赫映事変
千羽太郎
序章 かぐや
ドンドンドンドンドン…。
ああ、ちきしょうまただ。
また誰かがドアを叩いている。
俺が何をしたって言うんだ。
俺は何もやっていないのに。
ドンドンドンドンドン…。
「サトウさん? いたら返事してください」
サトウ?
誰のことだ?
知らないぞ。俺は何も知らないんだ。
そもそもどうしてこんなことになったんだ?
俺はあの田舎から出て、兄貴みてぇに自由に生きてみたかっただけなんだ。
ドンドンドンドンドン…。
「家賃のことでお話があるんですけど?」
なんでこうなった?
そうだ、エトウさん、エトウさんが、俺が寝れないことに気付いて、薬を勧めてくれて……。
そうだ、薬。
薬、薬。
薬、薬薬。
くすりくすりくすりくすり。
ドンドンドンドンドン…。
「また居留守使うなら、こっちにも考えがあるんですよ!?」
うるさいだまれ。
くすりがほしいんだ。
どこにあるんだよ?
薬薬くすりくすり。
…………………もしかしておまえがとったのか?
────────────
【2021年6月某日、東京某所にてアパートの大家である萩野徹(60)さんが殺害される。
犯人は鋭利な刃物で萩野徹さんの心臓を取り出し殺害した模様。
犯行に使われた凶器や萩野徹さんの心臓は未だに見つかっておらず、現在も捜査が続けられている。
このアパートに住み、行方不明になっている男性を容疑者とみて警察は捜査を続けている】
「ねぇ見た?」
「何を?」
そこにあったのは、殺人事件の記事。
凪紗は思わず顔を顰めた。
「かなえ、よくこんなの見れるよね。私は無理だわ」
「えー? 面白くない?」
「面白くない。気分悪くなるだけ」
凪紗は食べていた残りのクレープにかじりつきながらかなえの趣味の悪さに苦言する。
だがどんなに言っても聞かないのはいつもの事なので、一言言うだけに留めている。
「凪紗がこういうの苦手っていうのは知ってるけどさ、でもやっぱり見たくなっちゃうんだよね」
「で、なんで今回はその事件について気になっちゃったんですか、かなえ刑事?」
「よくぞ聞いてくれましたね、凪紗君!」
かなえの趣味の悪い話は、凪紗だけではなく他の友人にも向かうことがある。
それを聞いた友人達はいつもドン引くのでまともに語れず、結局凪紗が最後まで聞いてやる羽目になる。
「この犯人。噂によると1年くらい前から1階に住んでいて、隣り近所の人達からめっちゃくちゃ苦情を言われてたみたいなのよ。
でもね、ある人は、入居してきた時点では愛想のいい兄ちゃんって感じだったみたい。
挨拶も毎日して、お裾分けもしたことあるって。
うるさいとか感じてことは無かったのに、ある日人が変わったみたいに暴力的になっちゃったみたい」
いったいどこからそんな情報を入手してくるのだろう。凪紗が呆れていると、かなえの家の前にやって来た。
「じゃあ話の続きはまた今度ね」
「え、続くの?」
「もちろん! あと、正体不明の新種ドラッグの話とか!」
ニッコリ笑ってかなえは家の中へ入って行った。
凪紗はそれを目で追って、かなえが玄関から中に入ったことを確認してから歩き始める。
凪紗は今年で高校2年生になる。
子供ができなかった夫婦に引き取られたことを除けば、ごく普通の生活を送ってきていた。
「ただいまー」
「おかえり凪紗!」
「あれ、今日なんか豪華だね」
凪紗はテーブルに並べられた料理の数々を見て目を丸くさせた。
「そうでしょ?
なんと今日! お父さんが帰ってくるのよ!」
父は短期出張で家を空けることが多かった。
「え、今日? 急だね」
「なんかお父さんの出張先、殺人事件が多発してるみたいでね? 会社が呼び戻してるんだって」
そんな話をしていると、父が帰ってきた。
母は嬉しそうに玄関へ向かうので、凪紗もそれに続く。
「おかえりなさい!」
「ただいま。いい匂いがするな」
「お母さんが頑張ってご飯作ってたよ」
それが茶野凪紗の日常だった。
久しぶりに帰ってきた父と母に囲まれ、友人も沢山いる。幸せな毎日だった。
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