憑いてるあいつ

菜月 夕

憑いてるあいつ


第一話 プロローグは風呂ローグ


 …泣いている女の子が公園に居た。

 そうだ、これはあの日の夢だ。あの日、幽霊を怖がって暗くなりかけた公園から帰りそびれているその子に俺は声をかけたんだ。

 「怖くないよ。僕が守ってあげる。」引っ越したばかりで何も知らない僕・俺は声をかけて、そのかわいい子に精一杯のアピールをしてしまったんだ。


 魁、そろそろ起きなさい!ヒカリちゃんが来るわよ。

 俺は重い布団をこじあけて朝の支度を終わらせて玄関を出た。

 そこには待っていた様に現れ、輝くような顔で美少女の佇まいをしたヒカリが。

髪を細かい織り込みにしたハーフアップにして、一片の隙も無いブレザーの制服のよく似合うやつだ・

 ヒカリは「はい、いつものお弁当」と俺に包みを渡し、俺は物憂げにそれを鞄に押し込む。そしてヒカリはそのフユンとしたかたまりを俺に押し付けてきた。

 「うん、また大きくなってないのか?それ。」

 「わかる?重くて邪魔なんだけどねぇ」

 女子の大半を敵に回すだろうその言葉を聞きながら、俺はため息をついた。

 世の中の大半はこんな美少女がお弁当を持って迎えに来るなんて『爆発しろ』と言うだろう。むろん俺だってこいつの中身さえ知らなければそう叫ぶだろう。これには深い訳があるのだ。

 俺は麻蔵(あさくら)魁(かい)。この美少女ぜんとしたのは髪(かみ)織(おり)光(ひかり)

 こいつはその光をまき散らすように商店街を抜けていく。

 見かけた人がすべて声をかけ。ヒカリはその一つ一つに挨拶を返していく。

 通りかかった町会長がそそくさとヒカリに寄って来る。

 「ヒカリさん。いつものことなんですが…」

 こいつの家はその手の面倒事を裏で片付けるのを生業(なりわい)としているのはこの町の人ならだれでも知っている公然の秘密だ。町の人は敬いつつ畏れている。そう、それを知らなかったあの日の俺は…。


 朝から気怠さを増すような雲行きだったが、学校はいつもと変りなかった。ただ、帰りの支度をする頃には雨が降り出した。傘はヒカリが持っていた。

 そしてその帰り路の途中の打ち捨てられた廃屋に着いた時に雨はことさら酷く打ち付け、俺たちの行く手を阻むようだった。

 町の過疎化で増えてきた廃屋だが、こういうところには邪気・忌み気が溜まり易い。さっきの町会長のはこれか。

「かいちゃん、来た。」ヒカリはつぶやき、その廃屋に向かい出した。俺は不承不承の態で後に従う。


 「高津(たかつ)神(かみ)、産(むす)霊(み)たましたる御神(おんみ)・櫛名田比売(クシナダヒメ)の神、我が名・髪織の神降(おろ)し、神来(かみろい)御願いたて祀(まつ)らん。

 忌みし御霊(みたま)打ち払う力、我が髪より降り来りてその闇を祓わん」


 言霊(ことだま)に幾重にも重ねた意味・神(か)霊(み)を力となす髪織の技だ。

 祝詞(のりと)とともにヒカリの髪がするすると解け、神気を帯び始めるとその手のチカラなどの無い俺にもその姿が見えるようになる。

 「かいちゃん、手を」

 「おうっ!」俺はヒカリが俺の拳にその霊力(チカラ)を預ける。

 瞬間、膨れ上がったその気・鬼は邪気を幾筋にも伸ばして俺を打ち付けんとする。その隙間をかいくぐる。目の端に邪気に当たった草葉が精気を無くし色を失う。

 「ここだっ」ヒカリが発した神気が示したその核を俺の気も乗せて突いた。

 邪気は霧散していく。

 伸ばされた時間が戻され、あっと言う間にも思えたが気が付けば俺たちは雨に濡れそぼっていた。

 「うーん、かいちゃん。濡れちゃったね。かいちゃんの家は誰も居ないでしょ。ボクの家ならすぐにお風呂に入れるし、どうせご飯も食べて行くでしょ。ボクは禊をするから先に入って。」そう言って、裏庭にひっそりと隠された祠に向かう。そこで忌(おみ)霊(たま)の奉納をしないとまた、忌(いむ)気(き)が依ってしまうのだ。

