Awake-04



 ≪気が付いていないとはどういうことだ≫


 ≪海ノ上ハ霧ガ晴レテイルノダロウ?≫


 ≪ああ。説明した通りだ≫


 ≪海ハ 霧ノ毒に侵サレテイナイトモ言ッテイタ≫


 ≪ああ、その通りだ≫


 マニーカの投げかけにより、ラヴァニはようやく気が付いた。


 ヴィセはディットと共に、霧が海に溶けた可能性や、正体不明の成分が何かを話し合っていた。ラヴァニは難しい話をヴィセに任せきりで深く考えなかったが、今ならその正体が分かる。


 ≪モニカの町に湧き出る水と、同じ……海には浮遊鉱石の成分が溶け込んでいる、と≫


 ≪ソウダ。水ニ浮遊鉱石ノ成分ガ溶ケテイルト知ッテイルノナラ、海ノコトモ調ベテイルノカト≫


 ≪そなた、海についてどの程度詳しい≫


 ≪モウ随分ト前ニ、海マデ地中ヲ進ンダコトガアル。海トイウ呼ビ名ハ知ラナカッタケレド、アノ岩塩ヲ溶カシタヨウナ水タマリハ、見セテクレタ記憶ト同ジダ≫


 ラヴァニはマニーカから当時の海の岩盤の下の様子を見せられた。残念ながら光が届かないため何も視認できないが、マニーカは浮遊鉱石の存在を感じ取っていたという。


 ≪そうか、そのせいで海やその周辺の霧だけが消え去ったのか。ヴィセ、バロン!≫


 ラヴァニがヴィセとバロンを呼び戻す。2人は廃材集めを中断し、何事かと駆け寄った。


「どうした? まさかジェニスさん達が到着しそうなのか」


「それともおなかすいた? ゆでたまごいる?」


 ≪そうではない、浮遊鉱石の次なる候補地が見つかった≫


「え、何で急に」


 ラヴァニはヴィセとバロンにマニーカから聞いた話を伝える。ヴィセは何で気が付かなかったのかと、自分の頭を小突いた。


「海だから、じゃないんだ。浮遊鉱石の成分が溶けていたんだ! きっと海底に浮遊鉱石の成分が剥き出しになっている場所があるんだ!」


 ≪ソウイウコトニ ナルネ。海水ニ溶ケタ成分ガ悪サヲシテイナイノナラ、全テノ霧ヲ吸収シテナオ 使イ果タシテイナイ≫


「ああ良かった! マニーカ、あなたに会えて本当に良かった!」


「ラヴァニ、これでドラゴニアも助かるね!」


 ヴィセは小さなマニーカの前足に握手を求め、バロンがラヴァニにニッコリと微笑む。だが、ラヴァニはじっと地面を見つめたまま、口数が少ない。


「ラヴァニ、どうした」


 ≪……海底と言ったが、具体的にはどの海域にあるのだ。それに、海の底からどうやって地上へと運ぶ≫


「あっ……それは、どうしよう」


「潜る? 俺泳いだことなーい! 泳げなーい!」


 バロンが腕を交差させてバツ印を作る。勿論ヴィセも泳いだ経験がないし、ラヴァニもほんの少し潜った程度の経験しかない。当然、浮遊鉱石を掘り出すのなら、泳げたところでどうにもならないが。


 ヴィセ達はマニーカへと視線を向ける。


 ≪ウーン、コチラモ泳イダコトハナイ。浄化石ガドノ辺リニアルカ 方角クライナラ分カルケレド≫


 ≪地中を進み、浮遊鉱石を採掘することは出来ぬか≫


 ≪砕イテ、口ニ含メルダケ含ンデ戻ルコトハデキルケレド≫


「マニーカの本来の姿が幾ら大きくても、海のど真ん中だったら……陸まで何千キロメルテを何往復してもらうんだって話だよな」


 世界が霧に覆われる前の世界であれば、潜水艦や海底油田を掘り当てる技術もあった。海底の岩盤から浮遊鉱石を採取する事も出来ただろう。


 だが、今はもう過去の遺構すら失われ、新たに掘削施設を建設する技術も資源も資材もない。


「ねえ、海ってどれくらい潜ったらいいの? ヴィセの背より深い?」


 ≪人ガ100人縦ニ並ンデモ届カナイサ≫


「えっと、ヴィセの身長は?」


「188センチメルテだ」


「じゃあ、えっと……100、でしょ? 18800センチ……188メルテより深い?」


「お前、ほんと計算は得意だよな」


 バロンは誇らしげに澄まして尻尾を振る。マニーカは少しだけ笑い声を漏らし、もっと深いとだけ付け加えた。


「海の中か。どうなってるのか全然分からない」


 ≪美味い魚が大量に泳いでいるのだろう? 息が出来ぬことを除けば悪い世界ではない≫


「いや、息できないのがもうね」


 ヴィセ達は海底の様子を知らず、水圧など考えた事もない。マニーカの証言、海上だけ霧が消えた事、モニカの地下水、それらから浮遊鉱石は確実と言っていい確率で存在している。それも大量に。


