私、大概妄想中なんで、すぐには反応出来ませんから
伊予福たると
第1話 紹介させてください。
私の職場は病院だ。
それも普通の病院ではなく、障害のある子供の為の病院。主に肢体不自由と、呼吸器疾患のある子が多い。
ほぼ奇形のある子達で、背中が海老反りになっていたり耳の真横に目がある子も居る。
頭蓋骨が変形して、鼓膜を塞いでいる為、耳が聴こえない…と言う子も居る。
最初、私は彼等を「可哀相だ」と思った。
けれど、接している内に彼等の些細な感情の変化に気付ける様になった。
「おはよう!今日はお天気良いよ。でもね、風は冷たいん。やから、建物の中で良かったね。日差し、判る?ポカポカしてるの。ね?ほら。」
いつも何気に話し掛けていた。
目蓋の中で眼だけが左右に動く。
表情は無い。
でも、眼の動きで、何かを語ろうとしているのが判った。
「そう思うよね?私も思うよ。
昨日の方が寒かったよね!寒いのイヤよね!でも、私は汗臭いから暑い夏の方が苦手なんよね。」
アハハハハ、と派手に笑うと小さな口が薄く開いた。きっと、一緒に笑っているんだ!と思う。
毎日、取り留めのない会話をして、独りで勝手に歌って手を取って踊る。
私が勝手に一方的にしている事だけど、最近では笑顔が判る様になってきた!!
本当だ。笑うのだ。
口を横に開いて、歯を覗かせて懸命に。
命の華が開く香りがした。
愛しいと思う。
命は温かく、そして愛しい。
要らない子なんて居ない。
可哀相な子なんて居ない。
可哀相なのは私だった。子供が教えてくれた。44になっても教わる事はまだあったようだ。人生、勉強だ。
本当は今回の小説ではトップバッターに私がずっと愛してきた医療ドラマの金字塔、「ER」を紹介するつもりだった。今日、職場に行くまでは…。職場には本当に色んな子供が居る。
殆どが親権を放棄されてしまっている、という共通があるだけで本当に色んな子が居る。
日本でも親の貧困、親に精神障害がある、親の借金等で家に軟禁状態の様になっている子供が少なくないそうだ。この日本で、だ!
この事実に私は衝撃を受けたが、私の住む団地は県内でも一番のマンモス団地で、色んな人が住む。中には昼からウロウロする明らかに支援が必要そうな子供が公園を彷徨いたりしている。私の長男、三男も自閉症がある為行動パターンで「おや?」と思える事が多々あった。
小学生位の大きさなのに何故学校に行ってないんだろう?親が側に付いてなくて大丈夫かな?私の不安を他所に彼は我が世界を構築して、その中で平和に遊んでいる。
他人事なので結局私も何も言えずその場を去った。「大人になる」事の冷たさに胸を痛めた。
三男、四男は双子だ。
二人は人見ず(人見知り)をしない子だった。
誰にでも挨拶して、声を掛けて、荷物が重そうだと進んで手伝った。
その日も、障害があるであろう男の子がお婆ちゃんに対し、「クソババア!」と暴言を吐いていたそうでうちのチビーズが
「自分のお婆ちゃんにそんな事言ったらいかんよ。」
と注意したそうだ。
お婆さんは
「ええんよ、この子は判らんのよ。
やけん、ええんよ。」
と言いながら
「あなた達は優しいねぇ。」
と言いながら泣き出したそうだ。
チビーズは帰ってきて納得がいかないように私に口々文句を言った。
私はお婆さんの気持ちもその子の事も、チビーズの気持ちも判ったが一番胸に来たのは子供だからこそ声を掛けられた純粋さ、だった。
大人になると、他人事だから…とか、余計な事だから…と言葉を掛けなくなる。
それが礼儀なのだが、学校は「困った人には声を掛けなさい。」と親切ぶった事を教える。
「大人になったら建前と言うものがあるからそうは言っても声を掛けないのが親切なのよ。」なんて教えてくれた教師は一人も居ない。
子供から大人になる時、私が一番混乱したのはこのギャップだった。
当時まだ高校生だった私は、大荷物を抱えたご高齢の女性に声を掛けた。
友人はそんな私を「おかしい」と言った。
全く意味が判らなかった。
大人の社会は矛盾だらけなのだ。
子供には「困った人には親切にしなさい。」と言う一方で困っている人に手を掛けるのは「失礼」だと言う。
じゃあ、小学生の頃から教えておいてくれないか?
「何歳までは人助けをしても良いけどそれ以上大人になったら人助けは逆に恥ずかしい行為になるので止めましょう」と。
そんな事言えるのか?子供の前で。
大人の、本音と建前を、子供に語れるのか?
