Awake-05
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【Meanwhile】少年のおつかい
モニカの郊外に1匹のドラゴンが降り立った。背には猫耳に尻尾の少年。
「ラヴァニ、鞍ここに置いてていい?」
≪構わぬ。地上にジェニスらの姿も見えた、あと1、2日で着きそうだな≫
「早く買おう!」
それはバロンとラヴァニだった。バロンは冬の枯れ草を楽しそうに踏み回り、靴の底で枯れた茎が鈍い音を立てる。
ヴィセと初めて出会った頃、全てを威嚇するように睨みつけていた少年はもういない。今の天真爛漫なバロンこそが、本来のバロンなのだろう。
もちろん、年相応だが気を遣う事も出来る。スラムで集団行動を学び、生きる事に関してはとても逞しい。計算は早く、文字もすぐに覚えた。もしも他の子のように学校に通っていたなら、あっと言う間にクラスの人気者になっていただろう。
「ラヴァニはタオル巻いてあげるからこっちね」
≪助かる。体を動かしていなければ少し寒いのだ≫
ラヴァニは封印を施され、バロンの腕の中に収まる。
≪店の者に何と言って買うのだ。流石の我でも人の家屋1軒分を運ぶのは難しい≫
「木くださいって言えば売ってくれるよ。ちゃんとね、買うもの書いてきた」
バロンは自分で書いたという図面を開き、ラヴァニに見せた。拙くも伝わらなくない内容は、プロが少し手直しをすれば形になりそうだ。
「柱にする木をね、4メルテで20本! それからね、板にする木をね、100枚!」
≪どれほどの重さになる≫
「えっ、分かんない」
釘や工具も買い足せば、重量にして、おおよそ3000キログラン(=3000キログラム)程になる。ラヴァニが遠く離れた村まで運ぶとして、4往復程必要だろう。
郊外の草地から道に出て、バロンは勝手知ったる顔で建材屋を目指す。今日は冷え込みも厳しく、空は青く晴れ渡っている。同じ歳の子供が楽しそうに学校へ向かう姿を見送りながら、バロンは建材屋の軒先をくぐった。
バロンのお面作りに協力した「シーラ建材」だ。
「おじちゃーん、木買いにきたー」
「……おお、テレッサちゃんのところの! 元気だったか、お面は気に入ってくれたか」
「うん! ヴィセ強くなったよ」
「そいつが……言ってたドラゴンか。へえ、本当に小さくなれるんだな」
建材屋は飛行場に近い。店主は届いたばかりという木材の荷ほどきをしていた。冬だというのに長袖シャツ1枚に作業ズボンと安全靴。何事にも気合だという。
40代くらいの店主は短髪の黒髪を掻きつつ、バロンにニッコリ微笑んだ。
「すげえだろ、こりゃあ西のボストチって町の杉だ。1000キロメルテくらい離れてんだけどな、杉が大きく育つんだ」
「えー何? もすと……ち?」
「ボストチだ。小さな木こりの町だ」
「飛行艇で運ぶの?」
「おう! モニカの郊外の小さな森じゃ、ここまでしっかり育たねえからな」
≪ラヴァニ村にも樹木が茂っておるだろう。植林を前提とするのなら、多少切り倒してもドラゴンは文句を言わぬ≫
「ん-、あれ白樺って言う木なんだって。杉の木と違うんだよ」
≪そうか、同じ木だというのに、何が違うのか≫
「見た目」
≪……そうか≫
バロンは忙しく採寸をしている店主に再度声を掛け、自分が書いた図面を見せる。店主は手を止めて紙を見つめ、大声で笑った。
「はっはっは! お面の次は家を作るのか! こりゃあいい」
「本当に作るんだよ!」
「はっはっは、んで、端材でも……おい、これ、本物の家を建てようってのか」
「うん、俺ね、木買いに来た」
バロンは当然といった顔で木材のサイズと本数を告げる。村の焼け落ちた家々のサイズはヴィセの背丈で測り、柱と柱の間隔、柱の長さ等を割り出していた。
1ヴィセ=188センチメルテだ。
「在庫は足りるけどよ、どこまで運ぶんだ?」