 ヒカリの家は、表は美容院だが裏はこうした悪霊(オニ)を祓う仕事もやっている。

 なんでもその昔は大きくやっていたらしいが、明治維新で入って来た地の理(ことわり)も知らない侍たちにその力を忌(い)まれ、力を財とともに隠して市井に紛れることでその血脈と技を保ったのだと言う。

 そのせいかちょいと見には普通の店舗付きの二階建てだが、中身はしっかりとしたいかにも高そうな家具と内装だ。そこの風呂もかなり広い総檜の風呂だ。これも鬼(お)祓(はら)いのお礼だったらしい。

俺の家は共働きなので引っ越してすぐに俺を通じてこの髪織の家と意気投合してからはこうして世話してもらっている。

 ガラッ。浴室の引き戸が開いてヒカリがそのあられもない姿をあまつ隠さず現れる。

 「お前なーーーー」

 「だってボクも濡れて冷えちゃったしーー。二人で入っちゃった方が早いし、それにかいちゃんも興味あるでしょーー。こういうの。」

 そう言ってその形の良い双球を持ち上げる。

 「お前にソレが無かったらな」俺はため息をつきながらヒカリの股間についてる俺のと同じブツを指さした。

 こいつはホントはオトコだ。なんでもあの神降りは女神(おんながみ)を顕現するので、何度もしている内に肉体の女性因子が活性化してアソコ以外は完璧な女の子になって来てしまったらしい。

 ホントにあの時は可愛すぎる女の子としか思えず、守り切ると誓った俺がバカだった。

 ヒカリはそんな俺を気にすることも無く俺にそれを押し付ける。

 男同士で肌突き合わせても面白い訳もないだろう。

 俺は深い深いため息をついた。

 こんなことしてるからあの時も…。



  第二話  「バトルはお約束してから」


 ふつふつとその気がやつの身体から巡りその右手に廻って行くのが判る。

 俺も丹田から発した気を一呼吸早く右足から左の拳に移し、体をほんの僅かやつの拳をいなしながら躱して俺の拳を。

 「ふっ、上達したな」

 こいつは髪織源一。ここは美容・髪織の地下道場だ。

 源一は俺の拳と気を危なげもなく躱して言った。

 

 「気の巡らせ方は私より早くなった、だがまだそれが表に現れすぎる」


 あの日、ヒカリを助けてここの家族に気に入られ、よりヒカリを助けれるようにと髪織の体術を習い始めた。

 髪織はその能力から狙われることも多かったためにこちらの技も磨いてきたと言う。

 ヒカリの実態を知らず、即答して始めてしまったあの日のオレを呪いたい…。

 「だが、まだヒカリはやらんっっっ!」

 「あいつは、オトコだぁーーーっっ!」瞬間膨れ上がった気が全身を充たし地を蹴り一拍で距離を詰め、身体を低めから上に回転しながら上に伸ばし、蹴りを放つ。源一が顎をちょっと引くだけでそれを躱す。

