remedy-07



 もうすぐ勤務時間が終わると言い、エマはヴィセ達に待っていてくれと伝えた。2人は一度紹介所から出て外のベンチに座っている。


「姉ちゃん早く終わらないかなー」


「17時30分までって言ってたから、あと20分か」


「ヴィセも姉ちゃんの家に泊まる?」


「いや、流石にそれはまずいだろう。宿を取るから、明日の朝にまた紹介所で会おう」


 バロンがじっとヴィセの顔を見上げる。本当に置いて行かないのかを確認する目だ。


「約束しただろう、封印もバロンが持ってる。あのサイズのラヴァニと一緒じゃ町は回れない」


「……うん」


 バロンが足をぶらぶらさせ、不安げに頷く。安心させるための言葉を投げようとし、ヴィセはふとその足元に気が付いた。


「お前、ズボン縮んだか? それとも背が伸びた?」


「なんかね、ちょっと短くなった」


「ちょっと立ってみろ、ちゃんと背筋伸ばして」


 ヴィセはバロンをベンチから立たせ、その格好を確認する。良い服を吟味して買った訳ではない。多少サイズが合っていないのは分かっていたものの、袖口は指3本分程短く、手首が丸見えだ。


 ズボンも足首が見えている。


「靴は、靴はきつくないのか」


「んー……ぶかぶかしない」


「見た目そんな分かんないけど、元々の背はどうだったっけ」


 バロンと出会ったのは1月の下旬頃。今はもう9月が終わろうとしている。ユジノクで服を買ってやった際、ヴィセはバロンの身長を測らせていた。バロンはハッキリと覚えていた。


「えっとね、132センチメルテって言われた!」


「俺はあの時181だったから……だめだ、比べ方が分からない」


「ヴィセ何歳だっけ」


「18歳、バロンより8コ上だ」


 ヴィセは自身が大柄なため、バロンの成長をそこまで意識していなかった。だが、明らかにバロンの服が合わなくなっている。とはいえ、洗っているうちに縮んだのかもしれない。ヴィセ自身の半袖シャツなどもやや腕周りがきつくなっている。


「ごめんなさい! 仕事終わりました!」


 服の事を気にしているうちに、エマが仕事を終えて出て来た。再度バロンを抱擁し、ヴィセにどこかで落ち着いて話そうと提案する。 


「すぐ近くに喫茶店があるんです。夕方はあまり行かないけれど、食事も取れますし」


「分かりました。事情があって詳しくは話せませんが、旅行の土産話程度なら」


「そこご飯食べられる? レストランってこと?」


「そうよ、いっぱい食べて、大きく……あれ? そう言えばちょっと背が伸びた?」


 エマはバロンの頭に左手を乗せ、自分と水平に保つ。エマ自身はあまり背が高い方ではなく、あと数年でバロンに追い抜かれそうだ。


「伸びてる気がする。今どれくらいあるの?」


「分かんない!」


「すみません、暫く測ってないんです」


「私の背が155センチメルテだから……ああ、耳は除いてね。140センチメルテくらいあるんじゃないかな?」


「出会った時には131センチメルテだったんですよ。そんなに伸びるかな……」


 ヴィセが首をかしげていると、エマが大丈夫と言って笑った。


「猫人族は一般の人族より成長始まるのが早いのよ。10歳くらいから急成長が始まって、14歳くらいで落ち着くの。私も12歳くらいの時は、クラスで高い方だったんだから」


