Quest-04


 スルツキーは喜んでヴィセとハイタッチし、その勢いでどこかに向かおうとする。ヴィセはそんな彼を慌てて引き留めた。


「ちょ、ちょっと、どこに!」


「みんなに知らせなくちゃ、浮遊鉱石の鉱脈があるなんて!」


「待って下さい、スルツキーさん!」


 ヴィセが扉の前に回り込み、スルツキーを見下ろしながら首を振る。スルツキーは喜びに水を差され、戸惑いの表情でヴィセを見上げた。


「これでモニカの発展は約束されたようなものだ、山分けとでも言いたいのか? 残念だがこれはモニカの宝だ」


 ≪こやつ、事の重大さが分かっておらぬぞ。賢いようだが視野は狭い≫


「俺の目的をお伝えしたはずです。浮遊鉱石が霧の除去に役立っていると」


「ああ、聞いたとも。浮遊鉱石があれば霧に怯える者も安心できる。高値で売れるから町も潤う」


 ≪金儲けに利用するつもりか。世界が失われたなら、富など意味を持たぬというのに≫


「俺の目的はこの大陸や他所の大陸全ての霧の除去です。モニカだけ助かればいいんですか。霧が今後何百年と消えなくても、今が良ければモニカの後世の人々の事は気にしませんか」


「そんな大げさな事を言わなくても」


 ヴィセは今一度浮遊鉱石の可能性を伝え、浮遊鉱石を巡る状況を伝える。


 ドラゴニアの在り処を突き止め、実際に行ってきた事、ドラゴン達が血眼で浮遊鉱石を探している事。


 ヴィセ達が浮遊鉱石やドラゴニアの事を知っていると嗅ぎつけ、狙われている事まで。


「浮遊鉱石が眠っているなんて、大っぴらにすれば世界中から悪党が押し寄せます」


 ≪同胞も黙ってはおらぬだろう≫


「今はおとなしくしているドラゴンも、黙ってはいないだろうとの事です」


「じゃあ、黙っていろと言うのかい?」


「はい。世界の霧を消すために、ドラゴニアをこの世に残すために」


 スルツキーはヴィセが何を考えているのか、頭では分かっていた。しかしこの世界の殆どの者は、自分の身の回り以外の世界を知らない。生まれた町や村で一生を過ごす者が殆どだ。


 飛行艇に乗ればどこへでも行けるが、モニカほどの規模の町であればおおよそが事足りてしまう。他所の人間の暮らしまで考えが及ばない。


 浮遊鉱石を他所に内緒で採掘し、内緒で使えばいい。そう軽く考え、形だけ頷くつもりだった。


「秘密にすればいいんだな、分かった。世界のためだというなら仕方がない」


「有難うございます」


 ヴィセはそう言って微笑み、ラヴァニを肩に乗せる。だがまだ扉の前からは動かない。


「念のために、お伝えしておきたい事があります」


「何だい? まだ他に秘密が?」


「ええ。この町の歴史と地質学の本を調べました。俺の頭で理解できる事なんて僅かでしたが、それでも分かった事があります」


「この町の歴史なら、大抵の者が知っているよ、学校で習うからね」


 ヴィセはスルツキーの自信満々な表情に対し、笑顔をスッと真顔に戻す。ラヴァニはじっとスルツキーを睨んだままだ。


「1つ。この町が鉱山や工場で栄えようとした時、必ず地震が起きていますよね」


「地震? ……ああ、大昔には何度か大地震で町が壊滅してる。そういえば、その時は浮遊鉱石の鉱脈なんて見つかっていなかったはずだ」


「大地震が起こらず、採掘や工業化が止まらなかったら、どうなったか分かりますか」


「どうって……んー。もっとモニカが発展して、ドーンを超える町になっていたかもね。浮遊鉱石の鉱脈も自力で見つけたかもしれない。ドラゴニアのように空に浮いたかも」


 ≪こやつ、本当に賢いのか。こんな愚かな者に頼らざるをえない身が情けない≫


 スルツキーの頭の中は、もう浮遊鉱石がもたらす豊かな暮らしでいっぱいだった。


 悪者が来ようと、おそらくは金で解決できる。浮遊鉱石を売り、浮遊鉱石の効果で霧毒症を抑え、温泉を作り観光客も呼び込める。いずれは飛行艇の開発にも乗り出し、燃費効率が良い機体でボロ儲けできる。


