アニメちゃん、小さくなる
玉手箱つづら
アニメちゃん、小さくなる
アニメちゃんの苗字は、渡辺だったか田中だったか、とにかくその名前と不釣り合いなほど平凡で、あんなに一緒にいたのに、もう全然思い出すことができない。
アニメちゃんの両親は頭がおかしくて、アニメ文化を愛するあまりに、子どもにこんな名前を付けた。
そのくせ教育や環境はしっかりしていて、アニメちゃんは、聡く、強い人間に育った。
愛とか真とかいう名前の奴らがアニメちゃんをからかっても、アニメちゃんは負けなかった。
ぶん殴って、喧嘩して、勝利を収めて、それから、必ず和解した。
男子はグー、女子はパー、程度の使い分けはあれど、アニメちゃんは誰のことも思い切り叩いた。そうして、その瞬間にはもう、相手のことを許していた。
「わたし、あいつら嫌い」
「……」
「あーちゃんのこと、みんなしてバカにしてたくせに……馬鹿なのはあーちゃんじゃなくて、あーちゃんの親なのに……」
「……ひーちゃん」
「あんなやつらと仲よくする必要、ないよ……」
アニメちゃんほどじゃないけれど、私の名前もすこしイタくて、だから私たちはお互いのことを「あーちゃん」「ひーちゃん」と呼ぶ。提案してくれたのは、もちろんアニメちゃんのほうだった。
「逆だよ、ひーちゃん」
ちょっと困ったように笑って、アニメちゃんが言う。
「必要性だけ。それだけがあるの」
やさしい、フラットな声。企みや露悪とは無縁の、なんてこともないと言うような、ほどけた声。
「誰かと仲よくなんて、したいからするんじゃないよ。必要だから、必要だけで、私たちは仲よくするんだよ。必要だから寄り合って、必要だから一緒にいるんだよ」
友だちだから聞ける、本当の声。
「私、ひーちゃんとだって、仲よくしたいと思ったことはないもの」
アニメちゃんが好きだ。
「……それにね、私、両親のことも、ギリギリだけど許してるよ」
すぅ、と息を吸う。吸えば吸うほど苦しくなる。
アニメちゃんが好きだ。
アニメちゃんの冷たい哲学が好きだ。
冷たい言葉が刺さるほど、大切とは違うと言われるほど、なんだかとっても心地よかった。
どうしよう。どうしよう。
違うのに。
「これがアニメキャラの名前とかだったら、たぶん一生、許せなかったと思うけどね」
私、変態なんかじゃ、絶対絶対ないのに。
賢かったアニメちゃんは、中学を卒業すると、高校も行かずに名探偵になって、世の難事件を次々と解決した。
一人の死体をバラバラにして全パーツをそれぞれ密室に閉じ込めた事件も、集団自殺に見せかけて殺した犯人が一緒に死んで紛れてしまった事件も、密室もアリバイもなさすぎて逆に世界の誰でもが犯行可能になっちゃった事件も、全てアニメちゃんは解決した。
毎日毎日事件を解決して、とうとう探偵が必要な事件がこの世から無くなると、アニメちゃんは宗教をひらき、教祖になった。
アニメちゃんは賢くて、なんだって解き明かしてしまうから、この世の真理も解けてしまったのだ。
つまり。
「尊師のおなり〜! 尊師のおなりであるぞ〜!」
アニメ尊師の爆誕である。
尊師になったアニメちゃんは、相変わらず誰のことも許し、分かりあっている。
変わったのは世間への露出度で、アニメちゃんは月に二度しか人々の前に現れなくなった。
アニメちゃんは、ほんのすこし痩せた。背も数ミリ縮んだようだ。こんなことに気づくのは、私くらいだろうけれど。
信者は日に日に増加している。
愛とか真とかいう名前の奴らが、自分の子どもにアニメと名付けている。
アニメちゃんはそれをも許し、小さく小さくなっていっている。(了)
アニメちゃん、小さくなる 玉手箱つづら @tamatebako_tsudura
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