Awake-08
* * * * * * * * *
翌日、オースティン達は誰よりも早く目覚めた。オースティンの腕時計でまだ4時過ぎだ。冬の山里は虫の音もなく静寂に包まれている。
吐く息も凍りそうな中、囲炉裏から火種を取ると、取り決めた訳でもないのにかまどの用意を始める。別の者は囲炉裏に太い枝を足し、残った2人が水を汲みに外へ向かう。
オースティン達は必死だった。ジェニスの体調を考え、最短で全てを覚えるつもりでいる。ヴィセにも目的があり、今は留まってもらっている。ヴィセ達がいなければ今日にも凍死していたかもしれない。
「ああ、おはよう。起こしちゃいましたね」
「おはようございます……随分と早いですね」
「朝食は俺が作る。まだ寝ていて下さい」
起き上がったヴィセに軽く挨拶をしたら、教わった通り冷や飯に火を通し、芋の皮をむいて鍋に放り込む。昨日の夕方には魚を3匹釣り上げている。残った1匹のはらわた出してぶつ切りにし、20分程煮た所で塩入れたら完成だ。
「ここに将来は鶏の肉が入るようになればな」
「色味がねえから、ニンジンなんかも入れたいところだ」
「トマト鍋もいいな。あれなら塩だけでも十分味が付く」
「ゆくゆくは作物を売って、それで塩や調味料、紙なんかも買わねえと」
「だなあ。1から作っていくって大変だけど、今までの暮らしよりも希望がある」
料理がたった1つ完成しただけで、オースティン達はこの村で初めて何かを成し遂げたと満足気だ。それから間もなくしてジェニス達も起きだし、粗末ながらも温かな朝食が始まった。
「さて。外が明るくなったらあんたらはちょっとお勉強だね。ほれ」
ジェニスは鞄から1冊の本を取り出した。
「植物……図鑑?」
「この周辺にもいくつか毒を持つ植物があるからね。他の植物に似て気が付かん時もあるだろうから、最初のうちは確実なものだけ食べなさい」
「そっか、何でも食べられる訳じゃないのか」
「見分けにくいもんは、一度町で種を買って、自分で育てて違いを確認すること。ええかね」
「分かりました! 春になればさっそく耕しつつ野草を摘みますよ」
オースティン達が一通り図鑑を見終えたら、次はバロン先生の時間だ。
「何か作ろう! 俺ね、廃材で何か作るの得意だよ」
「そうか、君はあの過酷なユジノクのスラムに」
「うん」
≪バロン。我に手伝える事はないか。希望するものを運んでやろうか≫
「あ、それじゃあね、えっと……車輪がいい。車輪とね、いっぱい板とスコップがいる」
≪承知した。……スコップとは何だ≫
バロンは自分のノートに何かを描き始め、指示を出す。皆で崩れた家々を回り、無事な食器、スコップなどの鉄製品、磁石、針金、荷車の車輪などを集めて回った。
一見すると何の規則性もない品々を、バロンが吟味しながら選び取る。
「ヴィセ、あのね、もうちょっと薄い板が欲しい。薄い合板か、ブリキがいい」
「ブリキか。それならあっちにチリトリが転がっていたから、幾つか」
「この厚い板を削りますか?」
「だめ、厚い板も使うの」
バロンはスコップの柄を取り外し、先だけを荷車に括りつけていく。それが終われば、今度は車輪に軸を通した。車輪を手で回しながらブレを修正していく。
「おいバロン、何作ってんだ?」
「水車」
「水車?」
「これでね、回る。それでね、磁石は?」
「磁石は村長がラジオの電波を拾うとか言って集めてたものがあるけど」
「いっぱいある?」
ヴィセにもオースティン達にも、バロンが何を作りたいのかさっぱり分からない。そうこうしているうちに、バロンは自身の親指ほどの磁石の棒を幾つか選び、軸の側面に均等に張り付けた。
両側に鉄の塊を置いて固定した後、水車の反対側に軸受けを置き、バロンが満面の笑みで立ち上がる。
「川行こ! 流れはやい?」
「まあ……場所によっては」
「遅かったらまた考える、行こ!」
バロンに言われるがまま、全員で川に向かう。バロンは流れの速そうな浅瀬に水車を置いて固定し、寒さに震えながら水車の足を川底に杭で打ち付けた。
