Quest-05



 スルツキーと別れ、ヴィセはエビノ商店へと向かった。バロンを迎えに行き、宿に戻らなければならない。


 ≪テレッサに頼りきりで良いのか。毎日バロンを預けているだろう≫


「ああ、そうだな……ちょっと甘え過ぎだったかも。明日は休日だし、商店も休みだろう。明日はバロンも一緒に調べ物に行こう」


 ≪それは構わぬが、バロンの奴、難しい話はすぐ飽きるぞ≫


「そうなったら、一緒に公園にでも散歩に行ってくれないか」


 もう日が暮れてしまった。テレッサも店を閉める頃だろう。急ぎ足で向かったのだが、もう店の明かりは落とされていた。


「しまった、流石に閉めちゃったか……」


 ヴィセは鍵が開いている事を確認し、ゆっくりと扉を開く。店の明かりは落とされていたが、2階からテレッサとバロンの楽しそうな声が響いてくる。


 在宅なのは分かっていても、知り合いとはいえ女性の一人暮らしの家だ。勝手に入り込むのは憚られる。ヴィセはもう一度外に出て呼び鈴を鳴らした。暫くしてテレッサが慌てて下り、扉を開けてくれた。


「もう、遅い!」


「ごめん、調査をお願いしていたら時間が掛かってしまった」


「目的があって立ち寄ったのは分かってるし、協力するって言ったのは私だからそれはいいんだけど。バロンくんをほったらかしにしない!」


「ああ。明日はバロンの事も考えて一緒に行くよ。水道局の人が情報をくれるんだ」


 テレッサは怒ったような顔をやめ、笑顔で手招きをした。ヴィセはカウンター横の椅子に座るように言われる。


 ≪帰らぬのか≫


「バロンは?」


「あー……もうちょっとで下りてくるよ。お昼寝してたから起こしたの」


 ≪先程は楽しそうな声がしていたが……どういうことだ≫


「さあ……」


 テレッサは何事もないかのように笑顔のままで片付けを始める。それからまた2階へと上がっていき、暫く姿が見えなくなった。


 テレッサは何かを隠している。バロンは何か面白い絵本でも見つけ、帰りたくないと駄々をこねているのか。上から声は聞こえず、何をしているのかが分からない。


 先程までは声がしていたのだから、寝ているはずがない。数分待った頃、テレッサとバロンが階段を下りてきた。


「ごめんね! さ、バロンくんまたね」


「うん!」


 明らかに寝起きではないが、呼び鈴を鳴らす前に店に入り、声を聞いていたとは言い辛い。バロンは大きな紙袋を持ち、いつものように呑気に手を振る。


「その紙袋……買い物でも行ったのか? 何を買ったんだ?」


「ねえヴィセ」


「ん?」


「はい!」


 ヴィセがバロンに紙袋の正体を尋ねると、バロンは満面の笑みで紙袋を差し出した。


「何?」


「ヴィセにあげるやつ!」


「俺に?」


 バロンは「えへへっ」と笑い、小さく飛び跳ねたり体をくねらせたりと落ち着きがない。プレゼントを早く見てくれという事だろう。


 ヴィセは茶色い紙袋に手を入れ、中からゆっくりと……紙袋を取り出す。


「ヴィセくん、入り口に立たないでこっちのカウンターで開けたら?」


 テレッサは中身を知っているのか、笑顔で様子を見守っていた。ヴィセは反応を待っているバロンのため、片手間ではなくきちんと開封する事にした。


 何かを買ってきたのか、一体バロンは何を選んだのか。プレゼント自体は嬉しいが、バロンに渡した金はそんなにない。ヴィセがあげたお小遣いをヴィセのために使われては意味がなく、かえって気を使わせたのではと思ってしまう。


