Awake-05




 * * * * * * * * *


【Meanwhile】少年のおつかい



 モニカの郊外に1匹のドラゴンが降り立った。背には猫耳に尻尾の少年。


「ラヴァニ、鞍ここに置いてていい?」


 ≪構わぬ。地上にジェニスらの姿も見えた、あと1、2日で着きそうだな≫


「早く買おう!」


 それはバロンとラヴァニだった。バロンは冬の枯れ草を楽しそうに踏み回り、靴の底で枯れた茎が鈍い音を立てる。


 ヴィセと初めて出会った頃、全てを威嚇するように睨みつけていた少年はもういない。今の天真爛漫なバロンこそが、本来のバロンなのだろう。


 もちろん、年相応だが気を遣う事も出来る。スラムで集団行動を学び、生きる事に関してはとても逞しい。計算は早く、文字もすぐに覚えた。もしも他の子のように学校に通っていたなら、あっと言う間にクラスの人気者になっていただろう。


「ラヴァニはタオル巻いてあげるからこっちね」


 ≪助かる。体を動かしていなければ少し寒いのだ≫


 ラヴァニは封印を施され、バロンの腕の中に収まる。


 ≪店の者に何と言って買うのだ。流石の我でも人の家屋1軒分を運ぶのは難しい≫


「木くださいって言えば売ってくれるよ。ちゃんとね、買うもの書いてきた」


 バロンは自分で書いたという図面を開き、ラヴァニに見せた。拙くも伝わらなくない内容は、プロが少し手直しをすれば形になりそうだ。


「柱にする木をね、4メルテで20本! それからね、板にする木をね、100枚!」


 ≪どれほどの重さになる≫


「えっ、分かんない」


 釘や工具も買い足せば、重量にして、おおよそ3000キログラン(=3000キログラム)程になる。ラヴァニが遠く離れた村まで運ぶとして、4往復程必要だろう。


 郊外の草地から道に出て、バロンは勝手知ったる顔で建材屋を目指す。今日は冷え込みも厳しく、空は青く晴れ渡っている。同じ歳の子供が楽しそうに学校へ向かう姿を見送りながら、バロンは建材屋の軒先をくぐった。


