4-2.『訊きたいことがあるんですけど』

 幹線道路から少し外れた道沿いのモーテルに、併設された安酒場。

 穏やかな笑顔の老バーテンがカクテルシェイカーを振る前で、三つの杯がかち合った。


「――勝利を祝ってぱーっと騒ごー。ナターシャも好きなの頼みなー? バートがおごるから」

「アナスタシアのは出すがお前は自腹「はぁー!?」これ以上は経費で落ちない。……あと、どう考えてもあれはいくさだったろ」

「は? 死ななきゃ負けてないし。それに、」


 言葉を切ったワイスの碧眼へきがんには、尽きない闘志が燃え上がる。


「次は勝つ。あたしとお前が組んで、やられっぱなしとかあり得ないし」

「だと良いがな」

「まぁまぁ、喧嘩しないで二人とも……」


 入口に正対するバーカウンターに並んで腰掛ける三人。

 アルバートとワイスの間で、オレンジジュースの入ったグラスを手にアナスタシアが苦笑する。


 商会ギルドの管轄外である緩衝地帯グレーゾーンに逃げ込んで、束の間の休息。 

 自分と相棒の首に掛けられた懸賞金。

 であるアナスタシアを狙うマフィア。

 新手の〈悪魔憑きフリークス〉とその〈権能インペリウム〉――


 考えるべき問題は山積みだが……溜まったストレスを酒で洗い流してからでも遅くない。

 グラスを傾けると、蒸留酒の強い酒精アルコールが喉を焼く。

 五臓六腑に染み渡っていく満足感に一息ついて、アルバートはぐるりと店内を見回した。


 天井から等間隔に垂れ下がった電球が仄明ほのあかるく照らすのは、西部劇ウェスタン風の内装。

 ジュークボックスからは小気味良いリズムのジャズが流れている。老バーテンの趣味だろうか、彼とは良い酒が飲めそうだ。


 末期まつごの明滅を繰り返していたネオン看板とは裏腹に、酒場の中は人で賑わっている。


 三人が足を踏み入れた夕暮れ時から、点在する丸机テーブルとそれを囲む四つの丸椅子スツールは全て埋まっていた。

 年齢層も身なりも様々なグループが、今も会話に花を咲かせている。


 客数は十数人ほど。バーガーショップと比べれば間取りも広い――もしまたが起きても、ここならば対処は容易たやすい。

 警戒しつつ店内を一通り眺めたころ、アナスタシアがわざとらしく咳払せきばらいをした。


「――あの、があるんですけど……」


 神妙しんみょうな顔でそう切り出され、全身の毛穴を針で刺されるような緊張が走った。


「お二人って、その、もしかして……」


 声はそこで途切れてしまう。

 アナスタシアは何度か口を開いては……躊躇ためらいがちにまた閉じるのを繰り返すばかり。


 両隣にいるアルバートとワイスをちらちらと見るあたり、二人が何者か問いたいらしい。


 高速道路ハイウェイでは当然のように人を殺し、バーガーショップでも流血沙汰を起こした。店の外に出れば毒矢まで飛んでくる始末。

 〈権能インペリウム〉まで見せてしまった以上、普通の人間でないことは明らか――正体を勘繰かんぐるなという方が無理な話だ。

 どんな疑いをかけられるか分かったものではない。


「ん? どしたんナターシャ、言ってみー?」


 冷や汗を浮かべるアルバートの気も知らず、コーラのストローから口を離して催促さいそくするワイス。

 空気の読めない相棒に心の中で呪詛じゅそを唱えているうち、アナスタシアは意を決したように口を開いた。



「――まっ、使、なんですかっ!?」



 響いたのは、見当違いな明るい声。

 見れば、アナスタシアは無邪気な子供のように目を輝かせていた。


「あぁ、はは……まぁ似たようなもんかな」


 拍子抜けしてしまい、漏れた息は小さな笑いに変わる。

 その反応に、アナスタシアは薄く頬を染めた――子供っぽい質問だという自覚はあるらしい。


 アルバートの幻影ホログラムならいざ知らず、ワイスが白狼シルヴィを生み出す様は、なにも知らない者からすれば魔法のように見えるだろう。