 エマは喫茶店の前に、まだ開いている服屋に行こうと言って歩き出す。


 ヴィセ達の後を付けている者も見当たらず、ドラゴン連れだと思えている者もいない。浮遊鉱石やドラゴニアの噂はまだ広がっていないように思われた。


「そういえば、あのドナートはどうなりましたか」


「牢屋に入ってるわ、見ていく?」


「え、見学できるんですか」


「勿論! 個人の資産はこの町と他所の町の分を全て没収されて、基金が立ち上げられたの。ドナートと仲間の証言に合致する被害者の遺族には見舞金が出たわ」


 まずは服屋だと言って1軒の赤い軒先の店に入ると、エマは有無を言わせず服を選びだした。


「すみませーん、合うサイズが分からないから、採寸お願いできますか?」


「はーい、あらエマちゃん! その子がイワン君? あらやだ彼氏まで連れちゃって! まあ良い男じゃないの!」


「あっ……違うの違うの! イワンの面倒を見てくれてるヴィセさん。イワンの身長を測ってくれませんか?」


 奥からふくよかな中年女性が現れた。エマと同じ猫人族だ。


 スタイルについては言及できないとして、流石に服のセンスは良い。深紅の7分丈のカーディガンのポケットからメジャーを取り出し、長い黒髪を耳に掛けてバロンの身長を測る。


「145センチメルテ! 猫人族の10歳の子にしてもちょっと大きいかしら」


「そうね、ちょっと背が高い方かも」


「ちょっと待った! 1月は131センチメルテだったのに? 14センチも伸びたと?」


「俺背高い? ヴィセくらい大きくなる?」


 成長期だとしても、急成長が過ぎる。もしかしたら、ドラゴンの血のせいではないか、ヴィセはそう心配していた。エマはヴィセの驚きにその心配が含まれている事を分かっていたようだ。


「まあ、ちょっと伸び過ぎだけどね。1年で15センチ伸びたクラスメイトもいたし、そんなものよ。イワンは栄養が足りてなかったから小柄だったし。その分一気に伸びたのね」


 エマはヴィセを安心させ、服を選び始める。ヴィセの身長は流石に手が届かず、身長は壁の目盛りで測ることになった。店員は踏み台を持って来てその目盛りを読み取る。


「188、ね。やっぱり大きいわ」


「俺も7センチメルテ伸びてる……」


「胸囲とウエストも測るから、服を選ぶ目安にして。まあズボンは穿いた時の好みにもよるし、お尻の大きさでも違うからね。あなた引き締まってるけど足はしっかり太いから、ちょっと大きめがいいかも」


「え、俺も服を選ぶのか?」


 ヴィセは身長を測って貰っただけ。今日はバロンの服を買いに来たのだ。奇抜だったりあまりにもセンスがない服でなければ、何でもいいと思っている。


「ちょっと上着脱いでごらんなさい、ほら、腕も胸周りもピッチピチじゃないの。ちゃんと自分に合ったもの着ないと、それなりの場所に出られないでしょ」


「そうかな……」


「そうなの!」


 ヴィセも成長に加え、洗濯でやや服が縮んでいた。バロンの服は気になったが、自分の服は気付かなかったらしい。


「イワンちゃんは裏から体重計も持って来てあげよっか」


「うん!」


 バロンは自分の成長が分かって嬉しいのか、体重も知りたがる。意気揚々と体重計に乗り、そこに出た数値を確認して店員の顔を確認した。


「10歳ならこんなものかしら……うーん、身長の割にちょっと軽いかな?」


「食った分が全部身長に回ってんだな」


「えー俺もう細いって言われるのやだ! ヴィセみたいなのがいい!」


「胸囲が100以上のお兄ちゃんに近付くなら、筋肉付けないとね! よく食べて、良く動いて、しっかり鍛える!」


「よく食ってよく動いてはクリアしてるな、鍛えるのはまあ、日頃の旅でも……」


 農作業をし、肥料や木材などを運び、斧を振って生活していれば体は鍛えられる。旅を始めてからも、重い荷物を背負い、重い鞍を2つ持って町を回った。


 ヴィセにとってそれは当たり前で、他人と比べた事がない。小さな村で生き、孤独な3年間を過ごし、自分を客観的に見る視点にも欠けている。自分の鍛えぬいた体格が普通だと思っている節があるくらいだ。


 一方、バロンは鍛えるというよりも、ひたすら動いていた。ヴィセと同じくらい食べた分、全てタテに使われたようだ。


「ヴィセ! 俺ちょっと大きいのが欲しい、だめ?」


「いいよ、姉ちゃんと選べ」


 バロンは次に買うまで、どれだけ成長する気なのか。ヴィセは笑いながら自身の服を選び始めた。

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