【短編集】人烟のヴァニタス

葱藍こはく

嫉妬

 頤が気だるく痛む。

 言葉が渋滞して腫れ上がっている。

 表情筋が強ばり、ほのかに笑みを形作ることしかできない。

 それは寧ろ、わざとらしい笑顔とは違った、哀愁の漂う微笑として映ってくれるかもしれない。



 人に依存してはいけない。



 昔読んだ一節が頭に浮かぶ。

 馬鹿らしい、と読み飛ばした箇所だった。

 そんなことが、我が身に起こる筈もないと。


 しかし現に、私はその一節のせいで喉を詰まらせている。


「ごめん、折角楽しんでいたのに」


 ようやく紡いだ言葉に、彼の表情が微かに和らぐ。

 私もそれに合わせて自然な笑みを浮かべた。

 そう見えるよう計算し尽くされたものを湛え、ゲシュタルト崩壊を密かに胸に抱く。


「何か、不安にさせたかな。俺こそごめんな」


 差し伸ばされた彼の手。私は笑ってその手に自分のそれを重ねた。


 ただ、触れていたい。

 ずっと、彼の手を煩わせていたい。

 その視線を繋ぎ止めておきたい。


「ううん……気にしないで」


 一瞬、粘つくような視線を送ってしまったこと。

 彼に知られていませんように。

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