「寒い、寒い……」
バロンがびしょ濡れで岸に上がり、ヴィセが慌てて自身のコートを羽織らせる。気温より水温の方が高いとはいえ、全身ずぶ濡れだ。
「お、おい……水車が回り出した!」
「おおっ! こりゃすげえ!」
水車はゆっくり、やがて水の流れに乗るように軽快に回り始めた。
「これ、歯車を軸に取り付けてさ、上手く噛ませたら色々出来るな!」
「そうだな、粉挽いたり、楽が出来る!」
「あんた、賢い子だねえ! どこで覚えたんだい、こんなものを」
「えっとね、スラムで風が吹いたら回るおもちゃがあったから、思い出した」
「え? 初めて作ったのかい?」
「うん」
ジェニスとエゴールが驚いて、互いの顔を見合わせる。ヴィセが一度小屋に戻ろうと提案し、バロンに着替えを促した。
小屋でバロンをしっかり拭いてやり、囲炉裏の傍でブランケットにくるんでやると、少しバロンの顔に血の気が戻った。
「ったく、無茶するなよ」
「後は、電線と、電気を使うような電球とか、そういったものがあればいいんだな」
「磁石とあの鉄の塊の距離を遠くする、近づける、それで調節……」
「バロンくんが磁石と鉄の塊で作ったのは、モーターの代わりだね。発電機はとても高いけど、いずれ手に入ったなら村に安定した電力を送れる」
エゴールが感心し、君は天才だと褒めたたえる。原理を知っている者からすれば何でもない事だが、バロンはそれらを知らないまま、見よう見まねで作ってしまった。
もっとも、霧に覆われ多くを失った現代において、そのような知識はない者の方が多いくらいだ。
エゴールはこの世の機械文明がもっと発達していた頃の事を知っている。バロンが理解していない部分を補い、皆にバロンの意図を正確に伝えた。
≪電気となれば、地中から黒いドロドロを汲み上げ、燃やし、空気を汚すものであろう≫
≪コチラトシテハ ソレハ困ル。電気トヤラハ 使ワナイデモライタイ≫
ラヴァニとマニーカは、機械化をあまり良く思っていない。人には空や大地を汚してきた前科があるからだ。エゴールはそんな2匹にも丁寧に説明してやる。
「ラヴァニさん、マニーカさん。大丈夫だ、それはオレが保証するよ。これは水力発電といって、空気や土を汚さない。まあ、モーターをどんなエネルギーで作ったのかまで言及されると難しいけれど」
≪何やら難しい事は分からぬが、汚染源とならぬものなら良い≫
「風を利用して回す風車もある。どちらも水や空気は汚さない」
≪ソレナラバ、コチラトシテモ 言ウコトハナイ≫
2匹の環境に煩い生き物のお墨付きをもらい、バロンはまだ寒そうに震えながら小刻みに頷く。
「後は、モーターが濡れないように囲って箱にして、外側から鉄の塊の位置を調整できる棒を付けたらいいな」
≪電球は我らが買いに行っても良いだろう≫
「ああ、そうだな。バロン、お前はちょっと休憩だ」
「お風呂を沸かしてあげよう、あんな凄いもんを作ってくれたんだ、何でもするさ」
「じゃあ俺達は隙間風対策だ。板の残りを使わせて貰うよ」
「あたしは藁でも編んでやろうかねえ」
それぞれが出来る事をし、生活を維持する。村を築くための初歩であり、一番重要な事だ。ヴィセがラヴァニを抱えて立ち上がった時、オースティンが真剣な顔でジェニスの名を呼んだ。
「ジェニスさん。どうやら、俺達は本当にここで暮らしていくことが出来そうです。食料はまだ不安がありますが、魚を釣り、室内で苗を育てる事も出来ます」
オースティンの言葉に、ジェニスは少しだけ笑みを零し、ため息をついた。オースティンの言いたい事が分かったのだ。
「着る服はともかく、食料以外、もう困らないって事だね。確かにあたしは狩りは出来ない。畑も春まで使えない。この婆さんが導けるのもここまで、ってことだね」
「……はい」
ジェニスはオースティンの返事に満足気に頷く。ジェニスは「電気が点くのを見届けたら、明日帰る」と言って藁を編み始めた。
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