第20話「侯爵家はホワイトな職場」
郎党の宿舎で寝泊まりした翌朝、一階の食堂でご飯を食べる。
たまたまファシュがいたので話せる位置に腰を下ろし、彼のトレーに乗っているものを見てびっくりした。
「白パンなんて初めて見ましたよ」
正確には前世でもあったけど、貴族の食べ物というイメージが強い。
デュノ家では一回も出たことがないし、父さんだって俺の前じゃ食べたことがなかった。
いわば高級品である。
「侯爵家では郎党でも白パンと肉が食べられるんだよ。一日三食出してもらえるし、すごくいいよね」
ファシュの笑顔の発言に心から賛同した。
一日三食つきって時点ですごいのに、白パンや肉も出るなんて。
寝室もひとり部屋でベッドもよかったし、ここが天国ってやつか。
「自分で取りに行けばいいのかな?」
「うん、あっちのコーナーに行けば出してもらえるよ」
ファシュが指さした方角には、中年の男女が忙しそうに動き回っている。
「ありがとう」
教えてもらった礼を言って男性のところに寄って行くと、向こうから声がかかった。
「新入りのユーグだね」
ひと目で言い当てられ、パンとスープ、肉、果物が乗った皿を渡される。
「あいてる席で食べな。食べ終わったら食器は持ってくるんだよ」
と説明された。
「はい」
空いてる席はけっこう多いけど、ファシュの前があいてるのでそこにしよう。
「果物もついてるって、すごいですね」
果物もデュノ家じゃなかなか手に入らないものだ。
「果物のほうは単純に領都の近くに産地があるからだと思う。まあ、遠くても調達されるだろうけど」
へえ、侯爵領産の果物だったのか。
それを言ったら肉とかもそうかもしれないな。
アガット侯爵家くらい領土が広いなら、動物が生息している地域くらいあるだろうし。
「これで二〇万ゼンの俸給も出るんですね」
すごすぎだろと何度でも感心してしまう。
「大きな声じゃ言えないけど、王国軍正規兵より待遇はいいみたいだよ」
とファシュが小声で言った。
「そうなんですね」
驚いて見せたものの、内心じゃそうだろうなとしか思えない。
前世だったら食事は出るけどお粗末だったし、俸給も今の時代になおせば十二万ゼンくらいだったからね。
「そう言えばユーグって、どこの配属になったの?」
「まだ何も聞いてないですね」
と質問に答える。
「えっ?」
ファシュは怪訝そうに首をかしげた。
「採用された日に配属が決まって伝わると思うんだけど……」
普通はそうなのか。
即日採用が決まるスピード組織なら、配属先もすぐに決まる仕組みになっていてもそんなに変じゃない、のか?
「食べてから考えるよ。配属先を聞きに行ってもいいし」
聞くとしたら軍官殿だろうな。
「そうだね、そうするといいよ」
ファシュもうなずいたところで、腹の虫が大きく鳴る。
「食べざかりだもんね」
微笑ましい目で見られた俺ことユーグは十二歳だ。
身体的欲求はどうしようもないので、首を縦にふってさっそく肉から行く。
「これは何の肉?」
あいにくと食べただけでわかるほど、俺の舌は肥えていないのだ。
「鹿肉のはずだけど」
なぜか回答は正面のファシュじゃなくて、背後から聞こえた。
「アデル様!?」
ファシュは目をむいて、あわてて立ち上がったし俺も続く。
貴族が立っているのにその郎党が座ってるなんて、ありえないことだ。
「ごきげんよう、ユーグ。あなたはわたし付きの護衛として、いろいろとやってもらうことになったわ」
とアデル様が言う。
貴族令嬢が郎党へのメッセンジャーをやるなんて、前世でも今の時代でもありえない。
おそらく本来のメッセンジャーから彼女が仕事を奪ったのだろう。
「まずはわたしの護衛たちと一緒に行動して、いろいろと学ぶのよ」
「わ、わかりました」
困惑しながらも引き受ける。
断るという選択肢なんてあるはずがないからな。
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