 ヴィセはそんなスルツキーの考えを見抜き、現実へと呼び戻す。


「ドラゴンに襲われる可能性、考えた事はありませんか」


「えっ?」


 スルツキーは目の前にいる小さなドラゴンを見ても、まだ気づいていなかった。


「ドラゴンが何に怒りを感じるのか、あなたはご存じですか」


「あ、ああ。君達のおかげでモニカの大抵の者は知ってる。ドラゴンは……」


 そこまで言いかけて、スルツキーはようやく気付いた。先程ドラゴンが黙っていないと言われたのに、まったく結びついていなかったのだ。


 ≪我らは目視せずとも大地や空の悲鳴を感じ取る。この町が汚染を広げていたなら、我らは容赦なく焼き払った≫


「大地震が起こらず発展を続けていたら、ドラゴンが襲っていたでしょう。ドラゴンは汚染や自然の喪失を嗅ぎつけます。そして、あなたの目の前でこの話を聞いているのは」


「……コッソリ採掘をしても、必ず分かるという事か」


「はい。ましてや今は霧を晴らしドラゴニアを救うため、ドラゴン達が浮遊鉱石の確保に飛び回っています。今はラヴァニのおかげでドラゴンは人と共存を図ろうとしていますが」


「……人が抜け駆けをしたなら、聞く耳を持ってはくれない、と」


 ≪ゆでたまごを幾つ用意されてもな≫


「……それは伝えなくていい。はい、もう二度と人を信じてはくれないでしょう」


 スルツキーは「世界のために利用する」という案を受け入れた訳ではなかった。もっとも、スルツキーに代表する権限もない。ただ浮遊鉱石に手を出せば町が破滅に向かう。それだけは分かったようだ。


「それと、大地震が何故起こったのかも考えるべきです。なぜ必ずドラゴンが襲来する前に? なぜ必ず何かの工業、鉱業が立ち上がる時に合わせて?」


「浮遊鉱石に何らかの悪影響が出て……そうだな、鉱脈に亀裂が走ってしまったか」


「俺は、ドラゴンよりも先に浮遊鉱石の危機を察知した、何かがいるんだと考えています」


「へっ?」


 スルツキーは今度こそ素っ頓狂な声を上げた。これまでの淡々とした可能性の列挙から、急に斜め上な推測が飛び出したからだ。


「土の中に何かがいるとでも? じゃあ今だって大地震が起きなきゃおかしいじゃないか。どこもかしこも汚染だらけだし、そいつが動けばどこかが揺れる。地震は地殻の変動で歪みが起きた結果で、汚染とは関係ない」


「ええ。それはそうだと思います。これは学問に疎い俺の1つの考えに過ぎません」


 ≪だが、我らが察知する前に汚染源を潰す。そんな天変地異があるだろうか≫


 スルツキーは黙り込み、何かを考えていた。浮遊鉱石の事なのか、それともヴィセが言った珍妙な推測の事なのか。


 気が付けば、もう職員の退勤時間はとっくに過ぎている。スルツキーは壁に掛かった時計に目をやり、しまったと口にした。


「悪いが、1日だけ時間をくれないか」


 ≪言いふらすのではあるまいな≫


「何かあるんですか」


「誓って誰かに相談なんかしない。話題にもしない。ただ、調べたい事があるんだ」


「浮遊鉱石について、まだ何か」


「いや、違う」


 そう言ってスルツキーは急いで実験器具を洗い、机の上を片付ける。そして白衣のまま肩掛けの鞄を下げ、ヴィセに退室を求めた。彼自身も部屋の明かりを消して鍵を掛け、まだ残っている者に声を掛けて水道局を後にする。


「あの、どこへ」


「図書館だ。民俗学について、調べたい事がある」


 ≪ついていくのか。何か心当たりがありそうだぞ≫


「民俗学? あの俺達も……」


 スルツキーは立ち止まり、付いて来ようとするヴィセに対し首を横に振った。


「悪い、俺は集中して調べたいんだ。図書館の職員に友人がいるから、頼み込んで資料を漁らせてもらうよ。相談や知識の共有は明日しよう。休日だからね」


「明日、ですか」


「ああ、明日の午後に展望広場まで来てくれ。昔話を思い出してね、君のその酔狂な推測を検証したくなったのさ」

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