大人になるにつれ、その「本音と建前」に翻弄される子供が胸をどう濁らせるのか…不安でならない。
私も、朝すれ違う人に声掛けをせず通り過ぎた後ろで我が子の大きな「おはようございます!」に気付かされる事があった。
いつ、自分は間違った大人になったのだろう…と恥じ、今は俯く大人に進んで挨拶をする。
大人の癖に…と思われているかもしれないが我が子が背中で教えてくれたのだ。大きな声で挨拶しないといけません!と。
そうやって大人の皮を被った私は子供の「良さ」を真似る様になった。
団地と言う小さなコミュニティでもこうやって、学校に行っているのかどうか判らない子が居るのだ。全国規模で見るとその数はどれ位になるだろう。
私の職場の病院には有難い事に学校が隣接されている。
酸素ボンベを背負ったまま、目蓋を降ろしたまま、それぞれ学校へ向かう。
皆、愛しい(生んだ覚えのない)我が子だ。
「いただきます」の音階
私が一番に紹介したいのは絶対音感を持つサヴァンの男の子だ。
彼は凄い。
耳は聞こえるが、喉が悪いのか発音がハッキリしない。言葉は母音だ。
おはよう、は、おあおぉ。
違う、は、いあう!
そんな彼の特技はピアノ。
一度聴いたCMソング、学校で習った歌、果ては言葉までピアノで弾いてみせるのだ!!
人から、「おかえり」と言われると、暫く机をタタタタンと叩いてテンポを取る。
言葉を音符に変換させる大切な時間なのかもしれない。
やがて、「いあお!うあぁい!」と言い始める。
彼の本気に火が付いた証。
そう、彼は「ピアノ、ください!」と言っているのだ。
そして、両手で弾き始める。
「おかえり」
を。
こうして聴いていると、言葉にも音階があるのだと気付く。
少し訛りがある人の言葉を弾くのは特に彼のお気に入りの様で、訛りを忠実に再現する。
される人は堪らない。
「私、そんな訛っとらんよ〜!もぉ〜やめてやぁ!」
と苦笑している。
彼の弾くピアノが好きだ。
例え、「いただきます」の繰り返しでも、彼が弾くと立派な音楽になる。
つい、口ずさむ。
「いっただっきま〜す♪いっただっきま〜す♪いった〜だっき〜ま〜〜〜す♪」
本当にそういう歌がありそうな気がしてくる。星野源辺りが歌いそうな明るくてテンポの良いカラフルな可愛い歌。
彼の言葉は母音と、判りにくい時は筆談。
でも一番素敵なのは何と言っても音楽だ!
いつかCDを出して欲しい。
活き活きとピアノを叩く彼の痩せ細った長い長い指と、惜しみ無く見せてくれる笑顔を皆にも見て貰いたい。
余談だが、彼は私を初めて見た時から頭を診たがっていた。
机に頭を付ける様に促し、腕が回るか、肘は曲げられるか診るのだ。
皆にする儀式だと思っていた。
だがどうもそうではないらしい。
「伊予福さんにだけするねぇ。」と、一人のナースさんが
「ドクター、どうですか?どんな具合ですか?」
とふざけて尋ねた。
彼は紙に一言「ふ」とかいた。
「ふ」ってなんだ?
不幸か?不具合か?富裕層の富なら有難いけど全くもって見当も付かない。
しかし、そこは熟練ナースさん!!
「え?ドクター!今、流行りの『ふ』ですか?『ふ』に感染ですか?」
と切り返す。
そこで私ものる。
「先生!!助けてくださいっ!お薬出して下さい!!」
その後、ナースさんと二人で笑い転げたのは言うまでもない。
そんなこんなで、私のドクターはピアニスト。世界一無口だが、宇宙一ピアノと向かい合う時間を大切にする。
明日は何と言う言葉を奏でるのだろう。
楽しみだ。
プリーズ.コール.ガール
彼女は華も恥じらう15歳だが10歳児程の背丈しかない。
バギーに乗っているので正しい身長は判らないが、彼女ときたらまだまだお若いのに今の内からお肌のケアを非常に気にする。
口癖は「ドモホルンリンクル」。
「先生、ドモホルンリンクルお願いします。」
これを毎日毎日何百回と繰り返す。
「え〜!必要無いじゃん!ドモホルンリンクルは30超えんと使わせてくれんのよ!」
ナースさんの苦笑。
そんな事、乙女は気にしない。
だって、お肌がたるんでからでは遅いんだから!
めげずにドモホルンリンクルを所望する彼女の脳内を勝手に妄想する。
彼女は最近また新しい言葉を覚えた。
「過払い金」
だ。
必要以上に過払い金を気にする。
「大体、借金も無いやろ〜?」
そう言われても乙女はめげない。
そうは言っても過払い金、気になるんだもの!取り敢えず電話だけでもしてよ!
と思ってか、彼女はいつの間にか電話番号まで記憶した。
どうやらラジオから流れる言葉を記憶しているらしい。
愛らしい小さな顔で愉しげに笑う彼女。
娘が居ない私はこの笑顔が家にあったらなぁ…と溜息する。
彼女が今度はどんな言葉を覚えるのか私の楽しみの一つだ。
彼女の愉しみの一つは音楽を聴く事。
最近のお気に入りはMr.チン(Mr.Childrenの事らしい)の「ただ〜いま〜♪おか〜えり〜」(私はタイトルを知らない。)だ。
このフレーズを繰り返し唄っている。
もうちょっと若い娘についてけるように、頑張ろうとおばちゃん、思うよ!!
今回の妄想ターゲットは職場の子供だったけど心の中でどんな事を考えているんだろう、とか、今、じっと見詰めた意味はなんだろう、と考えると答は無限に出てくる。
まだまだ人としても大人としてもハンパな私だけど誰にも負けない観察眼で面白可笑しく子供と接していこうと思う。
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