ぬばたまの恋
菜月 夕
ぬばたまの恋
「ほら、お願いするんでしょ」
田舎のさびれた織物メーカーだけれど、昔ながらの丁寧な織が大手の目に留まってそこそこ繁盛しているので女子職員も多くて昼休みとなると喧しく寄っては女子会のようになっているのだけれど。今日のは、いつものやつかな。
「あ、あの。恋の願いが叶うって本当ですか」
「そうね、あなたが想いを続けられるなら。
それに神様はタナバタの神様だから、雨が降ったらもう一年、と想い続けるのよ。出来る?」
「そう。私の言う通りにするのよ。
この石をあなたがいつも身に付けてる布の切れ端で包んで抜いたあなたの髪の毛で縛ってテルテル坊主にするのよ。
決して切った髪でなく、生きた髪よ。20日間願って七夕の前の日に持っていらっしゃい。」
私は彼女の目を見ながら微笑む。
「廿日鳥(にのとり)さんのマジナイはすごいんだから。私も彼を捕まえたんだから」
そして嬉しそうに去っていく2人を見て、つんっと胸が痛むように疼いた。
私も30を超えたアラサーだ。こうして女の子達の想いを叶えているけれど一人で荒野に立たされているような錯覚を覚える。
会社から車を飛ばして20分。周りの商店街はシャッターを下ろしたままの所が多くなった。
そんな街の一角にある、緑に隠れるように建っている小さな家に帰りつく。
庭の片隅に小さな祠が建っていて、私はまずお参りをする。
祠の前に軽く立膝で蹲り指を合わせる。
後ろからカメラのシャッターの音がしたので思わず振り返った。
「あ、すみません。あまりに絵になってたので思わず撮ってしまいました」
人の好さそうなその笑い顔にちょっと警戒心が解れ「女性を勝手に撮ると訴えられますよ」と、私も微笑み返した。
この祠は街の人たちもお参りできるように表通りに向かう道が開いている。彼はそこから入ってきたのだろう。
「実は暇を見ては趣味の写真を撮りにあちこちに行くんですが、新しい土地に入る時はそこの神社や祠をお参りするとうまく行くんですよ」
「私もお参りしてもかまいませんか」
「ここは恋愛成就と機織りの神様ですよ。それで構わなければ、神様の門はいつでも開いているので大丈夫ですよ。」
「なんと言う神なのですか」
「棚機津女(たなばたつめ)と言う機織りの神なんですよ」
「七夕の由来は中国のタナバタ伝説ですよね? その神様が日本にあるんですか?」
「皆さんそう聞くのですが、本棚のタナと機織りのハタで日本古来の神様なんですよ。尤も、タナバタ伝説と日本の神が合わさって現在の七夕伝説になって、今や恋愛や縁結びの神もやってますけどね。」
私は彼の知識が予想以上だったのが面白くって笑いながら応えた。
そんな話をしたけれど、結局私たちはお互いの名前も知らないままにお別れした。それで終わりだったはずだった。
そして、今年の七夕も今夜と近づいた頃、社長室からお呼びがかかった。ちょうど担当の女子社員が居ない時には私が呼ばれるのが常なので身だしなみだけ整えて社長室へ向かう。
社長室と言っても小さな会社で社長がみんなの顔が見れる方が良いと間仕切りも無い、そんなかろうじて応接セットのある一角へ向かった。
「あぁ、廿日鳥さん。ちょっとお茶の用意などをお願いするよ。
この方は今度の取引の会社の代表なんだ。若いけれどその手腕がうちにも聞こえて来るくらいなんだよ。」
そこには先日の彼が。
「また、お会いしましたね。ニノトリさんとおっしゃったのですか。
あの時。また逢えたらな、とは思ったのですが、声に出すとあの時の流れではいよいよナンパと思われるか、と名前もつげませんでしたが。流石に霊験あらたかでしたね。」そう言って彼はあの時のほほえみを浮かべた。
「そ、そうか。君たちは知り合いだったのか。それは良い。この話はまとまったようなものだな。
いや、彼女は凄いんだよ。彼女の入社前には潰れそうで新入社員なんて、と思ってたのが妻が彼女の親のお陰で私と結ばれたんだから、と入社して貰ったんだがね、それからは次々と新しい得意先が生まれてね。流石、縁を結び織りなす機織り神社の子孫と思ったもんだよ。
尤も、七夕が遠距離恋愛のせいか君の所のように遠くからの会社ばかりだがね。」
社長のテンションは昂って、私は彼の専属担当になっていた。
彼との会食は女子職員一同の声援を貰ったけれど。
その七夕の会食の後、私は今年の願い石のテルテル坊主を預かってきた私は祠の前に禊を済ませて参った。今日は丁度晴れて天の川が良く見える。
祠に額づき、立ち上がると周りをぬばたまが隠し、私の髪が全身を覆う。私はカササギとなって彼女たちの想いを運んで、闇に溶ける。
そう、私はいつの頃からか人のエニシを結ぶ者として人になったカササギの末裔。この祠の棚機津女に契りを結んでここに括り付けられる者。その宿縁ではきっと彼とはあれで終わりとなるのだろう。 私の持った想い石が本当に心の重りとなるようだ。
それなのに。一年後、再び来月は七夕と言う頃。彼は商談に会社を訪れ、私は彼の担当として社員一同に押し出されたのだった。
「あれから名刺を作る必要に迫られ、改めまして”廿日鳥 美織“です」
「この字でニノトリですか。あ、そう言えば七夕と言えば、鵲ですね。これは隠し文字なんですか」
彼の聡明さ、勘の良さにびっくりして話が弾んでいった。
「明治に行われた神社合祀で機織り神社は廃止の憂き目を見たのですが、その時の先祖が代々の約束として棚機津女様のご神体を地所に隠したのだそうです。その時に名前も隠したのです。
なにしろ、女の神で祭主も女性だったので当時の男系優先の社会からも守らねばならなかったらしいの。」
そんな私達を社員たちは暖かい目で観てたらしいのだけれど、二人が気付く事は無かった。
そして7月。今年の願い石を女子職員たちから貰おうとすると「これは私達のムスビを尽くしてくれた貴女への願いなの」私は手に余る程のテルテル坊主を渡された。
そしてその夜、私は翔ぶ。
「来てしまいました。これはヌバタマの夢。貴方が断ればこれは一夜の夢になるわ。こんな私。あの祠と神に括りつけられた者。それでも私と一緒になってくれますか」
「え、沙織。あなたの両親、それからずっと遠距離恋愛?」
私は両親のなれそめを脚色しながら友達たちと騒いでいた。
「結婚してからも、パパは忙しくて中々こっちに来れないせいか、会った時は大変でね。小さい頃は良かったけどサスガに今はあの雰囲気に入り難くて。
それより、この石をあげる。願いは届くのよ。
ママは”今どきは女の子から飛び込んで行くのも良いのよ”って言うけど。まずはこの想い石に託してみるのよ。」
パパがママの言った言葉を聞いた時の顔はもういつものイケメンの片りんもなかったわ。
二人の結婚も密やかに行われ、夫婦別姓で廿日鳥の名が残り、私がそちらを名乗るのも、まるで約束された図り事のようだった。
そして私はぬばたまの夜に翔ぶ。想い人の願いをその翼に変えて。
ぬばたまの恋 菜月 夕 @kaicho_oba
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