「えっと、この紙袋……あれ?」


 ≪どうした、早く中を確かめぬか。焦らすでない≫


 紙袋には「シーラ建材」と印刷されている。手提げの紙袋には「ロードリンゲン文具」と書かれており、統一性がない。紙袋を軽く振ってみたものの重くはなく、音もしない。


「この店で選んだんじゃないのか?」


「違うわ。ねー?」


「ねーっ!」


「何が……入ってんだ?」


「へへっ、何でしょー!」


 ヴィセは紙袋の折りくちを立て、ゆっくりと中に手を入れる。手に触れたのは固いプラスチックの容器のようなものだった。


「え?」


 ゆっくりと取り出し、カウンターに置く。それは1枚のお面だった。


 ヴィセはそれに見覚えがあった。ワインレッドの光沢、額から生えた1本の角、つり上がった力強い目。目の縁を黒く塗られたそれは……。


「ドーン……キールのお面?」


「当たり!」


 ドーンキールは、ヴィセがモデルとなった演劇ヒーローだ。キャロルはバロンがモデルとなっていて、ヴィセがあげたキャロルの仮面はバロンの宝物になっている。


 よく見れば、お面はどこか手作り感があった。プラスチックではなく、紙になんらかの加工が施されている。造り自体はしっかりしていて、模様も完璧だ。店で売られていてもおかしくない。


 だが細かい所で線がブレていたり、縁が少し歪んでいたり、どうにも大量生産品とは違っていた。


「もしかして……だけど、これバロンが作ったのか?」


「うん! だってね、これがあったらヴィセはいつでもキールになれる」


 ≪ほう、器用なのだな。このようなものを作るとは≫


 予想外のプレゼントに、ヴィセは驚きを隠せない。いつの間にこのようなものを用意したのか。何より、どこでこんな手の込んだものを作っていたのか。


 それを明かしたのはテレッサだった。


「すっごく頑張ってたの。材料を買った後、知り合いの工房がバロンくんの熱意を気に入ってね。工房の職人さんと型を作ったり、文具屋さんの知り合いの手芸好きの人を呼んでもらったり」


「そこまでして……ドーンじゃ買わなかったのに」


「違うよ、買ってあげたいんじゃないの。バロンくんは、お金で買えないものをあげたかったの」


 バロンは大きく頷き、自身の鞄からキャロルのお面を取り出す。大切にしているものの、量産品のプラスチックの仮面は酷使されている。事ある毎に被って見せるせいで、紐の付け根が割れ、目の縁にはヒビが入っている。それでもバロンの宝物だ。


「ヴィセは強いから、絶対にキールになれる! ヴィセが悪い奴に負けないように、お面があったら安心!」


 何が安心なのかは不明だが、バロンはヴィセが挫けそうな時も、ドーンキールになれば負けないと本気で考えていた。


 バロンは子供で、まだまだ物事を知らず、出来ない事も多い。ラヴァニは人の世界に生きる以上、誰かの手を借りなければ生活が出来ない。


 ヴィセはそんな1人と1匹を抱え、大きな使命を背負って旅をしている。弱音を零す相手がおらず、バロン達の前ではいつでも気を張っていなくてはならない。バロンはそれをちゃんと見抜いていたのだ。


「バロンくんは、大好きなヴィセくんの力になりたかったのよ。でもヴィセくんは買いたいものを買える。それに何でも出来ちゃうからね、ずっとこれを考えてたんだって」


「俺のために……」


「あなた、いいお兄ちゃんね」


 ヴィセはこの仮面の重みと、込められたバロンの思いをようやく把握した。バロンは本当に口だけではなく、ヴィセの事を慕っていたのだ。


「バロン、有難う」


 薄い紙を何層にも張った張り子のお面は、カサッと音を立ててヴィセの顔に当てられた。表面はスプレーでコーティングされ、とても頑丈だ。ヴィセは紐を頭の後ろに回し、親指を立ててポーズを取る。


「よく似合うじゃない! バロンくん、ばっちりね」


「うん!」


 ≪演劇で観た本物よりも随分背が高いな、だが勇ましくてちょうどいい≫


「大切にするよ、必ず」


 ヴィセの声がお面のせいでくぐもる。その声は少し震えてもいた。大切にするという言葉は、お面の事だけでなく、バロンの思いの事も指していたかもしれない。


 ヴィセは仮面の裏で堪えきれない涙を滲ませつつ、確かに強くなれると言って笑った。

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