Levitation Stone 04



 * * * * * * * * *





「今度こそ、行くんやね」


「はい。お世話になりました」


「バロン君、また泊まりに来てね、美味しいごはん用意して待ってるからね」


「うん!」


 翌日の朝、ヴィセ達はトメラ屋の従業員に見送られていた。


 ヴィセ達は飲み水、食料などを買い込み、1週間分ほどは確保している。重くなってしまうためラヴァニが頑張らなければならないが、ドラゴニアさえ見つけたなら荷物を置くことができる。


「ラヴァニさん、あんた本当にいいドラゴンだよ。ヴィセ君達をお願いします」


 ≪言われずとも。この宿は良い場所だったと伝えてくれぬか≫


「トメラ屋の事、気に入ったそうです」


 ノスケが自慢げに胸を張り、最後に大きな魚を吊るした縄をヴィセに持たせる。この口からエラに縄を通された大きなサバの丸焼き5匹は、ラヴァニのおやつだ。


「じゃあ、みなさん! 行ってきます!」


「行ってらっしゃい!」


「気を付けて行きな、でもこれだけは覚えときなさい。あんたらは頼まれた訳やない。あたしらは背負わせたいとも思っとらん。背負えん事やったら、置いてきなさい」


「俺達がしたいから行くだけです。でも、有難うございます」


「ばいばい」


 トメラ屋から少し坂を下り、やがて手を振る皆の姿も見えなくなった。砂浜につくと、まずバロンが封印を解き、ラヴァニが元の大きさに戻る。


 ヴィセ達の事を知らない者は驚き、知っている者は興味津々で近づいてくる。鞍の取り付けが終われば、いよいよ霧の海へ向けて出発だ。


「皆さん! ラヴァニの羽ばたきは物凄い風を生むので、少し離れて下さい! 風圧で倒れたり、巻き上げられた砂で汚れたりしたら大変です!」


「ばいばーい」


 周囲の者が数メルテほど距離を取ったところで、ラヴァニの羽ばたきが始まる。白い砂浜から巨体が浮かび上がったかと思うと、次の瞬間にはもう青い空を背景にしていた。


「ちょうど、朝日に向かって飛んで行くような感じだな」


「ちょっとまぶしい!」


 ≪少し視線を落したまま飛ぶ事にする。ヴィセもバロンも目をやられぬよう≫


 これから少なくとも7、8時間は飛ばなければならない。途中で家1軒分ほどの小さな島を見つける事はあったが、少し羽を休めたり、用を足す程度。海の上は風も強く、嵐が来れば遮るものは何もない。


 水深は深く、海の色は濃い。ジュミナス・ブロヴニクの鮮やかなエメラルドブルーとは異なる。だが光を反射してキラキラ輝き、空の雲は見る度に形を変える。景色はいつまでみていても飽きない。


 だが、天気というものはすぐに変わる。南東の海には大きな積乱雲が発生し始めており、遠く離れた海上でも風が強くなってきた。


 ≪風に逆らう分、余計に力を使いそうだ≫


「サバの丸焼き1匹食べとく?」


 ≪そうしよう。バロン、我が振り向くから口に投げ入れてくれ≫


「分かった!」


 ラヴァニの体力にも限界はある。一刻も早く海を越え、陸地に辿り着かなければならなかった。





 * * * * * * * * *





 薄青と濃紺の狭間、遠くに陸地が見え始めた。水面にへばりつくように見えた茶色い地面は、近づくにつれそれなりの高さである事が明らかになっていく。


 霧の大陸、デモン。海から数十キロメルテ続くなだらかな傾斜の土地は、形状としては悪くない。けれど表面が脆く、多くの場所で地表が崩れている。これではとても人がしがみついて生きていける環境ではない。


 もしも肥沃で頑丈だったなら開拓地になっていたはずだ。そして、きっと霧を生み出した町への調査も楽だった。ヴィセ達も大陸最初の夜を野宿で過ごさずに済んだかもしれない。


