3-4.『気になることがあって』

「…………ぁ、やべっ」


 唐突に響く間抜けな声。

 何事か、と全員の視線が集中する先にあったのは――


 口から大量の血をこぼしながら、狂ったゼンマイ仕掛けの玩具おもちゃのように痙攣けいれんする角刈り男と、


 その太い首に深々と刺さったナイフを握ったまま、青褪あおざめた顔で同じくらい震えているワイスだった。


「どうしよバート、っちゃった……」


 まばたきのすきに起こった突然の悲劇に、アルバートの口は餌を求める鯉のように開閉を繰り返す。


 周りの部下たちも理解が追い付かないようで、全員が目を白黒させて固まっていた。


「………………は、はは、」


 たっぷり五秒の間を置いてようやく絞り出せたのは、自分でもびっくりするほど乾いた笑い声。


「なんだワイス、こっそり練習してた手品マジックか? お前のその空気の読めなさはもはや立派な才能だな……」


 皮肉を並べながら、視線で問い掛ける。

 ――おいまさか本当に殺してないよな?


 しかしワイスは首を

 まるでサスペンスドラマの一幕――激情に駆られて人を殺した後、我に返った犯人のようなすさまじい勢いで。


「や、気になることがあって……ほんの先っちょだけって思ったんだけど……そしたら、結構深く入っちゃって……」


 おまけに、いてもいない言い訳を始める始末。

 さすがのワイスも自覚があるのか、その声は動揺に震えていた。


 狼狽ろうばいぶりから察するに、早く銃弾の雨を降らせたかったわけでも、大好きな鉄火場を待ち切れなかったわけでもなく……


 何故かとして――手を滑らせたらしい。


「あぁクソッ! 相手は普通の人間だぞ、死ぬに決まってんだろうがこの駄犬バカッ!!」


 額に手をやって空をあおぐアルバート。

 吐き捨てたその文句で、部下たちもようやく状況を飲み込めたようだ。


「あ、兄貴――ッ!!」「なにしてんだクソアマァ!!」「殺してやるッ!!」「荷物はどうする?」「そうだ撃て撃てッ、撃っちまえ!!」「兄貴を巻き込む気か!?」「荷物はどうする!?」


 思いのほか、角刈り男は部下たちに慕われていたらしい。


 たちまち飛び交う怒号。爆発的に膨れ上がる殺気。

 殺伐さつばつと張り詰める雰囲気にてられて、ワイスの顔が次第に火照ほてり出し――


「でもでもでもっ、これでさぁ――」


 待ちに待ったお楽しみの時間パーティタイムに頬を緩ませ、男の喉に突き刺さっているナイフを躊躇ちゅうちょなく引き抜いた。


皆殺しで遊んでオッケーってことだよねっ!」


 噴き出した濃血が宙に赤黒い虹を描く。

 カーオーディオから流れ出した激しいシャウトが、断末魔の叫びを代弁する。


 銀光が煌めき鮮血が舞い散り銃口炎マズルファイアが咲き乱れる。

 ナイフが肉を裂く、繁吹しぶく血、銃が乱射され、響く断末魔と笑声しょうせい――音が遅れて耳に届く。


「あっはは! 雑魚ざっこっ、チューインガムの方がまだごたえあるってー!!」


 すさぶ白い疾風はやてが死を運ぶ。

 大鎌サイスの代わりにナイフを握る死神は、笑いながら次々に命を刈り取っていく。


 押し寄せる空気の血腥ちなまぐささに鼻をつまんで、アルバートは咄嗟とっさに首を傾ける。

 ワイスをとらえ切れずに的外れな方向へ撃たれた弾丸が、右頬を掠めていった。


 に巻き込まれるのは御免ごめんだ。

 装甲バンの陰に転がり込む。愛車を盾にしたくはないが、命には代えられな――


 開け放たれたリヤドアから、五人の男が棺桶にもつを担いで離れていくのが見えた。


 相棒による殺戮さつりくの暴風域を迂回うかいし、たむろす高級車の群れへ逃げ込もうとしているようだ。


「――本当にこの中にいるのか?」

「知るかよ、俺たちの仕事はこれを奪い返すことだ」

「もうとっくに死んでたりしてな?」

「中身を見られる前に金をもらえば良い」

慰謝料いしゃりょうも上乗せしろよ、兄貴が――」


 潜めた声で交わされる会話。

 阿鼻叫喚あびきょうかんの合間から漏れ聞こえてくるそれに、しかし意識をいている余裕は無かった。


 アルバートにとって今回の依頼はいわば、来月まで生き延びるための生命線ライフラインだ。


 ただでさえ荷物がキナ臭い上、依頼主クライアントは怪しさ満点。

 マフィアにみすみす盗られたとあっては、賠償問題が持ち上がるのは目に見えている。


 借金を背負うどころか、問答無用で海に沈められる可能性も……考えるだけで心臓が縮み上がる。


「クソ、どいつもこいつも……ッ」


 小さく吐き捨てて〈ダンタリオン〉を発動。

 幻影ホログラムを生み出すと同時に転換スイッチ擬似的ぎじてきな瞬間移動で行く手を塞ぐ。


 急に現れたアルバートに、棺桶を担いだ男たちはぎょっとして立ち止まった。

 その隙に眉間みけん照準エイムしようとして、彼らの近くへ相棒が飛び退すさってくる。


 次いで耳をつんざく銃声に、ワイスは首を傾け体幹をズラした。

 最小限の回避動作。常人では目で追うことすら出来ず、弾が身体をすり抜けたように見えただろう。


「止まった的にも当てらんないとか、クソエイムすぎっしょー。お前らがあたしをるなんて百万年早いねーっへへぇ」


 柔肌に掠りもしなかった銃弾の群れは、すぐ後ろで立ち止まっていた男たちを急襲。

 

 肩や脚に被弾し、苦鳴くめいを上げて次々と崩折くずおれていく。ひとりは運悪く頭を撃ち抜かれ、やがて棺桶の留具とめぐまで破壊される。


「――おい嘘だろ」


 青褪あおざめるアルバートの前で転がり落ちる棺桶。

 驚いたようにあんぐりとふたが開き、そこからまろびでたのは――



 だった。



 薄手のネグリジェに包まれた華奢きゃしゃな体躯が、色褪いろあせたアスファルトの上へ仰向あおむけに倒れ込む。


 その場にいた全員の視線が釘付けになる。嫌な緊張感だけを残して、空気がしんと静まり返った。


 年の頃は十代後半。

 背まで流れる金髪ブロンド、細い眉と伏せられた長い睫毛まつげ

 小さな鼻に薄い唇、うっすらとそばかすの浮いた頬。細い首筋にはスカーフが巻かれている。


 ひょうを思わせる細くしなやかな肢体。

 病的に白い肌は年相応に瑞々みずみずしく、陶器のようにつるりと光を反射する。


 つつましやかな胸元を上下させながら、それは穏やかに

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