2-5.『夢のある話だな』

 アルバートはスマートフォンを少し操作してロゼの口座に入金。本題について切り出した。


「――〈悪魔憑きフリークス〉の不審死について知りたい」


 そもそもここに来たのは、珈琲コーヒーや軽食、菓子を楽しむためではない。


 もちろん、ロゼが豆の産地からこだわってれた珈琲や、たくましい腕によりをかけて作るケーキは絶品だ。

 しかしそれを頼んだのは、社交辞令を交わす程度の意味合いしかない。


 本当の目的は、ロゼのもうひとつの顔――情報屋としての力を借りるためだった。


 アルバートが懇意こんいにするのも、ロゼの——彼女が密かに持つ各組織の情報と、それを加味した島内情勢の把握——が、綱渡りのような事務所経営には欠かせないからだ。


「あれは『教会』の〈悪魔祓いエクソシスト〉どもの仕業しわざか?」


 ブレンダンから概要を聞いたあと、アルバートは思案する中でひとつの可能性に行き着いた。


 人工島インキュナブラを仕切る六大商会ギルドのうちひとつ——『聖ネビュロス教会』。


 かつての宗教特区は今や、様々な教会や寺院、極東の寺社仏閣までもが乱立する宗教の小宇宙と化した。


 そこに集うのは『祓魔行為エクソシスム』の大義名分の下、残虐な手段で〈悪魔憑き〉を狩る拷問好きトーチャーマニアたち――要するに、修道者の皮を被った変態どもの巣窟そうくつだ。


 彼らは戦闘に銃剣ベヨネットを用いることから、誰が呼んだか〈銃剣教会ベヨネット・チャーチ〉という渾名あだなで恐れられている。


 一般人では〈悪魔憑き〉を殺せない以上、〈悪魔祓い〉の犯行だろう――

 そう踏んでいたのだが、ロゼは緩く首を横に振った。


「もし『教会』の奴らが殺したなら、不浄だからと現場を清めて痕跡こんせきを消すはずでしょう? でも最近の〈悪魔憑き〉殺しは、痕跡それが放置されたまま……そもそも綺麗さっぱり隠滅していれば、ここまで話が大きくならない」


 なるほどとうなずきつつ、てが外れたアルバートは苦い顔をする。


 『教会』の連中は戦闘装束バトルドレスとして修道服をまとう。〈セーレ〉が身に付けていたのはタキシードだった。


 〈悪魔憑き〉への拷問ごうもんとしてあがめて誇りとする狂人どもが、自分の姿をわざわざ偽るとは思えない。


 なにより、商会間には休戦協定がある。

 もはや形骸化して、小競こぜいが頻発してはいるが……どこも表立った衝突は避けてきたはずだ。

 ――緩衝地帯グレーゾーンに潜む野良が増長でもしたか?


 頭を悩ませるアルバートの横で、ワイスはカウンターに突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。ホットミルクとケーキで満腹になったのだろう。


 人の苦労も知らずに暢気のんきな様に腹が立つが、横から余計な口を挟まれて思考を中断されないので良しとする。


「あと、“本土”の有力なマフィアが島に侵入はいったってうわさもあるわよォ。物騒よね」

「気にすることか? この島で六大商会を差し置いて台頭できた奴らなんていないだろ。精々せいぜい、どっかの下働きに収まって終わりだ」


 手掛かりを与えるように耳打ちしてくるロゼに、アルバートは首を振る。


 さらなる勢力拡大のためか、それとも腕試しのつもりか。

 “本土”で一定の影響力を手にしたマフィアどもは、どういうわけか揃ってこの島へ進出してくる。


 人道を外れた魔人の巣窟そうくつを、奴らはボーナスステージかなにかだと思っているらしい。

 そんなおごり高ぶる馬鹿どもに待ち受けるのは――


 商会が飼う〈悪魔憑き〉に鼻歌混じりに殲滅せんめつされるか。

 壊滅寸前で、ヘッドがみっともなくびを売って傘下に入るか。

 そうとは知らずに野良の〈悪魔憑き〉に喧嘩を売って、路地裏でむごたらしく死ぬか。


 ――いずれにせよ、救いようのない悲惨な結末ばかりだ。


「――それに、運送屋が次々と消えてるみたいよォ」


 ロゼの口から出た意外な話に、眉が勝手に跳ね上がるのが分かった。


「へぇ、どこの誰か知らないけどありがたいね。商売敵が減るのは良いことだ」

「なんでも事務所からは、ある人物とのやり取りが発見されていて……やたら高額な報酬で依頼を請け負っていたらしいの」

「夢のある話だな」

「……アンタらも気を付けなさいよ?」

「ご忠告どうも。零細うちには来ないさ」


 警告を一笑に付して自嘲するアルバートに、おそらく本心から忠告したであろうロゼは呆れた息を吐いた。


「ごちそうさん、美味かったよ。――ワイス、帰るぞ」

「……んぁ」


 懐から財布を取り出しながら立ち上がり、寝ているワイスの頭を小突く。

 情報というピースは多いほど良い。帰ってから組み合わせて、今後の方針を考えるとしよう。


「あぁそうそう、アルバートの知り合いに可愛い女の子いない?」


 レジに立ったロゼの突飛な発言に、紙幣を数えていた手が止まる。


「驚いたな……無性生殖から有性生殖に戻ったのか?」

「あら、知らなかった? アタシって使なのよ……じゃなくて」


 ツッコミの水平チョップを胸板に叩き込まれ、アルバートは思わずよろめく。

 ロゼは冗談のつもりでも、鍛え上げられた剛腕の威力は洒落にならない。


が欲しいの。ほら、ここの従業員って男ばっかりでむさ苦しいじゃない? ま、選んだのアタシなんだけどね」

「自業自得だろ」

「新規のお客さんが寄り付かなくって困ってるのよォ――ね、お願ぁい♡」


 胸の前で祈るように手を組み、ウィンクしながら小首をかしげる偉丈夫いじょうふ。ちょっとした吐き気を覚える光景に背を向ける。


「……何人か探してみるよ。代わりに支払いはツケといてくれ」

「はいはーい♪ じゃあ利子はねェ」


 逃げ帰ろうとしていたアルバートはぎこちなく緊急停止。舌打ちして回れ右すると、苦々しい顔でレジ横に紙幣を叩き付けた。

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