Dragons' Heaven-06
* * * * * * * * *
「おばーちゃーん!」
「ん? あらあら! あんた達、来たんね! さあお上がんなさい」
「お邪魔します」
シードラを見送った後、ヴィセ達はトメラ屋を訪れていた。ヴィセ達の追っ手は確認できず、この地区なら誰でもヴィセ達と縁がある。ならばむしろ近くにいて守った方がいい。
脅しのためではないが、ラヴァニの封印は1つだけ解放したままにし、わざと存在感をアピールしている。デューイやビヨルカのように、小さければ恐れず捕らえようとする者もいると分かったからだ。
時刻は朝の9時。宿泊客がちょうど出発した時間だ。宿はこれから急いで掃除、買い出し、食事の準備をしなければならない。次の客の受け入れまでの8時間はゆっくりできる時間ではない。
けれど、女将のミナはヴィセ達を快く受け入れた。ちょうど宿泊客がいなかった1室に通し、ゆっくりしなさいと告げる。
「高級ホテルも良かったけど、やっぱりこの景色がいい。落ち着くよ」
「俺ね、外の風呂好き! ホテルも好きだけど疲れる。絵とか壺とか壊しそうだもん」
「はっはっは! 確かに、俺達みたいな田舎者だと逆に気を使っちゃうよな」
10分ほどして、ミナが水と漬物を持って来てくれた。夏には板張りの床だったが、今は柔らかな茶色いカーペットが敷かれている。ローテーブルは天板の下から掛布団のような布が掛けられ、中に入れられた湯たんぽのおかげで温かい。
「コタツはどうね、暖かいかね」
「コタツと言うんですか。ちょうど良くて、なんだか出られなくなりそうです」
「俺ね、おばーちゃんに会いたかった」
「あらそうかい? あたしも会いたかったんだよ」
ミナがニッコリと微笑み、バロンの頭を優しく撫でた。バロンはジェニスやミナのような女性によく懐く。
バロンはヴィセを兄代わりに慕いつつ、これでも苦労を掛けないよう頑張っている。頼れるはずの親を失い、姉の前ではしっかりした自分を見せようとする。
子ども扱いされたい訳ではない。ただ、無条件に自分を受け入れてくれ、子どもである事を当然のように受け入れてくれる事に安心するのだ。
ミナが部屋を出て暫くすると、ヴィセ達は手持無沙汰になってしまった。この時間から寝る気にはなれず、かといって今話し合う内容も特にない。
シードラが仲間を連れて来てくれるまで、することがないのだ。
「俺、早く晩御飯食べたい」
「まだ朝だぞ。ああでも、海で釣られたばかりの魚は本当に美味いよな。煮付けなんてホテルじゃ出ないし」
≪我もあのように身だけを取り出し、薄く食べやすく切られた状態は好んでおる。ヴィセ達と過ごすと、味というものにこだわっていかんな≫
「俺も刺身好き! あ、そうだった! ラヴァニの分のゆでたまごがあった!」
≪それを早く言わぬか! 幾つあるのだ≫
ラヴァニがむくりと体を起こし、よちよちとバロンの鞄へと駆けていく。バロンは笑いながらその後を追い、紙袋を開けて殻付きのゆでたまごを4つ取り出す。
「殻むいてあげるから待っててね」
≪待てぬ、我は殻も好きだ≫
殻の欠片をかみ砕きながら、ラヴァニが早くしろと催促する。つるんと綺麗に殻が取れた白い楕円形を、いつもより1周り大きいラヴァニは丸ごと頬張る。
「喉に詰まっても知らないよ」
「それ1個500イエンだぞ、味わって食え」
「シードラにも1個あげたかった、忘れてた」
ラヴァニは数回噛んで形を崩し、翼を広げて嬉しそうに飲み込む。高級ゆでたまごはお気に召したようだ。
≪魚も良い、肉も良い。だがやはりすべてはゆでたまごに敵わぬものだな! 全部喰らってよいのか!?≫
「ヴィセ、全部いいの?」
「ああ。ラヴァニのおかげでシードラも奪還できた。お替りが必要なら昼飯を食べに出た時に」
ラヴァニが最後のゆでたまごを飲む込むと、ヴィセはコタツから這い出して身震いをし、コートを羽織る。バロンは書き取りの勉強だ。
「何か手伝いが出来ないか聞いてくる」
「あー俺も!」
「書き取り1ページ終わってからな。お前時々文字が反対になってるぞ」