 それが躱されるのは承知の上っ!俺の蹴りの回転は止まらず飛び上がって降りた反対の足をそこから強引に下へ。

 ずんっ。 源一は倒れこんでいた。

 「み、見事だ。ヒカリを頼んだ」

 俺は冷たい目をしながら倒れた源一に更に足刀で畳みかける。


    「い出早 先早 救急如律令」。源一郎のつぶやきが聞こえた。


 ふっ、と源一の姿はそこに無い!オレは後ろの首筋に冷たいものを感じる。

 「容赦の無い、相手の闘気を絶つ一撃、君の想いは受け取った。だが少し気をその前の一撃で使ったために緩んだな。」

 「き、汚ねぇ。髪降りの神気を使ったな」

 源一の纏う神降りは韋駄天。そこまで使われたらまだ神気に至らないオレが勝てる道理も無い。オレは暗闇に落ちた。


 気が付くと目の前にはヒカリの形の良いピンクの唇が。その甘く柔く、思わず吸い付きそうになる唇が…。

 俺はずさっ、と飛び上がりながら離れる。心臓がバクバク鳴り出す。

 俺もヒカリも上半身はナニも着ていない。

 「あ、かいちゃんー。起きちゃったぁ?

まったくパパったら、下手に神気を使ったらまだかいちゃんには毒なのにぃ。ボクも神気を細かく使うのには素肌を通さないとコントロールが難しいのから調整しているうちに一緒に寝ちゃったぁ。」

 ヒカリは男だ。俺は、ナニも無かった。ナニも無かった、と自分に言い聞かせるように心の中で繰り返し、心臓の鼓動を収める。

 道場から上がる途中で縄でぐるぐる巻きにされた源一が転がっていた。きっとヒカリにフクロにされたのだろう。

 風呂上がりに道場に連れ込まれて倒されたが、今のヒカリはいつもにもまして艶々としている。まったく、こんなヒカリだからと風呂場で思い出したのはあの日の事だった。


俺はあの日、学校の部室で今日も絵を描いていた。

 そう、俺は髪織の訓練もあるために運動部にも誘われるほどではあったが、あんな汗臭いことはあの親父さんだけで充分だ。それに "髪織の技をみだりに見せたり使うのはならず"だし、これも修行だ。

