Dragons' Heaven-08



 ≪我が呼びかけへの反応に感謝する。海中にいるのであれば海面から顔を出して貰えぬか。我は空を飛んでおる故、そなたの居場所が分からぬ≫


 ラヴァニが呼びかけ、波の合間に何か見えないかと目を凝らす。声の感じはシードラと違うものの、ラヴァニの呼びかけに反応できるのなら魚などではない。


「ラヴァニ、見える?」


 ≪いや、我の目には見えておらぬ≫


「警戒されてるんだろう、多分。むやみに姿を現せば捕らえられる可能性もあるんだし」


「シードラの仲間かな」


 ≪そなたは海に住まう者か、数刻前に幼い仲間が戻らなかったか。我らが人から奪還したのだが≫


 ラヴァニが問いかけている間、はるか彼方では漁師たちが懸命の捜索を続けていた。船は汽笛を鳴らし、周囲に居場所を伝える。


 ≪ねえ、誰かいるー? 船見なかった? 人が乗ってた船が沈んじゃったかもしれないんだ!≫


 ≪何か分かったら教えて欲しい! 助けたいんだ!≫


 ヴィセとバロンも加勢し、ラヴァニと共に呼びかけを続ける。確かに何者かがいると分かってから数分、ようやくその正体が海面から顔を出した。


 つるんと丸いゆでたまごのような頭に長い首。額からは一角が生えている。薄青の体には白く大きな楕円形の斑点が広がり、その姿は昨日から行動を共にしていた存在とよく似ていた。


「あ! シードラのおとなだ!」


 冬のどこか光量が足りない曇り空の下、黒い波のすぐ下に青白い体がうっすらと見えている。その体はラヴァニの体よりもふた回り程大きい。


 黒く大きな目がラヴァニの姿を捕え、大きな口をぽかんと開いた。


 ≪おおっ!? 空を飛ぶ者だ! おいみんな、本当に空を飛ぶ者だぞ!≫


 ≪人じゃないんだな? おれ達を捕まえに来たんじゃないんだな?≫


 ≪人もいるが、空を飛ぶ者の背中に乗っている! なんてこった、若輩じゃくはいの言っていた通りだ≫


 若輩とは恐らくシードラの事だろう。シードラは仲間と再会を果たせたのだ。


 シードラの仲間が次々に姿を現す。流石に誇張だったのか、島のように大きな個体はいないものの、7,8頭の成獣は興味津々で首を伸ばしている。


「あ、シードラ!」


 小さいため見つけ辛かったが、1頭の背にはシードラの姿もあった。


 ≪ラヴァニさん! えっと、ヴィーさんとマロさん!≫


 ≪ヴィセとバロンだ。そなたを救い出した恩人だぞ≫


 ≪うう~覚えきれなくてごめんよ! それより仲間と再会できたんだ! みんなでお礼を言いたくて、待ちきれずに向かっていたところさ≫


 シードラは思った以上に早く再会できたことで、もう既にブロヴニク地区を目指して泳いでいた。ただ、これだけの群れが動くとなれば魚も逃げてしまうだろう。


 ヴィセ達は苦笑いを浮かべ、漁が終わった時間で良かったと胸を撫でおろす。


「お礼なんていいんだ。それよりこの辺りで1隻だけで行動する船を見かけなかったか!」


「あのね、俺たち探してるんだ! もしかしたら沈んじゃったかも」


 ≪ああ、船ってあのへんてこな奴だよね。海の上でポンポンと音を立てて進んでいく≫


 ≪おれは苦手で近寄らない。人には見つかりたくないんだ。若輩の恩人なら別だけれど≫


 やはり、シードラの仲間は人を避けて生きているようだ。船の音が聞こえたら逃げてしまうため、船の魚群探知機にも反応しない。もっとも、たとえ反応してもクジラなどと間違えられ、漁師の方から避けるだろう。


「とても大切な人なんだ、何か手がかりはないだろうか! 助けないといけないんだ」


 ≪うーん……人は苦手なんだけどなあ。仲間を救ってくれたのだから、君達は悪い人じゃない。そんな君達にとって大切な人なら、その人も悪くはないんだろう≫


 ≪あのポンポンを探せばいいのかい?≫


 船の内燃機関が奏でる音がポンポンとなるため、シードラの仲間は船の事をポンポンと呼んでいるらしい。そのポンポンが何をするものかは分かっていなくても、形状くらいは把握していた。