 ラヴァニが高度を下げて飛んでいるため、なだらかな傾斜の向こうはまだ見えない。おそらく一面の霧の海が広がっている事だろう。


「デモン大陸……か。なんか生き物の気配が全くないな」


「誰も住んでないのかな? 何にもないよ」


「ああ、地表が随分と脆そうだし、誰もいないと思う。家を建てるのはおろか、あれじゃ歩くのも危ない」


 ≪大陸には着いたが、降り立つには少々足場が心許ない。もう少し飛び続ける≫


「ああ、有難う。着いたら今日はそこで休む事にしよう」


「ラヴァの分のごはん、いっぱいある!」


 数十分飛び続け、やがて緩やかな傾斜は登りから下りへと変わり始めた。ドース島やモスコ大陸とは違い、周囲は切り立った崖のような地形ではない。標高も幾分低いように思える。


「ブロヴニクとは比べられないけど、そんなに高くないよな、この斜面」


 ≪ああ、我もあまり高度を上げたつもりはない。せいぜい7,8百メルテではないだろうか≫


 霧の海として恐れられているが、内陸の霧の層は案外薄いようだ。モニカの標高は1300メルテ前後、ドーンやユジノクも少し高いくらいでさほど変わりはない。


 対してこのデモン大陸は周囲を囲む山が低く、霧はその分外へと流れた。


 言い換えると、このデモン大陸は世界を霧が覆った当時、顔を出した土地が殆どなかったとも言える。


「この位置からドラゴニアが見えないとなると、かなり内陸にありそうだな」


「ねえ、どこに下りるの? 中の方はずっと霧になってきたよ?」


「つってもなあ、どこも崩れそうだし……」


 3人なら霧の中でも死ぬことはない。しかし、入る前には防護服やマスクを着けておきたかった。食事や睡眠も、可能なら霧の外で取りたいものだ。


 ラヴァニは前方を、ヴィセは北を、バロンは南を眺めていた。そんな中、ヴィセが北に明らかな人工の建造物を発見した。


「おい、北の方、山肌に何かあるぞ」


「あ、あれ何? コンクリート?」


 ≪と言う事は、あの付近は比較的足元が頑丈なのだろう≫


 ラヴァニが旋回し、北へと向かう。そこにあったのは小さな鉄塔と、放棄されたコンクリートの防護壁だった。


 コンクリートの上部分の幅は5メーテ程、幅は数キロメーテありそうだ。


「何でこんなところに」


 ≪ゆっくりと降り立つ。足場を確かめるまで降りるな≫


 ラヴァニが防護壁の上に降り立った。ひび割れがあり、灰色から少し黒く変色し始めているものの、崩れたりはしなさそうだ。


 ≪我の重さにも耐えるなら、問題はないだろう≫


「よし、降りるか。すぐ下に霧があるから、強風が吹けば霧を被りそうだけど」


 防護壁の僅か数十メルテ下には、見慣れた黒ずんだ霧が漂っている。安全とは言い難いが、他に良い場所がない。


 ヴィセとバロンも降り立ち、ラヴァニから鞍を取り外してやった。封印で小さくなった時に食べた分は、何故か大きくなった時に相応を維持される。


 となれば、食事の間は出来るだけ体が小さい方がいい。ラヴァニは封印を2段階だけ解いた状態まで小さくなった。


「あーあ、このハンバーグ、温かかったらすっごく美味しいのに」


「焼き魚もそうだ、でもこればかりは仕方ない。木の枝の1本も見当たらないし、焚火も出来ない。水と食料があるだけマシってもんだ」


 ≪我の炎では焦がすだけだからな。温めるだけという訳にもいかぬし、我は冷たくても構わん≫


「あっ」


 温めるだけという言葉を聞いて、ヴィセが何かを閃いた。ラヴァニに手招きをし、すぐ傍を指さす。


「コンクリートだから燃えないよな? ここをラヴァニの炎でおもいっきり熱したら……」


「えー? でもそこにそのままハンバーグ置きたくない!」


「じゃあ……ほら、バロンが買ったお菓子の缶とか、肉を保存する缶の蓋とか、あれに載せて置けば」


「あっ!」


 ヴィセとバロンの目が輝く。これで美味しいが冷めきった食事に温かさが戻る。


「ラヴァニ、はやくー!」


 ラヴァニはヴィセとバロンの期待を背負い、やや不満そうに呟く。


 ≪そなたらはドラゴン使いが荒い≫


「温かいゆでたまご」


 ≪……。半分に割って塩をまぶせ、それで期待に応えよう≫

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