 髪織に属するものは自分なりにその技を磨かねばならない。

 俺はカンバスに色彩を降して行く。紙に色を下ろす。これも神降りだ。

 いわゆる自己催眠のようなものである。

 言葉と言霊をそうして気と共に重ねることによって神気を導き易くするらしい。

 う、気が乱れたようだ。顔を上げると丁度そこに誰かが入って来たようだ。

 「あ、あの。麻蔵さんですか?こ、これをっ。」何か可愛い封筒に入ったそれを差し出した。

 たしかこいつは最近転向してきた…。

 「俺はノーマルだから恋文ならいらんぞ」名前も覚えていないそいつは。

 「ち、違いますっ。実は果たし状を持たされて。」しどろもどろに慌てながら答えた。

 またか。そう言えば隣町に最近勢力を伸ばしているグループがいるって聞いた事がある。こいつはそっちの町からのやつだったか。

ここの町の習わしもまったく知らないと言う事は不幸なやつらだ。

 だがこういう一般人まで被害を及ぼすなら、「判った。そいつに言ってやってくれ。デートは二人っきりで行いましょう、と伝えてくれ」そう答えてその不幸そうな学生を帰す。

まあ、きっとそうはならないのだろうがな。その背中に独り言をつぶやいた。


うっとおしいやつらだな、やはり10人は居る。

次の日。町はずれの人も寄らない草原に向かった俺は周りの気を探った。

 「デートに保護者付きかい?」相手を挑発すれば気が立ち易い。

 「ふ、ふざけた返事を寄こしやがって。やい、ヒカリさんと別れろ」

 その鬼瓦のような顔をしたやつが叫ぶ。きっとこいつがリーダーだ。

 俺はため息をつきながら「やめとけ、ヒカリに関わると不幸になるだけだぞ」。俺は聞く耳はもたない奴らだろうが忠告した。

 「うるせぇっ、フクロにしてやる」

 その言葉を言い終わる前に俺はそいつの右手の子分側に回って死角に入る。こいつらの気の流れ程度ならその先を取るのは簡単だ。

 奴が虚をつかれているうちにその子分を別の子分に向けて蹴り飛ばす。これで二人。

 「ひ、卑怯な。美術部の軟弱者って話じゃないのかよっ」

 「デートに何人もで押しかける常識知らずには、言われたくないがな」

 やつらを煽りつつ死角の多い所へ回り込み続ける。そこへ。

 「かいちゃーーん。がんばってぇーーー」。間延びした雰囲気ぶち壊しのヒカリの声がした。

やっぱり悟られたか。俺はがっくり肩を落とした。

 俺が気を落としたのを弱腰と観たのか残りのやつらも現れる。

 しゃーないなーー。

あんなでも親友だしな。


 「さて、残ったのはお前ひとりだが、どうする?」

 「は、いつの間に」鬼瓦男は目を瞬いた。

 「そういうのはお約束なんだよ。雑魚はザコ。デート(バトル)のお約束はしっかり守るもんなのさ。」

 単純なヤツだ。俺のアオりに反応してしゃにむにに殴りかかるヤツをスルリ、スルリと躱す。

 だからそんなヤル気に任せた攻撃は髪織の修業した俺には見えるのだよ。

 肩で息を弾ませ始めたヤツの拳を払いながらその腕を巻き込み投げるっ。

 しまった。ヒカリの方に…。

 そいつは地に打ち付けられるも懸命に立とうとし、その手がヒカリの胸に当たる。

 「か、かいちゃんにしか触られた事ないのに!」

 だからそういう誤解の生むような。

 思ったよりタフな奴だったらしい。ヒカリの言葉で俺にいっそう怒りの気で立ち上がってこちらを睨むもその後ろでヒカリがつぶやき出していた。


 「忌(おみ)霊(たま)… 贄(にえ)霊(たま)…」


や、ヤバ切れてる。ヒカリが祝詞(のりと)、しかもそこらの忌(いむ)気(き)-こんなやつらだ。陰気はたっぷりだろう-を集めてそれを贄(にえ)とした呪法(のりと)を唱えだした。俺は思わず、ずずずっと後ろに下がる。

「はははっ、この卑怯者をみろ!」俺を嘲笑いヒカリにアピールするが、俺は「バ、バカ。早く逃げないと不幸が!」俺は叫びながら忠告する。

「忌(おん)敵(てき)、忌(いむ)霊(たま)捧げ祀(まつ)らん」俺がのしたこいつらの忌気を纏めて神に奉納する。その光がヒカリを中心にその場を充たす。

俺はかろうじてその影響下から離れた。実際の話、ヒカリは俺より強い。

髪織の女業(おなわざ)(神舞)・男業(おのこわざ)(神威)の両方を修め、神業まで使えるのだ。

普段の忌魂の浄化はもっぱら未熟な俺の訓練なのだ。

まったく、不幸なやつらめ。忠告を聞かないからだ。

後にこの鬼瓦男の行方が風の噂で伝わって来た。あの後奴らは自然解散し、ガチキモ系ゲイバーにその姿を見たという。女神の気を浴びたせいでオトコしか好きになれなくなったのだろう。女性恐怖症にもなってしまったかもしれない。


 そんな回想を終えてヒカリを見る。その美少女ぶりがより艶やかになっている。俺とハダカで寝てたというのに。

ホ、本当にナニもなかったんだよな。心の中で呟きながら輝くようなヒカリの顔を見る。

まったく…。おれは深い深いため息をついた。



…走っている。少女は走っていた。追われているのだ。そしてその道の行く先が袋小路となっていることも気づかず…



  第三話 危険なデルタゾーン


 俺は、母に声をかけて日課のジョギングに出かける。

「塊、また昨日も髪織さんのところでお世話になったの?