 だが、それはどの辺りなのか、そもそもあると分かったところでどうやって採掘するのか。霧の除去とドラゴニアの存続に希望が持てたのも束の間、更なる課題が次から次へと積み上げられていく。


 ≪海ノ景色ハ分カルンダ。人ガイナイ低地ニ湿地ガ広ガリ、小サナ地上ガ 新芽ノヨウニ沢山海カラ突キ出テイタ≫


「小さな地上って、島の事か?」


 ≪そのような場所は多そうだが≫


 マニーカは自身の記憶をヴィセ達と共有する。良く晴れた空の下、草木が水の上に浮かぶように生え、水面がガラスのように空の模様を反射している。


 その湿地は遥か遠くまで平らに続き、遥か遠くには大小様々な島が浮かんでいた。マニーカの視界にあるのは全て海水なのだろう。


 ≪地盤ガユルクテネ。顔ヲ出シタラ浅イ海ダッタ。ソウカ、アレハ島ト呼ブンダネ。ソノ島ノ少シ先カラハトテモ深クナッテイル≫


「間違って水があるとこに出ちゃったら、潜ってる穴に水が入って来ないの?」


 ≪入ッテ来ルトモ。ダカラスグニ土ヤ岩ヲ固メテ塞グンダ≫


「この景色の場所を探せば、遥か沖に出た所に浮遊鉱石がある……って事だよな」


 ≪アア、ソウダ。土ノ中カラハ ドコダト教エルノガ難シイ。スマナイネ。デモカナリ広範囲ニアルハズダヨ。シバラク進ンダケレド、ドコマデ行ッテモ、ドコマデ潜ッテモ浄化石ノ層ヲ抜ケナカッタ≫


「位置に関しては、おおよその目星くらいでいいって事だな。ラヴァニ、景色に見覚えはないか」


 マニーカは土や岩の中を自由に掘り進んで行ける反面、その間の地上の景色については一切知ることが出来ない。唯一の手掛かりはマニーカが顔を出して確認した湿地と島々の影だけだ。


 ≪我らはこのような場所に降り立つ事がない。見下ろした事はあるやもしれぬが、それが世界のどの辺りか、指し示すのは難しい≫


「だよな、ドラゴンは地図見ながら飛んでる訳じゃないし」


 場所の特定、それから海底の浮遊鉱石の採掘手段の確立。この2つをクリアできたなら、霧の除去が見えてくる。


 むしろ、それが不可能でない限り、それ以外の事を調べ回る必要はない、ということだ。モニカに戻って方法を調べ、過去の技術についてはディットを頼ってもいい。


 マニーカはこの大陸から向かったのだから、この大陸の沿岸の東側である事も分かっている。ジュミナス・ブロヴニクの漁師や、他の大陸から訪れる船の乗組員に聞き込みを行ってもいいだろう。


「とにかく、調べなきゃいけない事を絞れただけでも大収穫だ。欲を言えば、もっと簡単な場所をアマンさん達が突き止めてくれていれば」


 ≪モニカに戻るのか。ジェニスやエゴールらがやって来るのを待つのではなかったか≫


「ああ、待つとも。やるべき事は決まった、焦る必要はないさ。あとひと月はあるんだからな。それだけ調べて分からなければ、アマンさん達と別の方法を考える」


 ≪そうか≫


 ラヴァニは羽ばたいて村の上空から周囲を見下ろす。数分でバロンの膝の上に戻り、ヴィセに1つ提案を申し出た。


 ≪おおよそ焼け落ちていたとはいえ、最後に残った家を燃やしたのは我だ。償いとして、我が木材を運搬したい≫


「木材? 確かに周囲は森だけど、切り倒してすぐの木は使えない。割れたり反ったりするから」


「あ、ねえヴィセ、けんざい屋さんってところで木が買えるよ」


「けんざ……建材屋って」


 ヴィセはバロンから「キールのお面」を貰った時、紙袋に建材屋の商号が入っていた事を思い出した。


「何も1から全部自分達で作る必要はなかったな。バロン、明日ラヴァニとその店に買いに行ってくれるか」


「ヴィセは?」


「マニーカと固まった土を耕す。冬に種まきする野菜もあるからな。よーし、明日は忙しいぞ!」

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