Levitation Stone 07
最初に霧が発生してから150年以上が経った。それにしては色々なものがよく残っている。
ヴィセ達がユジノクの霧の下やその他の平原を歩いた時も、遺体や衣服などは見かけていない。残っていたのは霧にあまり触れていない鉄製品や化学製品が殆どだった。
「……何でこの町はこんなにしっかり残っているんだろう」
「俺がスラムでみんなと探し物してた時、もっと建物もいっぱい壊れてた。靴とか、食器とか、そういうの全然なかったよ」
「ああ、俺もそれがちょっと不思議だなと思って」
霧の中では微生物にも影響が出るため、様々なものが毒に反応する一方、腐敗や老朽化は遅れる傾向がある。ヴィセもバロンもそれについては知識があった。
それに加え、この町で亡くなった人達は直前までいつもと変わらない生活をしていたと思われる。
買い物途中のカゴを持っていたり、店の中で歩きにくいハイヒールを履いたまま倒れて亡くなっている者もいた。とても避難を考えていたとは思えない。
「この町も、やっぱり逃げる余裕がなかった……? 霧が迫っている事やその危険性を認識していなかったか」
「ここの大陸で最初に霧が出たんだよね? みんな知らなかったのかな」
「という事は、他所から霧の情報が伝わる前に霧に包まれた……? それにこの建物や遺体の残り方を見れば当時の霧がかなり濃かったと考えられる、か」
ヴィセの推理が当たっているなら、導き出される答えはいくつもない。
「……ドラゴニアの真下、ここがもしかして霧を作り出した最初の町なのか」
「アマンって人、ここで浮遊鉱石を取ろうとしてるのかな」
「もしいるなら、って事になるけどな」
この大陸において、アマンにとって用があるのはこの町とドラゴニアだけだ。
「呼んだら聞こえるかな」
「ガスマスク越しじゃ声は響かない。外したいとも思わない」
「じゃあラヴァニが何か見つけてくれるまで……」
ヴィセとバロンは1軒の花屋跡で話し合い、この町の正体ではなくアマンがいそうなところを考えていた。その時、ふと遠くで何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
「な、なんだ?」
「何か崩れた!」
音は地響きとなってヴィセ達に伝わる。どこから音がしているのか、通りに出て見渡しても分からない。視界は元々悪い上に、ガスマスク越しでは音が正確に拾えないのだ。
ライトが照らす緑がかった視界の先は、真上にあるドラゴニアのせいで真っ暗だ。ヴィセとバロンは音に耳を澄まし、その方角を掴もうとしていた。
「……何も聞こえない」
「ラヴァニも聞いていたはずだ、待っていれば戻ってきてくれる……」
動き回らずに立ち止まろうと決めた瞬間、再びヴィセ達の耳が音を拾った。今度は崩壊音でも地響きでもない。
「……ラヴァニ?」
何かが吠えるような声。それは地面ではなく周囲の空気をビリビリと鳴らす。この付近でそのような声を出せるのはラヴァニ以外に見当が付かなかった。
「ラヴァニに何かあった?」
「わ、分からない!」
ヴィセとバロンは周囲に警戒しつつ、ラヴァニへと念を送る。声で分からなくても、意思で会話が出来れば状況は把握できる。
ヴィセ達とラヴァニが意思疎通を図れる距離は、ドラゴン同士に比べると明らかに劣る。2人の体感で、その限界はおよそ200メルテほどだった。
高いコンクリートやレンガの建物が邪魔し、霧の中の視界はいっそう狭くなる。倒壊の土埃も見えず、油断すれば東西南北すら分からなくなってしまう。
≪……がいるのか?≫
「……え?」
「えー? 何?」
「いや、バロンが言ったんじゃないのか?」
「俺何も言ってない!」
ヴィセとバロンの頭の中に、何者かの声が響く。それは聞きなれたラヴァニの響きとは異なるものだった。
≪……がしてやるよ、もう……待っていてくれ≫
≪すまぬ、ヴィセとバロンは我ほど意思による会話を得意としておらぬのだ≫
「ラヴァニの声だ」
「ラヴァニー!」
≪……ヴィセ、バロン? すまぬ、倒壊した建物に尾を挟まれた。そちらに迎えが行く、懐中電灯で合図してくれ≫
