4-10.『貴方と事を構えるつもりはありません』

「バートおっそい。ぁ、もしかして……」


 とげのある声を飛ばしたかと思えば、ワイスは意地悪く笑んでこちらをのぞき込む。


「ロゼに尻を貸すでもしてた〜?」

「お、今日は冴えてるな相棒。その推理は大ハズレだ。……お前みたいに同性を抱く趣味はぇし、俺は惚れた女に一途いちずでね」


 アルバートが同じような顔をして皮肉ると、『つまんな……』とでも言いたげに溜め息ひとつ。


「……で、マジに今まで何してたん?」

「取り込み中だったんだよ」


 責めるような声に苛立ちを露わにしたアルバートは、今に至るまでの記憶を反芻はんすうする。



◆◇◆◇◆◇



「……ちょっと、アンタ大丈夫なの? なんだかすごい音してたけど――」


 安酒場から響く銃声の協奏曲が止んだ頃、通話口からようやくロゼの声が聞こえ出した。


「悪い、後でまた連絡する。……さっきの件と、あとリーガン製薬についても追加で調べてくれ」


 一方的にまくし立てて通話を切ったあと、アルバートは視線を滑らせた。

 切れ長の赤い瞳が見据えるのは、背にする安酒場――ではなく。


「お元気そうでなによりです、


 数歩先に立つ

 胸に手を当て、嫌味なほどうやうやしく一礼する〈セーレ〉に、あからさまな敵意を滲ませた声を返す。


「お前も懸賞金カネが目当てか?」


 奴に名乗った覚えはない。こちらの素性を知っているということは、あの手配書を見たのだろう。


「高そうだもんな、そのタキシード。貧乏人が背伸びをするとロクなことがないぞ」

「まさか、別件ですよ。今はお金にも〈遺体〉にも困っていませんから。……貴方と事を構えるつもりはありません」


 刺々とげとげしい皮肉も、〈セーレ〉は爽やかに笑い飛ばしてみせた。


 相変わらず飄々ひょうひょうとして、敵意や戦意は感じ取れない。

 それでいて、気を抜けばられると思わせる緊張感は健在だ。

 だからこそ――先手を取る。


「なら――?」


 一層冷え込んだ声を引き金に、〈セーレ〉の周囲に六人のアルバートが出現。

 左右の手にそれぞれ構えた拳銃――計十二の銃口は、心臓と頭に油断なく照準されている。


「こっちは貴重な取引先が無くなったんだ。お前は蟻を一匹潰したくらいにしか思ってないだろうが、俺にとっては死活問題でね」


 蒼玉サファイアの瞳が右往左往。

 しかしそれは狼狽うろたえているわけではなく、ただ状況を冷静に見定めているようだった。


「まずお詫びに命のひとつくらい寄越すのが礼儀だろ。……くらい知ってるよな?」


 挑発的な笑みの裏に焦りを隠すアルバートに対して、〈セーレ〉の余裕は未だ崩れない。


 主導権ペースを握らせないための脅迫だが、きっと小型犬の威嚇いかくくらいにしか思っていない。

 当然だ。奴はこんな状況、それこそでひっくり返せるのだから。


「一方的というか独創的というか……ひどいですねぇ。僕は貴方とお話がしたいだけなのに」

「そんな捨て犬みたいな顔するなよ……俺は犬が嫌いなんだ」


 安酒場からまた銃声の連鎖が響き出す。先ほどとは比べ物にならない騒々しさ――銃撃戦か。


 緩衝地帯グレーゾーン有象無象うぞうむぞうに相棒が負けるとは思えないが、先ほどフラッシュモブによる奇襲を受けたばかりだ。

 否応なく最悪の事態を想像――


『あぁッ、兄貴――――ッ!!』


 しそうになったところで、大きな衝撃音と蹴飛ばされた仔犬のような叫びが聞こえた。


「……やっぱりダメか」


 独白した〈セーレ〉が大仰おおぎょうに肩をすくめたかと思うと、指を鳴らす音が二重に響く。


「ミスター・ベイリーの仇討かたきうちがしたいのなら……それはまたの機会に」


 夜闇に軽薄な言葉だけを残して、白い影は忽然こつぜんと消えていた。



◆◇◆◇◆◇



「――あれ、そっち行ってたん? あいつ、だったけど」

「アナスタシアに?」


 奴の言っていたとは彼女のことか?

 だが懸賞金が目当てではないという。ならば何故――思案しようと視線を落として、アルバートは目を疑った。


 足下にあった角刈り男の死体が、


 真っ先に連想したのは〈悪魔憑きフリークス〉の最期。

 あれと比べれば遥かに緩慢かんまんだが、それでも一般的な腐敗速度より


 唖然あぜんとするアルバートを他所よそに、ワイスは感嘆の息を吐いてしきりにうなずいていた。


「やっぱなー。〈悪魔憑きあたしら〉のだよ、あのマフィアども」

「お前まさか……高速道路ハイウェイのときに気付いてたな?」

「んにゃ、あんときはなんか妙だなーって思っただけ。あいつら、同類にしちゃ匂いが薄かったんだよー。……


 なるほど、そう言われれば相棒の奇行にも納得が行く――いや納得はしていないが、一応の筋は通る。


 あのとき角刈り男を睨み付けたのは、口臭がしゃくに障ったからではなく……そのとやらをいぶかしんだのか。

 だとしてものは擁護ようごできな……いやもう蒸し返すだけ無駄だ。


 ワイスが斬ったのは角刈り男の。それに部下たち全員のを破壊したわけではなかった。

 不完全ながらも〈悪魔憑き〉になっていたのなら、致命傷にはなり得ない。

 時間をかければ完治も可能だろう。


 思案の間に、足下は血溜まりに変わっていた。

 そこに〈大悪魔の遺体ゴエティア〉らしき肉塊は


 〈悪魔憑き〉になるための条件は、〈大悪魔の遺体ゴエティア〉を体内に取り込むこと。しかしワイスはだと言っていた――


 つまり〈遺体〉を使わずとも、が存在する?


「アナスタシア呼んでくるねー」


 離れていく相棒の背中に生返事を返し、思考を続ける。


 どうやら、『死なない』と豪語していたのは本当らしい。そして彼らは、なにか麻薬ドラッグのようなものをキメていたはずだ。

 名は確か――〈楽園の果実フルクトゥ・パラディス〉。


 脳内を高速検索――やがて思い当たるものがひとつ。リーガン製薬が人工島インキュナブラで開発していたという、不世出ふせいしゅつの新薬。


 あれは、『』という謳い文句キャッチコピーではなかったか?


 ――まさか。

 ある仮説を閃く。疑問の点と点が線で繋がりかけたそのとき、


「……


 呆然と乾いたワイスの声が、耳に届いた。

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