Levitation Stone 08
バロンがドラゴニアに戻り、その場にはヴィセとラヴァニだけが残された。
「尻尾、大丈夫そうか」
≪心配ない。尾の先まで動かせる。折れてはおらぬ≫
「そうか。しかしさっきのフューゼンってドラゴンは一体……元々人だったと言ってたし」
≪我も出会った事がない同胞だった。ドラゴンの血を体に流す者は考えているよりも多いのか≫
ドラゴンは生まれながらにしてドラゴンである。人からドラゴンへと変わるのは、その血を飲んだり傷口に塗り込まれたりと条件がある。エゴールの家族、エゴールにドラゴンの血を飲まされたヴィセとバロン、現状ではそれだけだ。
「なあ、フューゼンはアマンさんと一緒にいるんだったよな。アマンさんは?」
≪見てはおらぬが、フューゼンの様子では思念による会話が出来るようだ≫
「って事は、アマンさんはドラゴンの血を飲んでいる? 確かに、計画に手を貸していると言っていたな。ドラゴンは俺達がいなければ人の言葉が分からないはず」
≪待て……足音がする≫
北から1人の男がやって来た。男はガスマスクを着けていない。
「やあ、ここで他の人やドラゴンと出会うとはね」
短い黒髪に、面長な顔。痩せて見えるが背は高い。男は霧の中である事を気にもせず、ヴィセに握手を求めた。
「アマンだ。君達でいうところの姓はなくてね」
「ヴィ……ヴィセ・ウインドです。こっちはドラゴンのラヴァニ」
≪そなたがアマンか。メリタという男が齢16になる頃まで面倒を見たと≫
見た目は20代後半程だろうか。トメラ屋で調べて貰った台帳で確認した時期を踏まえると、見た目と年齢が合わない。
「おじさんに会ったのか! いやあ、懐かしいなあ。会いに行きたいけれど、今のぼくが現れたら驚かれそうだ。一応確認するけど、ぼくが霧の中で普通にしていても驚かないんだね」
「……ドラゴンの血を、飲んだんですよね」
アマンは笑顔を作った後で頷いた。
「そうだよ。おかげでドラゴンと会話が出来るようになった。一緒にいたフューセンさんとは会ったかな」
「はい。先程ラヴァニを助けるため、連れのバロンと一緒にドラゴニアへ必要なものを取りに行きました」
「君も、ドラゴンと会話が出来ると言う事か」
ヴィセはアマンに簡単なこれまでの経緯を伝えた。ラヴァニ村を追われ、ドラゴンやドラゴニアを探すために旅に出た事。途中のスラムでドラゴンの血で助けられた子供に出会った事。
ドラゴン化して数百年生きているエゴールの事、今は霧を消すための方法を探している事。どれに対してもアマンは嬉しそうに頷いて聞いていた。
故郷を壊滅させられたと知っても、アマンは怒りを示さなかった。
「大変な思いをしていたんだね。今まで同じ境遇の人には会った事がないんだ。フューセンさんは人に戻れないし」
「何故、戻れないんですか」
「それは彼が戻って来てからにしよう。この場にいないのにぼくが勝手に話す訳にはいかない」
アマンがそう言って空を見上げる。ドラゴニアの高度は2000メルテ程であり、底の高さは雲の高度とさほど変わらない。もしも霧がなかったなら、広大なドラゴニアの底をくっきりと見る事が出来たはずだ。
ほどなくして、上空からバロンを乗せたフューセンが戻って来た。
バロンはフューセンの背から降りる前に、ヴィセへと封印を渡す。鞄ごとではなく、封印をビニールにくるんで持ってきたようだ。
「ヴィセ、封印! ラヴァニが潰されちゃう!」
「大丈夫だ。ラヴァニ抜けられそうになったら動いてくれ。もし痛むならすぐにやめる」
≪分かった≫
ヴィセはラヴァニの尻尾の横に転がった石や鉄パイプなどを挟む。封印が発動し、3つめが作動した所でラヴァニが尻尾を抜いた。
「へえ、すごいね。どんな原理なんだい」
「分からないんですが、ラヴァニ村ではこのラヴァニを封印するために使われていました。500年近く経っていると」