「迎え?」
ラヴァニは一体誰と出会ったのか。先程伝わったのは誰の声なのか。ヴィセは混乱しながらも懐中電灯で真上を照らす。その十数秒後、突如霧が暴風となって2人を襲った。
「うわっ!」
≪すまない、大丈夫だから安心してくれ≫
再びラヴァニではない何者かの声が聞こえる。それは明らかにヴィセとバロンに向けられたものだった。
「誰だ」
≪ドラゴンのお仲間さん。心配ない、僕も君と同じだ≫
目の前に何か大きな生き物が現れた。それはラヴァニに似ているようで、ラヴァニではないドラゴンだった。
「ドラゴン……何故」
≪やはりオレを恐れないんだな。ヴィセくんと、バロンくんだね。オレはフューゼンだ≫
今度は声が違う。真っ黒な体、腹の部分の鱗だけが黄色く目立つ、見た事がないドラゴン。思わず身構えたが、このドラゴンは敵ではない。ヴィセ達はラヴァニの許へ連れて行ってくれるのだと判断し、頭を下げた。
「ヴィセです。こっちはバロン。……いや待て、フューゼンさん、あなたは誰に名を付けられたんですか。人と接していなければ、ドラゴンは名を持たないはず」
≪ああ、そうだね。確かにオレは人と一緒に行動しているよ。でも名を与えたのはそいつじゃない。オレの親だ≫
「……親? 人に慣れ親しんだドラゴンがいるということか」
「違うよ、オレがかつて人だったからさ」
フューゼンは何事もなかったかのように素性を明かす。かつて人だったとはどういうことなのか。
≪とにかく、今はラヴァニを助けよう。詳しい説明は現地でアマンにでも聞いてくれ≫
「アマン! アマンさんって、俺達が探してる人だよ! 一緒にいるの?」
≪ああ、一緒にいる。奴の計画に手を貸しているんだ≫
ラヴァニよりもひと回り小さなドラゴンに先導され、ヴィセ達は大通りを北へと進む。よく見えなかったが、時々白骨化した遺体も見かけた。
200メルテ程歩いた時、大通りが瓦礫で塞がれ、それ以上先に進めなくなっていた。見れば通りに面した大きなビルが、道の反対側の建物まで圧し潰すように横倒しになっている。
フューゼンはそこを軽々と飛び越え、反対側へ回る。
≪ラヴァニ。君の仲間を連れて来たよ≫
≪ヴィセ、バロン、すまぬが我の体を封印で小さくしてくれぬか≫
「大丈夫か、ちょっと待ってろ!」
「俺、封印持ってきてない! ドラゴニアに置いてきた!」
ヴィセとバロンは倒壊したビルの中を抜け、通りの先へと出た。そこには尻尾の先を挟まれて動けないラヴァニがいた。隙間があり、何段階か小さくなれば抜け出せそうだ。
≪仕方ない、オレがドラゴニアまで行って取って来よう。えっと、バロンくんかな? オレの背に乗ってくれ≫
「えっ」
≪それがあれば助けられるんだろう?≫
バロンは不安げにヴィセへと振り向く。ラヴァニを助けたいのは勿論だが、バロンはヴィセかラヴァニか、どちらかが視界にいなければ酷く動揺してしまう。
かといって、ヴィセが行く事も躊躇われた。この霧の中に動けないラヴァニとバロンだけを残す訳にもいかない。
「バロン、出来るか。鞍はラヴァニの背中のを1つ使おう」
「……ヴィセは?」
「ラヴァニだけを残していけない。封印を持って来てくれ」
ガスマスク越しでは表情が分からない。けれど明らかに動揺していると分かる。足が震え、立っていられないのかヴィセの防護服を掴む。
≪……我は良い、ヴィセ、一緒に行ってやってくれ。フューゼン、すまぬが2人背に乗せても飛べるか≫
≪それは問題ない。じゃあ甘えん坊くんとヴィセくん、2人共俺の背に≫
「い、行く! 俺、行く」
「……バロン」
バロンが震える足でヴィセの許を離れ、泣きながらラヴァニからフューゼンへと鞍を移し始めた。しばらくしてその背に乗り、ずびずびと鼻をすする。
「頼んだぞ」
フューゼンが羽ばたき、泣き虫の姿はすぐに霧の中へと消えた。
「あいつが1人で行動できるようになった、か」
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