「ラヴァニ村だよ、ラヴァニが運ぶ」
バロンがラヴァニを店主の顔の前まで持ち上げる。店主はドラゴンが往復で運ぶと聞き、売らない事はないが……と渋っていた。
「全部揃えたら、小遣いで買えるような額じゃねえぞ?」
「ヴィセからお財布預かったよ、村はお店ないから使わない、大丈夫」
バロンは財布を見せ、買って来いって言われたと告げる。店主はヴィセの「このメモを見た方へ」というメモを確認し、バロンがお使いで来た事を理解した。
店主はバロンに手招きし、店の奥の倉庫兼工房へと案内する。道に面した倉庫の扉を開け、倉庫内に光が差し込んだ。
「余分に買うんだろうが、板だけで2000キログランだぞ。ロープとスリングは貸してやるが、こんなもんをぶら下げて飛べるのかい」
≪牛1頭くらいなら軽いものだ≫
「牛って重さどれくらい?」
「えっ? さあ……700キログランくらいかな」
≪では1度その量で飛んでみるとしよう≫
バロンは木材と釘を合計12万イエンで購入し、次は工具屋に向かう。工具屋でドライバーや電池式のドリル、バール、洗面器や食器を買った後、テレッサの店でタオル、毛布などを購入した。
それから今度は食堂に寄り、唐揚げやおにぎりを買い、ラヴァニ用にゆでたまごも10個買う。木材を運ぶラヴァニへのご褒美らしい。バロンは一通りの買い出しを終え、ようやくシーラ建材に戻った。
倉庫前の作業場では、店主が門型のクレーンで木材をちょうど降ろしたところだった。ロープと伸縮性のあるスリングが掛けられ、ラヴァニの首に掛けられるようになっている。
「ねえ、ラヴァニ……大丈夫? 重いよ?」
≪問題ない。難しければ途中で休憩を取る≫
バロンが封印を解き、ラヴァニの体が元の大きさに戻る。ラヴァニが飛びにくいだろうと判断し、鞍は取り付けていない。バロンは借りたベルトを体に巻いた後、木材の上に座った。
「ラヴァニ、いいよー!」
≪飛び上がる際に少し揺れるぞ、木に掴まっていろ」
ラヴァニがはばたき、重い木材の束の底が浮いた。辺りには羽ばたきによる強風が吹き荒れ、野次馬が帽子を押さえた。
「気を付けろよ!」
「うんー!」
みるみるうちに小さくなる町を振り返りつつ、バロンはしっかり木に掴まっている。ワイヤーやスリングを掴んでしまうと、風や衝撃でねじれた場合、指を千切られかねないからだ。
「あ、おばーちゃん達!」
≪見つからぬようにな。先回りしている事を知られてはならん≫
遠くの山道にジェニス達の姿があった。ラヴァニは見つからないよう高度を上げる。
ヴィセの足で歩けば5日の距離も、ラヴァニの羽ばたきなら数十分だ。木材第1便は、午前中のうちにラヴァニ村に届いた。
* * * * * * * * *
「戻ったー!」
「おお、すげえ……ラヴァニ、助かるよ、有難う」
≪何、元々はこの重さの獲物を狩っていたのだ、どうということはない≫
ドラゴンの血のおかげで、ヴィセとバロンは力が強い。1本10キログラン以上の木材を数本軽々と担ぐ。板と柱を空き地に運んだ後、焼け落ちた柱を外していく。
≪我は木材を取りに戻る。作業をするのなら進めておけ≫
ラヴァニはバロンからゆでたまごを3つもらい、また飛び去っていく。ドラゴンは数千キロを1日で飛ぶこともある。これくらいで疲れないという主張は本当らしい。
≪畑ノ下ハ耕ヤシ終ワッタヨ。次ハドウスルンダイ。何カヲ作ルノナラ、土台ヲ固メテアゲヨウカイ≫
「え? そんな事ができるのか」
≪アア。土ヤ岩ニ関シテハ任セテクレ≫
マニーカはヴィセが立てた柱の根元を固め、バロンが板を釘で仮付けしていく。基礎は以前の家を使っている。ラヴァニが戻って来た時には、もう壁部分の骨組みが出来上がりつつあった。
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