第26話「大人の対応」
ボネを先頭に森に入って、最初に遭遇したのは狼の群れだった。
いずれもおびえていて、俺たちに気づいても敵意を見せない。
まるでそれどころじゃないというように。
「班長、狼はどうします?」
「脅威にならないなら後回しだ」
ボネの返答は速い。
あの群れが森林の外に出たあと、領都の人々にとって脅威になるかもしれない。
だが、狼の群れがおびえて逃げ出す原因を探るほうが優先度は高いのだ。
消耗を避けるためにはやむを得ないだろう。
次に奥からこちらへ走ってきたのは一頭のフォレスクマだった。
「フォレスクマが逃げているのか!?」
誰かが驚きがこもった叫びをあげる。
クマは下手なモンスターより強かったりするからな。
もっとも、臆病な生き物だからリスクがあると判断した時はすぐに逃げるから、より強い存在がいるとはかぎらないんだが。
「フォレスクマは無視できないな」
狼の群れとフォレスクマだと後者のほうが人を襲う可能性が高いからだろうな。
「ユーグ、頼めるか?」
とボネが言う。
「わかりました」
まさかいきなり出番が来るなんて……未知の脅威を想定するなら、ここでボネが消耗するのはよくないと思ってはいたけど。
フォレスクマの体長は成人男性の四倍くらいはあるだろう。
重厚な筋肉に衝撃を緩和する緑色の体毛を持ち、物理攻撃にはめっぽう強い。
魔法を使えば攻略できる相手だから、俺にとってそう脅威じゃなかった。
森林の中なので《火の矢》と《雷の矢》は使わないほうがいいだろう。
万が一火事になったりしたら目も当てられない。
「《水流弾》」
必然的にいま使える攻用魔法は水属性一択だった。
俺が生み出せる水の弾丸は全部で六つで、ひとつひとつは成人男性の握り拳くらいだろう。
「水の弾丸!?」
「あの数を一度に打ち出した!?」
「彼は水の属性の適性まで持っているというのか!?」
なぜか後ろの仲間たちから驚きの声があがる。
あれっと思ったが、まずは目の前のデカブツに集中しよう。
フォレスクマに殴られたりしたら、ひ弱な俺は確実に即死する。
ところが、水の弾丸はフォレスクマの頭部を貫通して、血しぶきが舞った。
……あれ? フォレスクマってこんなに弱かったっけ?
首をかしげる俺の後ろで大きなどよめきが起こった。
「す、すごい!」
「あのフォレスクマを瞬殺!?」
「し、信じられない」
「彼はまだ十二だろう!?」
何か後ろを振り向くのが怖くなってきたんだが、そこにポンと左肩に手が置かれる。
視線をやると手の主はボネだった。
「さすがと言うべきか。俺は手加減されていたんだな」
彼の発言にぎょっとして俺は確認する。
「いや、ボネさんなら、フォレスクマには勝てますよね?」
すくなくともさっき倒した個体は、どう考えてもボネより弱いはずだ。
「まあな」
彼はうなずいたあと、
「だが、お前さんの本領は攻用魔法と体術の併用じゃないか?」
と聞いてくる。
専門は攻用魔法で体術は苦手なんだけどなあ。
とても言えないような空気だったので、ついつい首を縦にふってしまう。
「だろうな。本題に戻ろう」
ボネは納得したあと、すぐに視線を前に向ける。
「フォレスクマはモンスターじゃないが、ボス格のモンスター相手でもしっかりと自分のなわばりを確保するやつだ。それが逃げていたとなると……」
彼が語尾を濁したのは断定を避けるためだろう。
だけど、彼の言いたいことはよくわかる。
フォレスクマが逃げるように森林の入り口近くまで来ていたとなると、高い確率でもっと強いモンスターか何かが現れたということだ。
「森林の生き物が落ち着きないのはそれが理由でしょうね」
と俺が言うと、
「ああ。モンスターか、それとも火事か何かが発生したのか」
ボネは先入観を持ってほしくないらしく、他の可能性を示す。
「そうですね、すみません」
調査する人間が決めつけるのはたしかによくない。
「謝ることじゃない。高い可能性を想定するのは当然のことだ」
これが大人の対応ってやつか、とボネのフォローを聞いて思った。
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