ハルのこえ、アキのうた

壱乗寺かるた

プロローグ

『ぐっもーにんおはよーさん! 今週もやってまいりました愉快痛快全開時間! 楽しみに待ってたオマエらに最大の愛をっ! つー訳で、今日のテーマは愛だ! オマエら、守りたい人は居るか? 笑顔を見ているだけで幸せになれる、そんな存在はあるか? もしあるなら、オマエの人生は大成功のオールオッケーだ。胸を張って生き残れ! くだらねードンパチ騒ぎを鼻で笑ってやれ! そして大切な人を一生離すんじゃねーぞ! 俺との約束だ忘れんな!

 んじゃま、行ってくるんでさよならだ。なんつーか、今回は正直ちょっと厳しめ。エースが六機にその他が十五機。そりゃ無理無理絶対に無理! こっちの体は一つだってば!なーんて愚痴りたくなる展開だ。それでも死ぬ気なんてさらさらねーぞ。自己犠牲なんてまっぴらゴメンだ。生き残ってこその人生だろ? まだまだやり残したことはいくらでもあるからな。元気に来週また会おう! シーユー! ナツでした!』


 この放送を最後に、アルト国が誇る優秀なる飛行機乗り、ナツは命を落としたと言われている。ただ実際、アルト国が誇る、という言い方は正確では無い。ナツはあくまでも、空軍からは退役したということになっている。それでも彼に頼るしかなかった、ということがアルトの弱さとも言えた。

 空色の戦闘機は誰よりも優雅に宙を駆け回り、誰よりも華麗に敵機を薙ぎ払い、そして誰よりも陽気に勝利の凱歌を唄った。その電波は風に乗り、アルトの人々の心を慰めるとともに、日々を暮らすうえでの娯楽となっていた。ナツの声は、荒んだ心を潤す希望に満ちた、喜びの歌だった。

 しかし、その歌はもう流れてこない。ほとんどのチャンネルは空襲警報で埋められ、たまに流れる飛行機乗りの凱歌は、アルトの人々にとっては憎むべきハルバルの連中の野太い声ばかりになっている。

 

 だからこその噂だった。

 そんなはずがないことは分かっている。

 それでも何かに縋るように、人々は小さな希望を会話の端々に乗せる。

 本当に見たんだという者が居れば、ええそう私も、確かにあれはナツの飛行機だった、あんな美しい機体はナツに違いない、そういえばあの時――と、話はどこまでも膨らんでいく。

 まるで空に溶け入りそうな青の飛行機。

 華麗で優雅なアルトの希望。

 それはいまもなお、助けを求めればどこからともなく現れ、颯爽と去っていく。唯一今までと異なる点は、勝利の凱歌を唄わないということだが――人々はこう噂する。

 少し寂しいが、彼もようやく自分の音痴に気付いたのかもしれない、と。

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