「時々だもん!」
ヴィセはバロンに勉強を命じて部屋を出る。残されたバロンはしばらく「あー」「うー」と不満そうにしていたが、早く終われば追いかけられると気付き、急いで書き取りを始めた。
「ノスケさん」
「ん? はい……おおっ! ヴィセ君! 来ていたんだな!」
「俺の作務衣はまだありますか? お手伝いします」
「いいのかい? 作務衣なら女将が持ってるはずだ。俺は今から買い出しで、薪をお願いしてもいいかい」
宿泊客ではあるが、以前の手伝いで勝手は分かっている。ヴィセは簡単に置き場や薪の数を教えてもらい、作務衣を受け取りに行く。
ミナから受け取った後、ヴィセは作務衣の下に長袖のシャツを着て、長タイツを穿いた。それでも寒いが、薪を割っていれば汗を掻くだろう。力仕事は最も得意とするところだ。
ラヴァニ村にいた頃、ヴィセは木を切り倒し、のこぎりと斧で切断し、乾燥させ、薪を割って生きてきた。水汲みも食料調達も家の補修も、衣服のつぎはぎだって自分でやってきた。
何もせず全てやってもらう生活は性に合わないのだ。
「あれあれ、早い事! もう薪割りが終わったんね。うちはみんな働き者やけど、あんたがおるとなお早いわい」
「他にも言って下さい、好きでやってる事です」
ヴィセはその後も廊下の雑巾がけ、食器の水洗いなどを手伝った。そのうち書き取りを終えたバロンとラヴァニも合流する。
バロンとラヴァニは連携し、外にシーツや部屋着の浴衣を干していく。ラヴァニが物干し竿に掛け、バロンがしっかりと伸ばすのだ。
「まさか昼前に全部終わるとは……」
「やった! これでお昼から夕方まで自由時間ね!」
ノスケとイサヨが「いえーい」と言ってハイタッチする。午後からはミナの娘のキクも来る予定だが、これではする事が何もないはずだ。
「有難うねえ。さ、あんたらはもう午後からはお客様。部屋におってもええし、散歩してもええ。どれ、みんなで昼食を食べに行こうかね」
「女将さんのおごり?」
「なーにを言っとるの。当たり前だよ」
ノスケとイサヨはまたハイタッチをして上着を取りに戻り、ミナがヴィセとバロンにも手招きをする。
「ご飯! ヴィセごはん食べに行こ!」
「ああ。じゃあ着替えて来るか」
冬は寒くて海水浴などが出来ない事もあり、観光客はあまり多くないという。ただし冬にしか釣れない魚は多く存在するため、それを狙って釣りに来る者や、旬の魚を食べに来る客がいる。
トメラ屋もこの時期は平日に2、3組の宿泊があればいいくらいだ。それでも、ブロヴニク海浜荘が荒らし回っていた頃なら0だっただろう。
「そういえば、ブロヴニク海浜荘って、どうなりましたか」
「ああ。結局はあのギルって男が夜逃げしてね。町が管理して素泊まり施設になってるよ」
「ヴィセ君が提案したらしいじゃないか。素泊まりの宿にすればいいのにって。食堂の大将が集会で言ってたんだ」
「あー……言ったっけ? よく覚えていないけど、いい方向に転がったなら良かったです」
ミナが途中で1軒の家に寄り、中に声を掛ける。どうやら娘のキクの家のようだ。旦那のトシオはまだ漁から戻っていない。キクにも声を掛け、6人と1匹は白い息を吐きながら食堂の扉を開けた。
夏よりは閑散としているが、ミナが行きつけの食堂はテーブルの半分程が埋まっている。そこにはキクの旦那の漁師仲間も揃っていた。
「やあキクちゃん! こりゃトメラ屋御一行だな」
「あれ? 皆さん、今日の漁は……」
「ん? ああ、11時頃には終わったよ。どうした」
キクの表情が曇った。いつもなら11時には港に魚を下ろし、家に帰っている頃だ。
「……わたし、ちょっと港を見てきます」
キクが港へと駆けていく。暫く経ち、漁師仲間がキクちゃんは大丈夫かなと呟いた頃、キクが慌てて戻って来た。
「どうだった、まさか帰って来てないのかい」
「ま、まだ船が……帰って来てないって」
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