第3話 セレナとの再会に大喜びするリアナ

「お、お姉ちゃん! 助けにきてくれたんだね!」


 自分のこれまでの姉に対する所業も忘れて、リアナは姉に飛びついていく。

 そんなリアナを姉は、子供の時と同じように、やさしく受け止めてくれた。抱き着くと、ドレスの生地から立ち上る高級なバラの香りが、リアナを包み込んで、思わずうっとりしてしまう。


 ギルド職員は、セレナをじろりとにらみつける。あらくれ者の冒険者を束ねる職員である。その顔にはすごみがにじみ出ていて、迫力があった。

 それでも、セレナはとなりで毅然として、その男をまっすぐに見つめていた。


「その女を返してもらおうか。借金返済のために、これからたっぷり働いてもらわないといけないんでね」


 リアナは男の目線から避難するかのように、セレナの後ろに隠れた。

 そして、後ろからおそるおそる顔をだして、様子を見守っていた。


「どんな事情か知りませんが、背負っている借金ごと、この子を買い取りたいと思います」


 セレナの申し出に、男は眉を吊り上げる。

 男としては、リアナを働かせて借金を返済させるよりは、現金一括払いの方が、お金はすぐ手に入る上に、手間いらずで好ましいはずだ。


「お前さんが、こいつの借金の肩代わりをしてくれるってなら、いいぜ。俺としても、面倒なことは御免だからな」


「で、おいくらですか?」


 セレナはギルド職員の男にそう訊ねる。


「でもよぉ、そこまでするってことは、なんだお前は、こいつの家族か?」


 男のぎょろりとした目にも、セレナは毅然として言い返す。


「はい、訳があって離れ離れに暮らしていましたが、私の大切な妹です」


 セレナの大切な妹という台詞に、リアナは勝手に顔を赤くした。


「なら、こいつのために、いくら出せるよ?」


 男は狡猾だった。自分から金額を提案するより、まず相手に言わせて探りを入れる手法。それはリアナにもわかった。

 心配になり、思わずセレナの表情をうかがってしまう。


「どれだけでも出せますが、とりあえずこれくらいでどうかしら?」


 セレナは右手の人差し指をピンを立てて男に示す。その爪先は、高そうなピンクの塗料とちりばめられた宝石で輝いていた。

 それを見た男は、両手をひろげて、やれやれというように、首を振った。


「これだから世間知らずのお嬢様は困る。1万ゴールドぽっちで譲れってか? こいつは上玉だから、もっと稼げるぜ」


 1万ゴールドといえば、王都に努める平の事務官の年収に相当する額だ。

 リアナはかたずをのんで、成り行きを見守った。


「あなたも欲がないですね、これが1万ゴールドに見えるなんて、うふふ」


「なら、10万か?」


 目をむいた男に向かい、セレナは笑顔で首を振る。


「100万ゴールドで買い取りましょう」


 男がこの破格の提案を断るわけはなかった。




 男から解放されたリアナは、セレナに言われるままに、王宮付きの馬車に乗り込んだ。

 ふかふかのソファーに、きれいな装飾が施された車内の窓からは、大通りが見下ろせた。

 ドアを閉じると、馬車はゆっくりと走り始める。


 ふかふかのソファーに体をしずめたリアナは、嬉しくてたまらないといった様子で隣のセレナに話しかけた。


「お姉ちゃん、どうして、王宮付きの馬車に乗ってるの?」


「うふふ、それはリアナがいちばんよくわかっているんじゃなくて?」


 そう、リアナが持っていると思われていた、天啓のギフト”薬師”は、実はセレナが持っていたものだった。

 ”薬師”のギフトがあれば、ただの水からでさえ、思うとおりの薬が生成できるのだ。


「バルドレル王国の辺境の町に売り飛ばされた私は、オーク達の慰み者にされていた。つらくなって、その町から逃げ出したの。そして決死の覚悟で国境を越えて、スノーフィールドという町にやってきた。そこで、生きるために、”薬師”の力を使って、薬を売り始めたら評判になって、路上生活者からお店を構えるまでになった。それからも、お客はひきもきらずで、あっという間に、町中に評判は広まったの。評判はバスラ王の耳にも入ったみたい。それで、バスラ王国に招聘された私は、”薬師”の聖女としての地位を与えられて、王国のために、薬を生成しているのよ」


 セレナの作った回復薬の効能を考えれば、当然の結果と言えた。

 それでも、セレナは自慢することなく、控えめに照れくさそうに、顛末を話してくれた。


「お姉ちゃん、ありがとう。そして、昔のこと、ごめんね…、私子供だったんだよ、許してくれる?」


 リアナは謝罪が受け入れられるか心配で、セレナを見つめた。

 セレナは、軽く手を振って、笑ってくれた。


「謝らなくていいよ、だって…これから、いくらでも、ね」


 今ならリアナは素直になれた。これから、家族で、やり直そうと希望を抱いていた。


「そういえば、お父さんと、お母さんが、お姉ちゃんのところに来なかった?」


 リアナは相変わらず帰ってこなかった両親のことが心配だった。

 

「心配しないで、今は王都で、やすらかに暮らしているわ」


 セレナの優しい声に、リアナは不安が静まり、幸せな気持ちが胸に満ちてきた。


「なら、これからは、また家族一緒に暮らせるんだね」


 リアナの言葉に、しかし、姉はきょとんとした表情を浮かべた。


「えっ? 誰がそんなこといったのかしら」


 リアナは、姉セレナの言葉に疑問を抱きながらも、なんとなく怖くなって、それ以上聞き返すことはしなかった。


(つづく)

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