ほんと。いつもご迷惑かけてるのに。

私はヒカリちゃん可愛いし、この辺の高校からヘタな会社に行くより理容・髪織で手に職を持つのも良いと思うから嬉しいけど」

 さすがにうちの母も髪織が見かけだけでなく、町の影の有力者と言うのを察しているらしく、ヒカリとの仲を進めようとする。

 まったく。内情を話す訳にも行かず俺はため息をつく。

 そして、俺は少しずつスピードを上げながら走り始める。

 薄暗くなり始めた街は夕闇に紛れて視覚が思う様に効かない。それが訓練になるのだ。

 自らの息・意気を発し、周りの気・鬼を感じるように薄く広げる。

 

…走っている。少女は走っていた。追われているのだ。そしてその道の行く先が袋小路となっていることも気づかず…


 学校のクラブの片づけが思うより手間取ってしまった。

 そうだ、ちょっと近道しちゃえっ。私はそう思って繁華街の細い裏道に入ってしまった。

 そしてもうすぐ抜ける、という頃に横から人相の悪い男が二人で現れ、私に絡んできてしまった。

 こ、こういう時は「あ、お巡りさんーーっっ!」大きな声でそいつらの背後に向かって手を振り回す。そしてフッ男たちがと気を逸らした瞬間、回れ右でダッシュっっっ!!!!

私は元の道に向かって走り出したけど、奴らは私を揶揄う様に、道を遮っては誘導するようで、どんどん知らない道に入り込んで行く。

 そしてその曲がり角に入ると目の前には袋小路の壁しか無かった。「も、もうダメ」。

 息もすっかり上がり、私はその壁にへたり込みそうになった。


 かなり暗くなってきた。こういう時こそ忌気が目覚めだす。そしてその街角にさしかかってそれを感じた。忌気だ。

「おいおい、そんな女の子に二人がかりかい?まあ、モテ無さそうな陰気なツラしてるとは言え、大人げないとは思わないのかねぇ。」

「なんだてめぇ、俺たちはこの子が遊んで欲しいと言ってるから話しあってるんだ。邪魔すると痛い目に合うぞ。俺らのバックには青蘭会もついてるんだ」

「ああ、あそこか。あそこの親分さんもお前らみたいなのを面倒見なけりゃいけないとは難儀なことだな」

 ここの地元の地回りの名を出してしまったら、ただでさえ警察ににらまれてるのに締め付けが厳しくなるだけだ。そんなことも知らないで意気がってるこいつらなど、サンシタ以下だ。

「うるせぇっ!」

 小さい方の男が早速キレてなぐりかかってくる。

「正当防衛って知ってるかな。」俺はその拳を左手でいなしながら懐に素早く入り、肘を決める。男は悶絶しながら地に沈みこんだ。

「さあ、この辺りにしてこいつを担いで帰った方が良いぞ」

 もう一人は青筋を立ててナイフを取り出した。

「素人相手にそんなものを振り回すとは。親分の教育もなってないな。チト痛い目を見て警察の厄介になって貰うが、変な気を起こすなよ。髪織の所縁の者と関わったなんて言ったら、お前らあの組からもまともな扱いを受けないからな」

 ナイフも拳も同じだ。一番痛い所に当たらなければ良いだけだ。しかもこいつのナイフは素人と大差ない。下手に振り回してたら…。

 そいつの踏み出した足に足刀を入れて払う。男はたちまちひっくり返り、ナイフを持ったまま倒れ込みがてらそこにあったゴミ箱に手を打って撥ね飛ばされたナイフがヤツの太ももに…。

 髪織に関わったら不幸になるというのに。「あー。ほら。警察と救急車を呼んでやるからじっとしてないと出血多量だぞ」

 叫びまわる男をしり目にスマホで警察に電話をして事情を話しながら救急車も頼む。そして目を丸くしている女の子に話しかけた。

「済まんな。こんなバカな輩だが、怖い目を見せてしまったな」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

「うんっ、その制服はうちの高校のかな。俺は3年の麻倉と言う。」

 暗がりにへたりこんでいたようなその女の子はほっとしたようにお礼をしだすが、「ここにいたら面倒だから早く帰った方が良いよ。俺はこいつらを見捨てるのも遊んだ間柄だからなぁ」俺はため息をつく。

