自己愛性ブラックwithコロナ

朝木深水

第1話

「よーし、飲み行こうぜ、朝木」

 午後五時のチャイムが鳴るなり、虎田先輩が言った。


 僕がモニターから顔を上げると、先輩は既に立ち上がり、帰り支度を始めている。

 やっぱりマジだったのか。一体何考えてんだ、この人。


 確かに、朝からそういう話はしていた。出勤して顔を合わせた時から、今夜は飲みに行くと言っていた。ランチでラーメンを食べている時も同様。こちらは適当に受け流していると、楽しみだな、久しぶりだな、とすっかり行く気になっていた。夕方までに考えを変えると期待していたが、どうやらその気はないらしい。


「今まずいんじゃないですか。緊急事態宣言出てるのに」

 コロナウィルス感染拡大を阻止するため、首都圏には緊急事態宣言が発令されている。

「大丈夫だよ。ちょっと飲むくらい。さあ行こうぜ」

「店やってるんですかね。やってるとしても八時までですよね」

「だから今から行くんじゃん。今からなら間に合うよ」


 成程。そりゃ定時で上がろうとする訳だ。コロナ禍前は、毎日遅くまで残業していた。入社した頃は、僕も付き合いで残業させられたが、その内に上手くかわせるようになった。僕も今日は残業のつもりで、ダラダラとPCに向かっていたが、そのために不意をつかれた形だ。


 そもそも、仕事自体テレワークで済むはずなのだが、虎田先輩がどうしても出社する必要があると言い張り、仕方なく、僕だけ朝から出社した。同僚の皆さんは普通にテレワークしている。結局、やってることは家にいる時と変わらない。何故出社しなくてはならなかったのか問いつめてやろうかと思ったが、面倒だったのでやめた。


 流石に今日も断ろうかとも思ったが、しつこく食い下がられることは目に見えていた。この人も、テレワークの巣ごもりでストレスがマックスなのだろう。仕事中も何かと振り向いては話しかけてきた。ハイテンションで声がでかいおかげで、話すために近付かなくて済んだのは幸いだった。部屋の向こうからキーボードを叩く音が聞こえた。


「はあ、そうすか。じゃあ先輩のおごりで」

 僕がそう言うと、先輩は嬉しそうに言った。

「しょうがねえなあ。いいよ、そのくらい、おごってやるよ。早く行こうぜ」

 僕はノートPCを閉じると立ち上がった。悟られないように溜息を吐いた。

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