Levitation Stone 02
* * * * * * * * *
「あー……食い過ぎた」
「見て見て、食べ過ぎてお腹出た! あはははっ!」
≪我も食べ過ぎた。体が重過ぎて明日の朝まで飛べぬ≫
ヴィセ達は夕食を思う存分堪能した。オムスクで霧患者を治療した際の稼ぎや、元々持っていた古貨など、お金には今のところ困っていない。トメラ屋に貢献する意味もあったが、合わせて6人分は食べて飲んでいる。
「あーこのまま1時間くらいぼーっとしてたい」
「あははっ、ヴィセお腹苦しそうでおじさんみたい」
「まだ17歳のお兄さんに向かっておっさんだと? このやろっ」
「ぎゃーっ!」
ヴィセがケタケタと笑うバロンの両肩を掴み、体重を乗せてお湯の中に沈める。ヴィセがほんの数秒で力を弛めると、バロンはすぐに立ち上がり、顔を手で何度も拭く。それでもまだ笑っていた。
「あははっ! ……あーヴィセがタオル取った!」
「フフン、タオルを返して欲しかったら謝る事だ」
他に誰もいないため、少々はしゃいでも迷惑が掛からない。ヴィセもバロンも珍しく笑ってふざけてを繰り返す。境遇のせいか普段は大人びているが、ヴィセも10代。バロンはようやく10代だ。
本来の2人の性格は、人並以上に明るくて活発なのだろう。
≪まったく。何やっておる≫
明日、もしくは明後日からは、いよいよ霧の大陸へと向かう事になる。こうやって伸び伸びと過ごす時間はそんなにない。ラヴァニが呆れながらも微笑ましくみていると、とうとうラヴァニも2人のターゲットになってしまった。
「ラヴァニも来て!」
≪なんだ。おい、我は湯には浸からぬ……≫
バロンがラヴァニを掴み、風呂の縁からお湯の中へ引きずり込んだ。ラヴァニは驚きながらも翼でバランスを取り、水鳥のように浮かぶ。
「ラヴァニ泳げるー?」
≪潜ったことはあるが、泳いだことはない≫
ラヴァニはキラキラと目を輝かせるバロンに根負けし、翼を折り畳んで風呂の底へと潜った。魚を追う事も出来そうなほど速く、動きも滑らかだ。
「おおーすごい! ラヴァニ上手!」
「ドラゴンって潜水できるのか」
≪出来ぬわけではないが、あまり濡れたくないのでな。普段はせぬ≫
「ラヴァニすごいねー! 俺もやってみる!」
バロンが耳を押さえながらお湯に顔をつける。そのまま頭はなんとか床まで近づいたものの、足は水面を叩き、空中でバタバタもがいている。
「下手にも程があるだろ」
≪見ている方は愉快だ≫
ヴィセ達につられ、ラヴァニからも小さな笑いが漏れた。今は威厳や信念に囚われず、本来名を持たないドラゴンとしてでもなく、ラヴァニとして扱われている。
世界の浄化や、空の覇者として飛び回る日々ではなく、こうして人と過ごしている。
≪我にとって、この日々は何を意味するのか≫
「ん?」
≪いや、何でもない≫
ラヴァニは自身がドラゴンである事を忘れそうになっていた。
元々はラヴァニが仲間の居場所や、ドラゴニアの現在を知りたいと願って始まった旅だ。ヴィセは自分の事も後回しにして、ラヴァニの願いを2つも叶えようとしている。
「さあ、明日はミナさんに話を聞いて、アマンさんの計画を何か知れたらいいな」
「霧の中きらーい、ちゃんとご飯食べられないもん」
「今日と明日で食べ貯めるだろ。ラヴァニの飯もうんと買わないと」
「ドラゴニアの近くに霧つくった町がある?」
「どうだろうな、そんな気がしてるけど」
ヴィセとバロンは明日からの事を当然のように話している。
通常、霧の中へは覚悟を持って入るものだ。周囲はマスクなしでは呼吸が出来ない毒の世界。毒に順応した猛獣が襲ってくる事もある。2人にはそれに対する恐れが一切ない。
2人を見ながら、ラヴァニは悩んでいた。2人にとって、これから霧の大陸に向かう事が本当に良い事なのか、分からなくなっていた。
