クリスマスパーティー

雪見なつ

第1話

 夜の街は赤や青のイルミネーションで飾られてクリスマス模様だ。

 カップルがキャッキャッとはしゃいで、親子が微笑ましくクリスマスツリーを見上げている。

 クリスマスツリーの前でサンタクロースの服装をした男がケーキを売っている。

 僕はその男から四人用サイズのケーキを一つ買って、また光る街に足を戻す。右手にはさっき買ったケーキを持ち、左手にはお使いで頼まれたシャンパンを二本、紙袋に入れて抱えている。

 イルミネーションの光が届かない道が一本。人が一人通れるくらいの細い裏路地。地面をネズミが這い、壁にムカデが走った。生ゴミのような異臭が排気口から抜けて路地へと溜まっている。

 僕は息を止めながら早足で歩いていく。

 その路地の奥には「メッシュバー」と光る看板が一つ。看板の隣には木製の扉が魅惑を放って置かれていた。

 僕は足でその扉をノックすると、ギギッーと蝶番が嫌な音を立てながら扉が開いた。

 中は酒場となっており、奥にはカウンター席、手前にはテーブル席が四つ並んでいる。

「あら、遅いじゃない」

 中から現れたのは、僕よりも二十センチは大きな長身の男性。いや、男性と言っていいのか。

 彼は胸部を大きく開けたVネックの赤いシャツに、ピチッとした黒のスキニーパンツ。やけに高いヒールという服装に、濃い化粧で飾られた顔。口は紅色に、眼は青い色に、ほっぺは真っピンク。女性であっても引いてしまうその姿。だが、彼は男だ。それは隠すことはできない。なぜなら、全身ゴリマッチョなのだ。メロンのように丸い肩。鉄板を超える厚さの胸板。丸太のように太い足。その足と同じくらいの大きさの腕。

 外見はまさしくゴリラと変わらない。

「その右手に持っているものはな〜に?」

 彼はクネクネとした動きで右手に持っているケーキに顔を近づけた。

「ケーキを買ってきた。今日はクリスマスだし」

「うわぁ。嬉しい!」

 彼は大袈裟に喜んだ。

「でも……」

「でも?」

 彼は少しくらい表情をした。

「私もケーキを買っておいたのよ」

 彼は冷蔵庫から大きなケーキを取り出した。そのケーキはまるでウェデングケーキのようだった。さすがにそれは食い切れないだろう。

「おい、マスター! シャンパンはまだかい?」

 カウンター席にいた中年のおじさんが呼んでいる。

「待っててください」

 僕は走ってカウンターのところへ行き、ケーキをカウンターに置いて、シャンパンを入れる準備に取り掛かる。

 冷えたグラスに黄金色のシャンパンがシュワシュワと泡を立てながら注がれる。

「お待たせしました」

 中年のおじさんの前にグラスをスッと置く。

「いつもありがとうね。で、気になったんだがよ。そのカウンターに置いた白い箱はなんだい?」

 おじさんは上品に一口グラスに口をつけて、口を潤した。

「クリスマスケーキですよ」

「それはいいことだい」

「はい、マスターと一緒にお祝いしようと思って」

「それなら今日は早くに店終いにするのかい?」

「いや、いつも通りですよ」

「それは悪い。今日くらいは早く終わってクリスマスを祝うべきだぜ」

 おじさんはグラスをゆっくりと回した。

「お客さ〜ん。今日はいつも通りでいいのですよ」

 後ろからマスターが現れる。そして、這うようにしておじさんの体を触った。

「マスター! いいのかい?」

「もちろんよ。今日はめでたいクリスマスだもの」

 マスターはあのウェデイングケーキのようなクリスマスケーキをドーンとカウンターに置いた。

「今日はクリスマスパーティーよ!」

 突如始まったクリスマスパーティー。お客さんたちも交えて盛大に行われた。シャンパンをガバガバと瓶で飲んだり、ケーキで大食い対決を始めたり。酒場はどんちゃか騒ぎを起こした。

 それは明朝まで続いた。


 僕はみんなが酔いつぶれて、寝ている間に酒場の片付けを始める。

 マスターはカウンターで潰れていた。

 僕は起こさないように皿を片付けて、モップをする。それが終われば皿洗い。

 カウンターの前のキッチンに立って、気合を入れるために腕まくりをした。冬の時期の皿洗いは身にしみる。

「あら、頑張り屋さんなのね」

「明日も営業なのでね」

「あまり頑張りすぎるんじゃないわよ」

「はい」

「私の大切な家族なんだもの」

 マスターはそれを言って夢の世界へ戻って行った。

 マスターの言葉に胸が締め付けられる。

 幼い頃本当の両親に捨てられた僕を拾ったのはマスターだ。

「ママ、いつもありがとう」

 本人に聞こえないように小声で言った。

 マスターがニッコリと笑ったような気がした。

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クリスマスパーティー 雪見なつ @yukimi_summer

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