「いえ、襲われたとは言え、相手は怪我をしてるので。私の証言もあった方が良いと思います。元々、私がこんな道を通らなければ」

 女の子は気丈そうに言っていたが、その顔は青ざめている。

 それでも彼女は警察の事情聴取まで付き合ってくれたが、警察も俺と髪織の名を聞くと手続きだけで終わり、俺は念のために彼女を家の近くまで送る。

 さて、伊織さんにも報告はいれないとなぁ。「ああ」。思わずため息が出る。ヒカリの母親の伊織さんはあれもまたオヤジとは別の厄介さがあるのだ。

「あら。かいちゃん。いらっしゃい。ご飯は用意してあるのよ。それともトレーニングして来たからお風呂?それともヒカリ?」

 思わず脱力しそうになるが、なんとか気を取り直して夕刻の出来事を話す。

「まあ、青蘭会の若い者が。親分さんに話をしてあげなきゃねぇ」。

 そしてスマホで電話しだす。その姿を改めて見ると、ちょっと見た限り、ヒカリの少し上の姉にしか見えない。まさに美魔女だ。

 さすがに母性のオーラが彼女の艶っぽさを引き立てているお陰でかろうじて母娘に見える。こうして立っていると母親の鏡としか見えない包容力だ。いや、その胸のことではないぞ。その母性だ。

