第94話「帝国の事情」

 帝国はユーグが暮らす王国から見て北部に位置し、広大な領地と複数の民族を統治する国家だ。


 領地は広くても貧しい地域が多いというのが、帝国の積年の課題である。


 豊かな土地と富を生む海を持つ王国を屈服させ、利益を吸い上げたいという考えは長らく主流だった。


 ただし、王国はそんな容易な相手ではない──帝国にとっていまいましいことに。


 また帝国は国境を接するすべて国家が敵なので、一国に戦力を集中することが不可能に近いという事情もあった。

 

 帝国の西は連合王国、東には連邦がひかえていて、連邦の南には皇国もいる。

 連邦と皇国の仲が悪いのが帝国にとって救いだろうか。

 

 そんな事情の中、帝国の当代皇帝、ユリウス・ネルヴァ二世はイライラしていた。

 

「撃退されたか。王国め」


 王国との小競り合いに敗北したからである。


 探りが目的だったとは言え、積年の宿敵に大して戦果をあげられずに撤退するしかなかったという事実は、彼を不快にさせた。


「目的は達成したのです。勝敗という些事に気を取られぬほうがよろしいでしょう」


 遠慮のない発言を至尊の玉座にすわる主君に投げかけたのは、グラハム宰相だった。


 グラハム宰相は先代皇帝のときから仕えていて、まだ四十になったばかりのユリウス・ネルヴァ二世に全面的な信頼を寄せられている老人だ。

 

「ああ、<王国三大戦力>の実力を調べるのだったな。グラハムは報告をどう見る?」


 皇帝からの問いに、グラハム宰相は飄々として答える。


「意外と大したことがないという印象ですな」


「ふむ。続けろ」


 皇帝の言葉を受けて、グラハム宰相は続きを言う。


「たしかに侮れない相手ではあります。一対一で帝国の誰よりも強いかもしれません。ですが、精鋭をぶつければ制圧することは充分可能かと」


「我が精鋭たちを蹴散らす猛者ではなさそうか」


 続きは皇帝が口にする。


「御意」


 うやうやしく応じたグラハム宰相を見て、皇帝は「ふむ」ともう一度言った。


「であれば、どうにでもなるか」


 皇帝の自信は根拠がないわけじゃない。

 なぜなら、帝国の動員可能兵力は王国を格段に上回っているからだ。 


 いくらネフライトが手強くても、数で押して疲弊したところを、精鋭をぶつければいいなら、勝算はある。


 そしてこの戦法は帝国が得意とするもので、領土拡大に貢献してきた。


「念には念を入れるなら、残りの<三大戦力>とやらも調査したいものです。もしかしたらネフライトが一番弱いかもしれませんからな」


 グラハム宰相はあくまでも飄々として言う。


「それはそうだ。いきなり我らに奥の手を見せるほど、王国の奴らはマヌケではあるまい」


 皇帝は怒らず、むしろ納得した。

 

「であれば、もう一度探りを入れますか?」


 とグラハム宰相が問う。


「いや、ただ探るだけでは芸がない。もう少し工夫しろ」


 皇帝は首を横に振る。


 絶対権力者の意を受けて、帝国は対王国の作戦を練りはじめた。

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