第79話 冒険者ギルド出張所

 私が此処に来てから5半時間12分程度経った。

 冒険者も30人位集まった。女性が多いが男性も10名程度いる。場所柄商家に優先雇用されている者が多いのか、小汚い格好をした者はいない。ちょっと安心だ。


 聞こえてくる会話に耳をすませる。どうやらまだ何が発生したのかわかっている者はいない模様。

 そろそろ説明があってもいい頃ではないか。そう思った時だった。


 事務所の奥から偉そうな中年男性が出てきた。新展開だ。何処かで見覚えがある顔だ。しかし思い出せない。

 思い出せないという事はどうせたいした人間じゃないだろう。だから無理して思い出そうとは思わない。

 その偉そうな中年が口を開く。


「私はここの出張所の所長、ガレウス・ジーニウス・セジリだ。それでは現在まで入った情報について説明する」


 名前を聞いて思い出した。今代のセジリ伯爵の次弟だ。


 冒険者ギルドそのものは国家から独立した組織だ。だが各国の支部等は実際には地域の有力者とある程度の繋がりを築かざるを得ない。

 そんな関係で人材、実際は人罪を引き受けたりもする訳だ。このがレウス所長もそんな輩だろう。


 辺りのざわつきが静まりかえる。ガレウス所長はともかくまずは情報入手。何が起こったんだ。私は奴の台詞に集中する。


「センガンジー山中腹付近に多数の魔物の気配があるとの情報が入った。第2種以上の魔物災害の虞がある。現在、偵察隊が現場確認に向かっているところだ」


 ゼンガンジー山はここカーワモトのすぐ北西側に位置する山。そこで魔物災害か。これはなかなか大事だ。


 魔物災害とはその名の通り魔物の襲撃による災害の事だ。特種が大陸レベルの災害、第1種が国レベルの災害、第2種が都市レベルの災害となる。なおそれ以下は災害とみなされない。町以下の集落が魔物で全滅するのはどの国であっても年に1~2回はある事だから。


 第2種以上という事は1種、つまり国レベルになる虞もあるという事か。詳細な場所は、そして予想される数は、それがわからなければ発覚の時間と状況は。

 冒険者ほぼ全員の注意が所長へ向く。


「当ギルドをはじめとして王国近衛騎士団、王国第一騎士団、カーワモト衛士団の最高幹部による横断会議で対策を考えている。冒険者は連絡あるまでここで待機しろ。以上だ。」


 ガレウス出張所長はそれだけ言うとまた奥へと引っ込んでいった。


 一度静まったがやがやがすぐにまた大きくなる。もっと詳細な情報は無いか。発覚は何時なのか。偵察に出たのは騎士団なのか冒険者なのか。どれ位で迎撃態勢の判断が出るのか。参集した者のの手当は幾らになるのか。

 もっともな意見だ。さっきの台詞だけではあまりに情報が少なすぎる。

 

 がやついている原因は他にもある。ここの責任者である所長が貴族のボンボンだと気付かれてしまった事だ。この国の貴族は信用されていない。理由は簡単、無能だからだ。


 少ないながらも例外はいる。でもそういう例外はそれなりの地位についているか、さもなくばこの国から他へと去っているかだ。この国の貴族社会は腐っている。次男坊以下で優秀だと長男サイドに暗殺されかねない。


 それなりの地位にいる者すら無能な輩が多い。大体にして貴族の役職は世襲で決まるのだ。本来はそういう制度では無かったらしい。でも現状ではそうなっている。


 だから宮中での権謀術数には長けていても実務能力がある輩はかなり少ない。大部分は役職だけで実務は下々に任せっきりだ。


 そんな中でこの国で冴えない役職についている貴族は間違いなく無能。これはは庶民の常識だ。そして今のガレウス所長は家名を名乗ったが爵位は名乗っていない。いい歳なのに。

 つまりさっき出てきて言った台詞だけで無能と判断出来るのだ。故に相手にしても役に立たないとも。


 冒険者らは話し合った後、受付へと詰めかける。ギルドの本部に行くから参集名簿から名前を消してくれと言って。


 本当にギルドの本部に向かうのかもしれない。あるいは向かわず自衛手段を探すのかもしれない。この国の貴族は統治者として、あるいは行政担当者として信用されていないから。


 所長が言った王国近衛騎士団、王国第一騎士団、カーワモト衛士団の最高幹部による横断会議。こんなので有用な事が決まるとはとても思えない。


 どうせ各部署が自部署が責任を回避し、害を被らず、そのくせ利は多く手に入れられるよう利己的な意見を戦わせるだけだ。結果、何も決められないし決まらない。これがいつものパターンだ。


 いつもの大した事のない政策ならそれでもいい。だが今は非常事態。会議が何も決められないうちに魔物に攻められてしまう可能性がある。そしてそうなる可能性は極めて高い。


 それでも貴族連中は騎士団なり私兵なりを動かして何とか自分の身を守る事が出来る。だが平民はそうもいかない。自衛に走るのも当然だ。


 だが冒険者ギルドとしても参集した冒険者を逃がす訳にはいかない。受付は必然的に引き留める。名前を消す要望にも応じない。騒ぎは広がっていく。冒険者の怒号と受付嬢の金切り声。


「煩い! 何を騒いでおる」

 どすどすと奥からさっきの所長が出て来た。


「ここは冒険者ギルドだ。貴様ら冒険者に反論する余地は無い。何なら私の権限で今すぐ第2偵察隊を編成して出してもいい。いや、そうしよう。そうすればより詳細な情報がわかるだろうからな。

 喜べ、貴様らの薄汚い命でも国のお役に立てるのだ。さて、参集した冒険者のリストは……」


 薄汚い声と薄汚い台詞。なぜそうなったのか理由が自分にあるとわからない愚かさ。庶民への蔑視を隠そうともしない態度。

 カチリ。私の中のスイッチが入ってしまった。

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