 これ以上、伊織さんに付き合っていると何を言われるか。

 可愛いものが好きで小さかった頃のヒカリに女の子の服を着せたり、俺とヒカリの事も面白がっているのだろう。ヒカリと俺を結び付けようとする。

 俺は早々に撤退を決めて家に帰った。


その翌日の昼休み、ヒカリの作ったお弁当を二人で食べている所に昨日の女も子が現れた。

「あ、麻倉さん、昨日はありがとうございます。改めまして根(ね)古屋(こや)灯音(あかね)と言います。お二人の仲は聞いていますが、私と付き合ってください」。

「まあっ、可愛いっ!」ヒカリはやって来たその娘をそのふくよかな胸に思わず、と言った風に抱きしめる。

 あああ、そんなことしたら。胸の谷間で呼吸を妨げられて呼吸困難になって行く女の子の様子をクラスの男子どもは思わずガン見してしまう。

でも、そろそろやめないと。俺はヒカリをタップして女の子を離させると、彼女はとろーんとしたままだ。

これはアレだ。俺も髪織と付き合う様になって宗教絡みの勉強もした。

これは新興宗教などでも良く使うイニシエーションのような効果だ。

「お、お姉さまぁ」

ほら。いわゆる臨死体験や極限を味合わせてその救いを眼前に現す事でその心を捉えてしまうヤツだ。

それでも彼女は頭を振るって「ま、負けません」。ヒカリの胸を見ながら言った。

さすが、昨日のヤクザ者との出来事にも気丈にしていた娘だ。かなり根性がありそうだ。俺たちは一見ラブ熱カップルに見えるし、そこに入って来るだけはありそうだ。

「わ、私も明日、お弁当を持ってきます」。

その口に残っていた出汁巻きを放り込む。

「お、美味しいーーー。この深みのある出汁が卵の味を引き立ててかつ、その味を損なわない」。

そう、ヒカリは無駄に女子力が高くてその料理もプロ級だ。

これに馴らされてる俺は胃袋を掴まれていることになるのだろうか。

「ま、負けませんーーー」。彼女は走り去った。

そんな様子をクラスの皆は微妙な顔をして眺めていた。

学校と言うのは陰の気が集うところ。この事があんな物の引き金になるとは流石にその時の俺は知る由も無かった。


灯音は思わず教室から逃げ出し、自分のクラスに帰るにも足取りが重くなり、校舎の外の体育館の裏手へと向かった。

そこから出てきたのは子猫だった。灯音は数日前からここで子猫の面倒を見ていた。あそこで出しそびれたお弁当箱から子猫に食べれそうな物を見繕う。

「ホントは飼ってあげれれば良いんだけど、ゴメンね」。

 灯音は先ほどの事を思い出しながら、私にもっと魅力が有れば、そう考えていた。その背後から学校と言う名の学舎・魔靡舎(まなびや)の忌気が集まって来た。


 それはもう五時限目も終わる頃。俺はびくっ、と立ち上がった。となりでヒカリも。一瞬、目を合わせて「先生、ヒカリの調子が悪いので保健室に連れて行きます」。

 俺たちはその忌気の元へと向かった。

  体育館の中は暗幕が無いにも関わらず暗さがよどんでいた。

「闇(やみ)鬼(き)」。俺たちは猫鬼と灯音が融合してしまった闇鬼を見つめる。それは忌の気が周りの者や人を囚り込み、より強い鬼・忌になってしまったものだ。

「魁ちゃんっ!」ヒカリはそのふくよかな胸で神気を温めていた扇を取り出した。本気だ。かなりヤバい相手らしい。しかも灯音を痛めてはいけないだろう。なんて縛りプレイだ。

  俺の役目はヒカリの矢面に立って時間を稼ぐことだ。

 シャランッ。凛とした鈴の音が響く。ヒカリは手足に鈴を顕幻させ舞い出す。神舞だ。

  俺は闇鬼を俺の気で誘導しながらヒカリから鬼を離す。

  ズサッ。なんて速さだ、忌・気の歪みでかろうじて避けた鬼の動きに舌打ちをする。

  それでも俺はヒカリを守るとあの日、約束したんだ。

  こんな奴だが、ヒカリは俺の親友なんだ。

 

  「高津神、禍津神、神舞い致しまする御名・髪織の舞巫女が

申し上げ奉りましたる霊・鈴奉じまして怨敵を縛らむ

  我が髪、その縛り手となりて魔魅られし者の楔とならむ」

 

は、速い。俺はその動物的な動きに翻弄され、ついて行くのが精いっぱいだ。しかし、こいつは猫だ。獲物を弄んでいるっ。それなら戦い様が有るはずだ。

 俺は胸ポケットの生徒手帳から気を込めながら一枚破って丸めた紙を「紙折り」と呟きながら投げる。闇鬼・灯音がそれに気を取られているうちに。「それは一時しのぎ。これが俺の神降りだ」。

未だ神気には及ばないが、気を込めて折った紙飛行機は鬼が届くか届かないかを飛び続ける。

それをもう一つッ!

 その時、リンっと清涼・聖鈴たる音が魔を祓う。


我が髪、神籬てその魔の結界と成す

 

 その祝詞と共にヒカリは自分の髪を抜いて顕幻した鈴と一緒に俺がやっと誘導した灯音に投げる。

 髪と鈴は絡まり合い灯音に纏わり、縛って行く。


 そこには首に鈴をつけた猫娘の灯音が。

 「そう言えばこの子の名字は根古屋だったよね。奥州街道の要所に有る地名から来てると思うけど、猫屋とも名乗られてるからネコと相性が良すぎたのね」。猫娘・灯音はすっかりヒカリに懐いていた。

 俺は息を吐いて近付くと、灯音は威嚇し始める。

「彼女はこのまま、ボクの使い魔にするしかないね。ボクの神気がつながっていれば人としての姿も顕現できるからね。でもさっきの立ち合いでかいちゃん敵視されちゃったね」。

 ま、それだけで済んで良かったか。俺はその時はそう考えた。


 翌日、ヒカリの弁当を食べていると灯音が現れ、「あ、麻倉さん。私、ヒカリさんに負けませんから」。

 どうも彼女は使い魔でいる間の事は忘れているようだった。

 どうしてこんな複雑な事に。俺は深く深くため息をついた。


 そんなかいちゃんを見ながら私は心の中でそっとつぶやく。


 これは呪(しゅ)であり願。魁ちゃんは私が女神(おながみ)を神降しした時には完全に女性化している事迄はきっと気付いていない。そしてこんな私のままで結ばれる事が出来たら。

 「だって、ママだって」。ヒカリの言葉は闇の中に消えていった。


第一部 完

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