジョークだったけど、あんなになるほどかしら」
夫人はリング上で笑い狂う男を指さす。
「それが彼女の能力なのさ! ほら。ジョークを言った瞬間、彼女の瞳が金色に光っていたのに気づかなかったかい?」
「アイガットイット! それじゃあこのサングラスはその金色の光を遮断するための?」
「ザッツライト。さすがはマイファーストレディ」
リング上の男はゴロゴロと笑い転げてリング下に落下してしまった。
「よし! 勝負あった! ゴングだ!」
大統領の要請によりゴングの音が鳴り響く。その瞬間、観客席からは大歓声。
「FOOOOOOOO!」
「Congratulations!」
「やはりプレジデントの娘はモノが違うね!」
大統領はリングに上がり、娘を抱擁した。
「おめでとう我が娘よ」
「パパ。ありがとう。でもそれより」
「なんだい」
「このままでは覆面の彼が危ないデス。彼に酸素を吸わせてあげてください」
「相変わらす優しいな。サシャは」
覆面の男はそれはそれは幸せそうな顔でリング下に横たわり、ヒイヒイと声を上げていた。
盛大な茶番は終わった。
大統領の父とその娘はホワイトハウスの庭で月を見上げている。
「よくやったぞ。我が娘よ」
「このくらい当然デス」
娘はほんの少し口元を緩ませてそう呟いた。
「じゃあさっそく来週から、予定通り日本に行ってもらおう。目的はわかっているな?」
「もちろんだヨ。パパ」
「よし。それじゃあまずはハイスクールに潜入するのだ。入学の手続きは済ませてある」
「OK。わかってマスよ。普通の学校に通うのは初めてだから楽しみデス」
「頼んだぞ。世界の平和はおまえの力にかかっているのだ」
大統領は真剣な目で娘の肩に手を置く。
「YES。サシャのチカラで必ずやあの『サモンドロ共和国』を打倒し、世界にLOVE&PEACEを取り戻して見せマス」
などと話していると。
「なんだかわからないけど――」
ファーストレディが庭に姿を現す。
「OH! ママ!」
「今夜はBBQパーティーよ!」
大統領夫人は巨大な豚を丸ごと一匹抱えたまま満面の笑みを浮かべた。
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