「ああ。魚を釣るためにそのポンポン……船という乗り物で海に出たんだ。それらしいものを探してくれないか」


 ≪若輩の恩人の言う事だ、やってみよう≫


 シードラの仲間達は、一斉に周囲へと散っていく。ヴィセ達も範囲を広げ、空からの捜索を再開した。


 ≪我ほどではないだろうが、ドラゴン化によって探れる気配もあろう。人に関する事ならば、我や奴らよりも詳しいのではないか≫


「そうだな。バロン、やってみよう」


「俺ちゃんと耳も目もいいもん」


「分かってるさ。助けるために出来ることは惜しまないって事だ」


 ヴィセの顔に赤い鱗が浮き始めた。瞳が金色に光り、額の端から角が生える。コートに隠れて見えないが、腕や背中にも鱗が浮き出ているだろう。バロンもヴィセが変身するならと、ドラゴン化を受け入れた。


「良く見えるし、波が跳ねる音も聞こえる……でも風の音が邪魔だな」


 ≪我が飛びながら気を配るよりはいいだろう。気になる方角があれば言ってくれ≫


「ねえねえ、漁師のおじちゃん達、シードラの仲間見たらびっくりするよ? 大丈夫かな」


 ヴィセとバロンの普段より掠れた低い声が、風に乗って溶けていく。ヴィセは少し考えたものの、ラヴァニに船団へ引き返して欲しいと告げた。


 ≪我には背に乗るヴィセとバロンの姿が見えぬが、ドラゴン化しておるのだろう? その姿を人前に晒して良いのか≫


「ああ、いいんだ。こうやって頼ってくれて、俺達は信頼して貰えていると思う。俺達もみんなを信じないとな」


「俺もう泣かないよ。ヒュズって子みたいに分かってくれる人いるもん」


 ドーンの土砂崩れの中から救出したヒュズは、バロンの心の支えになっていた。見た目を化け物と言われても、バロンは自分に自信が持てるようになったのだ。


「無理矢理に強いフリしなくていいんだ。傷付いた分強くなるなんて、嘘だからな」


 ≪傷も深ければ癒えぬものだ≫


「いいよ。みんなにいいだろって自慢するもん」


「自慢なんかしてみろ、お前の血を寄越せって追いかけられるぞ」


「やだ……じゃあ自慢しない」


 2人と1匹は海上を見渡し、時折トシオの名を叫んで声を届けつつ、船団の上と舞い戻った。


「うおわっ!? あんた、その顔どうした」


「ビックリするじゃねえか、おっかねえ……ドラゴンみたいになってるぞ」


「ドラゴンの力を使った方が、より広範囲を探せるから!」


「そうかい! わりいがもうちょい頑張ってくれ、俺達はもう少し南の漁場に行ってみる!」


 漁師達は驚いただけで、ヴィセ達の顔よりトシオの心配の方が先行していた。大きな網を投げてトシオが掴んでくれないかと様子を見る者、汽笛を鳴らす者、それぞれがヴィセ達の容姿そっちのけだ。


「はははっ、俺達の見た目なんか、どうでもいいって感じだな」


「おじちゃーん! あのね、シードラが来ても驚かないでね!」


 バロンは声が通り易いようにドラゴン化を解き、漁師の船に呼びかける。だが漁師はシードラと聞いても何の事かさっぱり分からない。


「シードラって、何だ!」


「えーっと、シードラってのは海に棲むドラゴンの仲間みたいな……」


 ヴィセが説明を始めようとした時、ふいに付近の海面が大きく盛り上がった。次の瞬間、シードラの仲間の1頭が顔を出す。


「うおおおっ!? なんじゃこりゃ!」


「ふ、ふええ! ひっ、ひいぃぃ!」


 船の揺れくらいではびくともしない漁師たちが、全員揃ったように尻餅をつく。シードラの仲間は本当に人を避け、見つからないように生きていたのだろう。


「あ、えっと……こちらがシードラです。トシオさんの捜索を手伝ってくれています」


 ヴィセの紹介を聞き、1頭のシードラが悠々と首をもたげる。漁師達は目を見開いたままコクコクと頷くのが精いっぱいだ。


「よ、宜しくた、頼む……」


 漁師達は敵ではない事を確認できたからか、物に掴まりながらなんとか立ち上がった。シードラの仲間は船を不思議そうに見つめ、思い出したようにラヴァニへと振り向いた。


 ≪ところで、君達が探していたと思われる人とポンポンが1つ見つかったよ。おれ達を見て何か言っているんだけどさっぱりだ。確認してくれないかい≫

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