「この島にはゴロゴロいるよー、しかも〈悪魔憑きフリークス〉なんて呼ばれてるし」

「あぁ。呼び名の通り頭のおかしい狂人フリークばかりだ。そもそも根っからの善人なんて、インキュナブラにはいない」


 アルバートがそうこぼすと、アナスタシアはきょとんとした顔で二人を交互に見る。


「そうなんですか? 私は、あなた達が悪い人には見えないけど……」

「ナターシャー? 騙されちゃだーめ。バートはとんでもなく悪いやつだよー。年中エイプリルフール気分の大嘘つきで、仕事中毒ワーカホリックなの。ヤバくない?」

「へぇ……アルバートさんはお仕事するの、お好きなんですか?」

「好きというか……目の前の作業に没頭してれば、からな」

「余計な、こと?」

「そう、例えば嫌な思い出だったり、昔、の……」


『――アル、ごめんね』


 頭の中から響く声が引き金となって、脳裏に押し留めていた光景が溢れ出す。


 ――黒いペンでグチャグチャに塗り潰されたように不明瞭な目許。


 ――春の陽気のようなうららかな声は、雑音ノイズまみれで見る影もなく。

 

 華奢な身体を汚す赤色は火傷しそうなほど熱いのに、

 優しく頬を撫でる手は氷のように冷たくなっていて、

 抱きかかえた身体は流血の量と反比例してどんどん軽くなっていく、春の空が曇り翳るようにゆっくりと生気が失われていく中、それでも彼女は気丈に微笑んでいて……


『お願い ――生き――て。貴方は――』



「――アルバートさん?」



 はっと我に返り、弾かれるように声の方向を見やる。

 心配そうに眉を下げたアナスタシアが、顔を覗き込んでいた。


「どうかしましたか? 顔色が、あまり……」

「あぁいや……とにかくそれだけ夢中になれるってことだよ。よく言うだろ、『仕事が恋人だ』なんてさ」


 アルバートは自嘲するも、アナスタシアの瞳には尊敬の熱。


「でもきっと、お仕事って楽なことばかりじゃないですよね。それでもずっと続けられるの、私はとっても、その…………え、偉いと思います」


 もっと相応ふさわしい褒め方があるだろうけど思いつかなかった――そんな苦笑を浮かべるアナスタシア。


 二十四歳ともなればもう立派な大人だ。面と向かって人から褒められる機会など皆無に等しい。

 ちょっと嬉しくもあり、でも少し情けなくもあり――なんともいえない感情に、アルバートも曖昧あいまいな笑みをつくる。


 と、陰から顔を出したワイスが『でもさー』と水を差してきた。


「シゴトはお前のこと嫌いだってよー? なんか待ち合わせの時間に厳しいしー、いっつもカリカリしてるしー、おまけに束縛激しいから、もう別れたいんだってー」

「おいおいマジか……? 嗚呼ああ愛しの君よマイハニー、そんなに冷たくしないでおくれ」


 アルバートは恋人の肩を抱くようにスマートフォンを優しく握り締め、画面に唇を落とす(フリをする)。


 反応をうかがうためにちらっと視線を流すと……まるでゴミを見るように冷え切った碧眼とぶつかった。


「うわキモ……なにしてんの?」

「お前の冗談ジョークに乗ったんだろうが」


 こんなおふざけ、素面しらふだったら絶対やらない。それなりに酔いが回ってきたらしい。

 気恥ずかしさを誤魔化ごまかすため、苛立いらだちの矛先を相棒に向ける。


「というかワイス、人のこと言えるクチか? どう考えても、戦闘中毒バトルジャンキーのお前の方が危険だろ」

「ほら、よく言うかもじゃん? 『戦闘が恋人』って」

「DVでもやりそうな恋人だな」

「しないって。でもお前にはVだけあげるねー。なんかムカつくから」

「すぐナイフ振り回しやがって……そういうところが――」


 二人が言い合う中、アナスタシアがぽつりとこぼす。


「――私も〈悪魔憑き〉になれば、二人みたいに戦えるのかな」

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