猫をつれた勇者

えすてさん

猫をつれた勇者

第1話

第1話【はじまりは、猫だったのだろうか?】


私は、猫がきらいだった。

猫は暇さえあれば眠っていて、眠るために生きているようにさえ見えた。



私は、竜になりたかった。

童話に現れる竜は、魔法のような力と、すべてを知る叡智えいちで、何もかもを飛び越えていた。



しかし、周りの誰もが、竜を見たことがない。

そのうえ、自分が竜になったとして、それを確かめるすべがない。


竜になれるのか、猫で終わるのか。

今まさに、暗闇を彷徨さまよおうとしていた、あの頃。


幸運にも、幼き私は、この世の真理を一つ知ることができた。


分かってしまえば簡単なこと。


竜など、誰も見たことがないはずだ。


だって、姿をしているのだから。



◆◆◆



「この絵って、どう見てもアルドよね?」

左様さようでござるな……」


浮遊都市ニルヴァ。

その最奥さいおうに位置するマクミナル博物館の、とある絵の前に、二つの人影が立ち尽くしている。


「それに、すみっこにいる黒いのは……まさかこれファントム!?」

「しかも此方こちらは、見まごうことなき、パルシファル王ではござらんか!」


一方は、ダークブラウンの髪をゆるくくくった少女。

その動きやすさを重視した服装からは、快活な性格であることがうかがえる。


もう一方は、東方の古風な意匠いしょうらされた鎧をまとう、巨大なカエル。

いな、カエルの頭部を持つ男が、ぷっくりと大口を膨らませていた。


「いったいこんな絵、誰が描いたのかしら?」

「どれどれ……ふうむ。

 表題は『猫をつれた勇者』、作者は初代ガット。

 A.D.310年頃から360年頃まで活躍した、

 ミグランス王朝期の画家のようでござるな」

「ミグランス王朝?

 でもこっちの人がパルシファル王だとしたら、古代の絵を描いてるのよね?」

「いかにも。

 拙者が生を受けた時代、つまり2万年を超えるような大昔の話にござる」

「それって、800年前の人が、2万年前の――

 しかも一般的には知られてないはずの、

 アルドとパルシファル王の戦いの絵を描いたってこと?」

「どうやらそのようでござるな」

「それにファントムって、この絵だと黒幕みたいに描かれてるけど。

 どっちかっていうと、パルシファル王のやったことを元に戻そうとしてたのよね?

 それでアルドを利用して巨大時震を……」

「うむ……。何の因果でこのようになったかは、皆目かいもく、見当がつかぬが……」

「うーん。これを描いた人って、いったい……」


この絵は、博物館を訪れる大半の観者かんじゃには、数あるうちの1枚だ。

それこそ、気にも止まらない絵であるかもしれない。

しかし、二人にとっては見れば見る程、異様な絵である。


その時、彼らに近づく特徴的な人影があった。


「おや、きみ達は……アルド君のお仲間さんじゃないか」


臙脂えんじ色の中折れ帽に、顔には丸眼鏡と柔和な笑みをたたえた、恰幅かっぷくのいい中年男性だ。

いかにも騙されやすそうな、いや、人の良さそうな風体ふうていである。

彼らにとっては、時空を超えて幾度も見てきた、見間違えるはずもない懐かしい顔だ。


「あっ、考古学マニアのおじさん!」

「おお、マクミナル殿の子孫にあたる御仁ではござらんか」


少女とカエル男は、共に相好そうごうを崩して中年男性に返事をする。


彼らは、以前とある縁があり、この博物館の館長の祖先、マクミナルの窮状を救ったことがあった。

それ以来、この男性は彼らに、とりわけ、今はこの場にいない黒髪の青年に良くしてくれるのだ。


「今日は……おや? こちらの絵に興味があるのかな?」


「ええ。興味があるって言ったらいいか……」

「ううむ。奇縁、とでも申すのでござろうか」


エイミたちは、説明の仕方が分からず言葉を濁す。


彼とは過去に、自分たちが時空を超えていることが窺えるような話はしたことがある。

ただ、サイラスが古代の出身でこの絵の人物の知己ちきだとか、世界を混沌にいざなう存在がどうだとか。

そういった事柄ことがらは、彼に打ち明けるには、少々込み入り過ぎた話のように思えた。


「はっはっは、きみ達の言いたいことは分かるよ。

 この絵に描かれている人物のことだろう?」


全て分かっている、とばかりに、彼は人好きのする笑顔をいっそう強めた。


「え、ええ。それはそうなんだけれど」

「実は、この絵に描かれている人物が誰なのか?

 それは今日こんにちをもって、美術界では全く明らかにされていないのだよ」

「なんと!?」

「しかしだ。

 私は考古学マニアとして、いやそれ以上にご先祖様に誓って。

 我が一族の英雄、永遠の名誉会員アルド君のことを見間違えるはずがないさ!」


彼は元よりふくらかなほほを、更に膨らませる勢いで語り出した。


「初めてこの絵を見たときは息を呑んだよ。

 ご先祖様から代々伝わっている、アルド君の特徴そのままなんだからね!

 中世の恰好にこの服と鎧の色合い、そしてかたわらにつれた猫……。

 極め付けは、A.D.300年代に描かれた絵だということだね。

 これは我が家の、あの家訓が作られた時期と一致するんだ。

 ここまで情報が揃えば、この勇者として描かれているのは、

 もうアルド君しかあり得ないだろう!」


饒舌じょうぜつに語るにつれ、彼の声は一層の熱を帯びていた。


「まあ、私たちもなんでアルドが絵にされてるのか、気にはなるのよね」

「いかにも。

 ただそれよりも拙者たちが気になっているのは、この絵の右側でござる」


「右側と言うと……?

 ああ! このアルド君と敵対しているように見える金髪の人物だね。

 これにも諸説あってね。

 一番有力な説で言うと……」

「一番有力な説で言うと?」


エイミの問う声に、彼は先ほどまでの勢いとは打って変わって、低い声で、こう続けた。


「当時、人間と敵対していた、『魔獣の王』だと言われているんだ」


「ええーっ!?」

「ゲコーッ!?」


静かな博物館に、少女の叫び声と、カエルの鳴き声がこだました。


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