第8話「ご令嬢のワガママ」

 案内されたのは先ほどの部屋よりはずっと狭い、ただし我が家くらいはありそうな部屋だった。


 椅子と机とカーテンがある以外に何もなく、困惑する。


「飲み物をお持ちしますが、何がよろしいですか?」


 きれいなメイドさんはていねいに聞いてきた。


 年齢は十五、六歳くらいで俺よりも上、そしておそらく身分も上なんだろうに立派だなと感心する。


「水かお茶をもらえますか」


 なるべく礼儀正しく応じるつもりだったが、つい聞いてしまう。


「あのう、本か何かを借りることってできないでしょうか」


 何もない部屋でひとり待たされるとなると、退屈で仕方がない。


 本でも読んで今の時代の知識を仕入れることができれば、有意義な時間となるだろう。


「本ですか。どんな本か希望はありますか?」


 と言って茶色の瞳を向けてくる。


 ダメじゃないらしいが、どんな本なのか指定しなきゃいけないのか。

 そりゃ向こうだって俺が欲しいものをわからないと困るわけか。


 この時代の常識なら何でも知りたいわけだが……。


「歴史書ってありますか? 年表とか」


 今が何年で過去に何があったのか。

 何か手掛かりになるようなことがあれば、と思うのだ。


 父さんたちに聞くよりは侯爵家が持っている本を読んだほうが、詳しいことがわかるんじゃないかと期待したい。


「少々お待ちください」


 メイドは淡々とした表情のまま言ってドアを閉める。

 彼女が本を持って戻って来るまでの間はヒマだな。


「魔法でも使うか」


 部屋の中でも使っても問題ない魔法は《鑑定》と《浮遊》の二つかな。


 侯爵家で《鑑定》を使うのは無礼だと誤解されるリスクがある。

 選択肢は実質ないようなものだから《浮遊》を使う。


 五センチほど床から浮いたところでいきなり部屋のドアが開く。


「へ?」


 いくら何でも早すぎないか!?


 あわててドアを見ると、そこにはきれいな白いワンピースドレスを着た、同じくらいの年の金髪美少女が立っていて、こっちを怪訝そうに見ている。


「何をしているのかしら?」


 十中八九侯爵家の血縁に違いないのであわてて着地し、礼儀正しく答えた。


「侯爵様に待機を命じられたので、その間魔法の練習をしていたのです」


「お父様に?」


 という発言でこの少女がアガット侯爵のご令嬢だと判明する。


「まあいいわ。あなた、デュノの子でしょう?」


「はい」


 この子にも知られているなら、名乗らなくてもいいかもしれない。


「わたし、退屈していたの。なにか楽しいことをして見せてちょうだい」


 いきなりとんでもない命令をされるが、前世の貴族令嬢もだいたいこんな感じだったなと思い出す。


「かしこまりました。お気に召すかはわかりませんし、部屋の中では難しいのですが」


「わたしが命じたんだから多少部屋を壊しても平気よ? お父様はわたしに甘いから」


 天使のような微笑でおそろしいことを言うよな、貴族令嬢って。

 ため息をつきたくなるのを我慢しつつ、俺はひとまず命令に従うことにする。


 というか断ってもメリットはないし、従ってもメリットになるとはかぎらないのが貴族令嬢のワガママの厄介なところだ。


 もしも気に入られたら何らかのメリットが生まれることを期待するか。


「部屋の外ではいけませんか?」


 と聞いてみると、ご令嬢は顔をくもらせて首を横にふる。


「人に見つかったら面倒なことになるもの」


 面倒ごとを命じているという自覚はあるのか……いや、自覚があるならまだマシなほうだな。


「わかりました。ではちょっとだけ」


 使うのは付与魔法で、念のため出力を下げればさすがに大丈夫だろう。


「では《風のささやき》《浮遊》」


 二つの魔法を同時に発動させる。


 風の付与魔法を一緒に使うことで浮かべる高さが変わるし、多少は自由な行動が可能になるから、それを彼女に披露した。


「へえ、面白いわ」


 彼女はサファイアのような目を輝かせ無邪気に喜ぶ。

 ホッとしたのもつかの間、


「何をしているのですか?」


 さっきのメイドが本を抱えて戻ってきて、俺たちのことを目撃してしまった。

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