「ドラゴンは普通の村を襲わない。君がラヴァニさんと旅をしているように、ドラゴンが悪く伝わっている訳でもなさそうだ。ってことは、人からドラゴンを守るため……って感じか」
≪当たらずとも遠からずだ。我の救出、礼を言う≫
ラヴァニが首を低く下げて感謝の意を示す。バロンはフューセンから降りた後、ようやくアマンの存在に気付いた。ヴィセの防護服にしがみ付き、ガスマスクを着けていない男を警戒している。
「バロン、この人がアマンさんだ」
「え、じゃあアマンさんもドラゴンの血を飲んだの?」
「ああ、そうだ」
アマンはニッコリと笑い、バロンに手を振る。バロンはガスマスク無しで生きていける事、ドラゴンと一緒に旅をしている事、その2つから自分達と同じだと判断していた。
ドラゴン化を恐れず、嫌われる事もない。バロンは安心して小さく手を振った。
「それで、アマンさんは……」
「ああ、君達の目的は聞いたし、今度はこっちの番だ。フューセンさんから聞いたかもしれないけど、こっちに来てくれ」
≪オレは何も言っていないぞ≫
「そっかそっか。まあついて来てよ」
アマンに連れられ、ヴィセ達は大通りの跡を更に北へと進む。しばらくして1棟の真四角で窓のない建物が現れた。アマンは重厚な鉄の扉を押し開け、中へと入っていく。
≪オレは奥から回って来る。この扉では入れない≫
「ああ、いつもの部屋に向かうから」
中へ入ったはいいが、建物の奥は屋根が吹き飛んでいた。中は他所に比べて物が散乱しており、明らかに荒廃が進んでいる。
幅が広く長い廊下の脇には、病院や研究室のようなものが並んでいる。ガラスはなくなっているが、机などが残っていて当時の様子がうかがえる。
「ああ、そっちは地下に通じているんだけど、酸素濃度を調べていないんだ。空気を入れ替えたいけど、霧を入れたくもない。お手上げだから開けないでくれ」
ヴィセが右手にあった扉を開けようとし、アマンがそれを止めた。アマンはこの場所を良く知っているらしい。
「ここは何ですか」
「ぼくも当時を知る訳ではないけれど、霧を作った研究施設だと思う」
「じゃあ、やっぱりこの町が霧を生み出した町……」
「そう。憎きぼくのご先祖様の町だよ。まったく、先祖がこれなら、子孫もあんな救いようのない奴ばかり。居た堪れないよ」
アマンはヴィセ達を手招きし、奇跡的にもガラスが無事に残っている部屋の扉を開けた。ちょうどフューセンも空いた屋根の上から舞い降り、部屋の前に座る。
「ここは……空気が綺麗だ」
「うん。壁はグラウト材やモルタルを塗りたくって補修。ガラスは新しく張り替えた。机も棚も、瓶も、フラスコも椅子も全部1年かけて綺麗に掃除した」
灰色の壁も、白いタイル張りの床も、霧の痕跡が何一つない。ガラスの外側こそ霧で緑色の膜が出来ているが、アマンが霧に汚れていなければ、ここが霧の中だとは思えないくらいだ。
「という事は、アマンさんはここに住んでいるんですか」
≪ほう、電気も通っておるのか≫
「風力発電だ。といっても、この部屋を維持するので精一杯。俺はここに通勤しているって感じかな。霧を消す研究をしている」
そう言って、アマンはこぶし大の石をヴィセに持たせた。
「えっ、わっ……あれ? 軽い」
こぶし大程の石であれば、そこそこな重さになるものだ。しかしその石は軽いどころか重さを感じない。
「浮遊鉱石だよ」
「これが……」
「あーっ! 俺も欲しい! 俺にも触らせて!」
バロンがぴょんぴょん飛び跳ねながら自分の番だと主張する。ヴィセからゆっくりと受け取り、その緑色の鉱石をゆっくりと手に収めた。
「……すごい、すごいよ! この石ちょっと浮く!」
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