「さあ、上がろうぜ。水被って体を少し冷やしたら、よく眠れると思う」
ヴィセ達が露天風呂から上がり、元気よく出ていく。もう時間は22時だ。客室から少し離れているからか、この露天風呂だけが闇に浮き上がっている。
曇り空の下から賑やかな声が失われ、静寂が戻った。
「あの子達を、本当に送り出してええんかねえ」
女風呂から、ため息のような呟きが聞こえた。ミナはヴィセ達の来訪に気付いていた。
* * * * * * * * *
「はやく! ヴィセ、起きて!」
「ん~……」
「朝ごはん食べに行こ!」
「んあ? 昨日あれだけ食べといて、朝ごはんで起こされるとは」
翌朝、珍しく早起きなバロンに急かされ、ヴィセは薄い掛け布団を取り上げられた。厚手の敷布団の上で背伸びをしたヴィセの隣では、バロンが飛び跳ねながら待っている。
「おはよ、あれ? ラヴァニは」
「ちょっと空を飛んで来るって」
「体が重過ぎて落ちてねえかな、大丈夫か」
ヴィセとバロンは1階へと下りていく。その階段の下にはミナが立っていた。
「あ! おばーちゃん!」
「あらあら、元気な事! おはよう、あんたら来とったんやねえ」
「おはようございます、昨日からお世話になってました」
「ありがとうねえ。他所の大陸に行ったもんだと」
「行ったんですけど、その、後で少しお話を伺ってもいいですか」
「ええよ。さ、ご飯をお上がりなさい」
ミナに案内され、ヴィセとバロンは朝食にありつく。流石に1人前を平らげるのがやっとだったが、それでもゆっくり、美味しそうに食べる様子は微笑ましい。
「今日の晩はあたしが作るけんね、まあ料理長ほどじゃないが、期待しとくれ」
「あ、はい」
今日も泊まるかは悩んでいたが、これはもう1泊する流れだ。2人は他の客達と同じ空間で食事を済ませ、浴衣から半袖シャツと短パンに着替える。その頃、ようやくラヴァニが戻って来た。
「おお、戻って来た」
≪ああ、昨晩食べ過ぎだせいか、体が重くてな≫
「朝食のゆでたまごは?」
≪後で貰うとしよう。どこかへ向かうのか≫
「ああ、魚を買いに行って、後は肉と野菜の漬物を手に入れるんだ。魚は焼いて身をほぐして、肉なんかも全部袋に小分けする」
霧の中で食事をするのは大変だ。出来るだけ霧に触れないようにし、保存しやすい状態にしなくてはならない。ヴィセ達は昼間の厨房を使わせてもらうつもりだった。
朝9時を過ぎ、従業員がチェックアウトする客を見送る。この地区ならではの光景に客は特別感を味わい、また来ますと言ってくれる事も多い。
ヴィセは見送りが済んだミナを呼び止め、代わりの買い物を申し出た。
「ミナさん、今から魚市場に行くんですが、何か買って来ましょうか」
「そげん事はさせられん、お客様やけんね。でも、そうやねえ、一緒に行こうかねえ」
そう言うと、ミナは自室へと戻り、布の手提げかばんを持ってきた。
「小さい荷車があるけん、あんた達も載せたらいい」
「俺が牽く! 俺がそれ牽いていきたい!」
機械や部品などが好きだからか、バロンはリヤカーを渡すまいと持ち手を掴む。客が増えたおかげで、毎日の仕入れは手提げかばんでは足りない。
普段はノスケが手伝うが、今日はヴィセ達がいれば安心だ。よく均された土の道の上を、ゴロゴロと心地よいテンポで車輪が回る。
「あの、霧を生み出した町の末裔の人が泊ったって、言ってましたよね」
「ああ、本人が嘘を付いてなければ、確かにそうやね」
「俺達、その集落に行ってきたんです」
その話を聞き、ミナの眉がピクリと動いた。
「……あの話、本当やったんね」
「はい」
「その話、詳しく聞かせてくれんね。霧の海に行くっち旅立って、ドラゴニアを探しに行って、手掛かりを持って帰って来たのはあんたらだけなんよ」
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