 バロンのお面作りに協力した「シーラ建材」だ。


「おじちゃーん、木買いにきたー」


「……おお、テレッサちゃんのところの! 元気だったか、お面は気に入ってくれたか」


「うん! ヴィセ強くなったよ」


「そいつが……言ってたドラゴンか。へえ、本当に小さくなれるんだな」


 建材屋は飛行場に近い。店主は届いたばかりという木材の荷ほどきをしていた。冬だというのに長袖シャツ1枚に作業ズボンと安全靴。何事にも気合だという。


 40代くらいの店主は短髪の黒髪を掻きつつ、バロンにニッコリ微笑んだ。


「すげえだろ、こりゃあ西のボストチって町の杉だ。1000キロメルテくらい離れてんだけどな、杉が大きく育つんだ」


「えー何? もすと……ち?」


「ボストチだ。小さな木こりの町だ」


「飛行艇で運ぶの?」


「おう! モニカの郊外の小さな森じゃ、ここまでしっかり育たねえからな」


 ≪ラヴァニ村にも樹木が茂っておるだろう。植林を前提とするのなら、多少切り倒してもドラゴンは文句を言わぬ≫


「ん-、あれ白樺って言う木なんだって。杉の木と違うんだよ」


 ≪そうか、同じ木だというのに、何が違うのか≫


「見た目」


 ≪……そうか≫


 バロンは忙しく採寸をしている店主に再度声を掛け、自分が書いた図面を見せる。店主は手を止めて紙を見つめ、大声で笑った。


「はっはっは! お面の次は家を作るのか! こりゃあいい」


「本当に作るんだよ!」


「はっはっは、んで、端材でも……おい、これ、本物の家を建てようってのか」


「うん、俺ね、木買いに来た」


 バロンは当然といった顔で木材のサイズと本数を告げる。村の焼け落ちた家々のサイズはヴィセの背丈で測り、柱と柱の間隔、柱の長さ等を割り出していた。


 1ヴィセ=188センチメルテだ。


「在庫は足りるけどよ、どこまで運ぶんだ?」


「ラヴァニ村だよ、ラヴァニが運ぶ」


 バロンがラヴァニを店主の顔の前まで持ち上げる。店主はドラゴンが往復で運ぶと聞き、売らない事はないが……と渋っていた。


「全部揃えたら、小遣いで買えるような額じゃねえぞ?」


「ヴィセからお財布預かったよ、村はお店ないから使わない、大丈夫」


 バロンは財布を見せ、買って来いって言われたと告げる。店主はヴィセの「このメモを見た方へ」というメモを確認し、バロンがお使いで来た事を理解した。


 店主はバロンに手招きし、店の奥の倉庫兼工房へと案内する。道に面した倉庫の扉を開け、倉庫内に光が差し込んだ。


「余分に買うんだろうが、板だけで2000キログランだぞ。ロープとスリングは貸してやるが、こんなもんをぶら下げて飛べるのかい」


 ≪牛1頭くらいなら軽いものだ≫


「牛って重さどれくらい?」


「えっ? さあ……700キログランくらいかな」


 ≪では1度その量で飛んでみるとしよう≫


 バロンは木材と釘を合計12万イエンで購入し、次は工具屋に向かう。工具屋でドライバーや電池式のドリル、バール、洗面器や食器を買った後、テレッサの店でタオル、毛布などを購入した。


 それから今度は食堂に寄り、唐揚げやおにぎりを買い、ラヴァニ用にゆでたまごも10個買う。木材を運ぶラヴァニへのご褒美らしい。バロンは一通りの買い出しを終え、ようやくシーラ建材に戻った。


 倉庫前の作業場では、店主が門型のクレーンで木材をちょうど降ろしたところだった。ロープと伸縮性のあるスリングが掛けられ、ラヴァニの首に掛けられるようになっている。


「ねえ、ラヴァニ……大丈夫? 重いよ?」


 ≪問題ない。難しければ途中で休憩を取る≫


 バロンが封印を解き、ラヴァニの体が元の大きさに戻る。ラヴァニが飛びにくいだろうと判断し、鞍は取り付けていない。バロンは借りたベルトを体に巻いた後、木材の上に座った。


「ラヴァニ、いいよー!」


 ≪飛び上がる際に少し揺れるぞ、木に掴まっていろ」


 ラヴァニがはばたき、重い木材の束の底が浮いた。辺りには羽ばたきによる強風が吹き荒れ、野次馬が帽子を押さえた。


「気を付けろよ!」


「うんー!」


 みるみるうちに小さくなる町を振り返りつつ、バロンはしっかり木に掴まっている。ワイヤーやスリングを掴んでしまうと、風や衝撃でねじれた場合、指を千切られかねないからだ。


「あ、おばーちゃん達!」


 ≪見つからぬようにな。先回りしている事を知られてはならん≫


 遠くの山道にジェニス達の姿があった。ラヴァニは見つからないよう高度を上げる。


 ヴィセの足で歩けば5日の距離も、ラヴァニの羽ばたきなら数十分だ。木材第1便は、午前中のうちにラヴァニ村に届いた。





* * * * * * * * *





「戻ったー!」


「おお、すげえ……ラヴァニ、助かるよ、有難う」


 ≪何、元々はこの重さの獲物を狩っていたのだ、どうということはない≫


 ドラゴンの血のおかげで、ヴィセとバロンは力が強い。1本10キログラン以上の木材を数本軽々と担ぐ。板と柱を空き地に運んだ後、焼け落ちた柱を外していく。


 ≪我は木材を取りに戻る。作業をするのなら進めておけ≫


 ラヴァニはバロンからゆでたまごを3つもらい、また飛び去っていく。ドラゴンは数千キロを1日で飛ぶこともある。これくらいで疲れないという主張は本当らしい。


 ≪畑ノ下ハ耕ヤシ終ワッタヨ。次ハドウスルンダイ。何カヲ作ルノナラ、土台ヲ固メテアゲヨウカイ≫


「え? そんな事ができるのか」


 ≪アア。土ヤ岩ニ関シテハ任セテクレ≫


 マニーカはヴィセが立てた柱の根元を固め、バロンが板を釘で仮付けしていく。基礎は以前の家を使っている。ラヴァニが戻って来た時には、もう壁部分の骨組みが出来上がりつつあった。

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