第16話「ファシュの説明」
ファシュによって俺はまず鍛錬場と同じ敷地内にある白い建物へと案内される。
「ここがぼくらの宿泊施設で、食堂もあるよ」
「おお、そうなんですね」
と感心するとファシュはにこりと笑う。
これだけの建物、人数を維持するにはかなりお金が必要になるはずだ。
やっぱり侯爵家ってすごいんだなと感心する。
「もちろん、お屋敷で何かあった時にはぼくらが真っ先に駆けつけるんだよ。お屋敷詰めの者を除けばね」
「それは当然ですね」
そのために雇われているんだろうし、近くに住んでいるのだ。
「デュノ家の子だけあって呑み込みが早そうだね」
ファシュは満足そうに言ったが、俺はきょとんとする。
ただ、俺には前世の知識があるからいいものの、そうじゃないといちいち教えてもらわないとわからないことは多いなと反省した。
「それにしてもきみはアデル様に気に入られたみたいで、ちょっと羨ましいよ」
いきなりファシュにそんなことを言われてびっくりする。
「気に入られたんですかね?」
まあ嫌われていないことはたしかだと思うけど。
退屈していたところに新しいオモチャを見つけて、それがたまたまけっこう楽しかっただけなんじゃないかと思ってたよ。
意外そうに聞き返すと彼は苦笑ぎみにうなずく。
「アデル様、気に入らない相手とは口をきかないからね。相手が同じ上級貴族ならともかく、郎党相手なら用があってもメイドの誰かをよこすだけさ」
それはいかにも上級貴族の姫君らしいおこないだ。
ファシュの言い回しから郎党の中にも貴族、おそらく中級貴族か下級貴族がいるんだなと推測する。
「ご家族以外に自分から何度も話しかけるアデル様、すくなくともぼくは初めて見たよ」
そうなのか……と驚いたけど、ずっと退屈していたらしいことを考えれば、そんなに意外でもなかったか。
「だから気をつけたほうがいいよ。アデル様、人気あるから」
ファシュの忠告にびっくりする。
「気に入らない相手とは口をきかない方なのに?」
俺が本気でふしぎそうなのが伝わったのか、彼ははっきりと苦笑した。
「上級貴族の姫君って基本そうだし、アデル様はとてもお美しいだろう?」
たしかに美貌については納得できる。
まだ幼いけれど、あと十年もすればすごい美人になるんだろうなと思う。
「だからファンの男はけっこう多いんだ。手の届かない高嶺の花という意味で」
「なるほど」
言われてみれば美人のきつい性格なところがいい、といった嗜好の持ち主もいたな。
「気をつけろと言われても、俺のほうから正直どうしようもないと思うのですが」
納得したものの、だからこそ困ると気づく。
なぜならアデル様に話しかけられたら応じるしかないし、呼ばれたら出向くしかないのだ。
「まあね。きみの実力はお屋形様にも認められたし、直接的ないやがらせはあるとは思わないんだけど……でも、理屈じゃないからね」
ファシュの忠告がやけに老成しているように感じられる。
「もしかしてと思うけど、あなたも似たような経験があったのですか?」
まさか俺と同じ転生者じゃないだろうと思ったので、そう推測してみた。
「……よくわかったね」
ファシュは目を丸くする。
そして苦笑して、
「ぼくの場合は嫌われてはいないらしく、たまたまアデル様に話しかけられて、そこを目撃されたってだけなんだけどね」
と事情を話してくれた。
まあ、屋敷から呼ばれたボネとは違って、ファシュはずっと鍛錬場にいた。
それでもアデル様はまったく見向きもしなかったら、「お気に入り」枠じゃないんだろう。
彼のことを気に入っていれば、俺にだけ気さくに話しかけてくるとは思えない。
……そういえば持ってきてもらった本、アデル様のせいで結局うやむやになったんだよな。
郎党入りしたなら読めるチャンスはあるだろうか?
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