第80話 怒りの帳尻合わせ

「確かにそうですわね、ガレウス・ジーニウス・セジリ所長。貴族である貴方が真っ先に危険な強行偵察へ向かおうとする。その心意気は見上げたものですわ」


 私の声はよく通る。ふっとあたりが静まりかえった。冒険者や職員の視線が私と所長に集中する。


「何だね君は薄汚い冒険者の癖をして。名を名乗れ!」


 私はにっこり意味ありげに微笑んで、羽織っていたローブを脱ぐ。隠していた王立学園の制服が誰の目にもわかるように。

 さらにわざとらしく貴族風に一礼。


「以前お会いした事がありますでしょうか。アンフィーサ・レナルド・フルイチと申します。登録名はアンフィーサ・アンブロシア・レナルド・フルイチ・ミハラムラ。冒険者姿の時は通称名のアンブロシア・ミハラムラで通しておりますわ」


 いかにも貴族令嬢な口調でそうご挨拶させていただく。所長の顔色がさっと変わった。私が誰か理解したらしい。

 こういう低レベルな奴ほど実家の爵位とかに弱いのだ。まったくもって情けない。


「そんなフルイチ侯爵家の御令嬢が冒険者などと……」

「今は非常事態宣言が出ています。ですので及ばずながら駆けつけさせていただきました」


 こういう時の表情は得意だ。流石、悪役令嬢だなと自分でも感心する位に。


「先程の発言は、冒険者たる者は自ら国の為に命を投げ捨てても役目を果たすべきだ。その為に私もこの身を捧げるという意味の発言ですわね。不肖ながら私、大変感激致しました」


 所長、手先が震えはじめる。


「いえ、貴族たる私がそのような危険な場に出る訳は……」

 馬鹿め。貴族だから、だ。


「平民と違っていざという時は国の為に自らの全てを捧げて尽くす。だからこそ貴族として遇されているのでしょう。青い血の義務というものですわ。違いまして」


 これはあくまでお題目だ。実践している奴なんでまずいない。でも腐れ貴族の主戦場である言葉の戦闘ではお題目こそが大事なのだ。


「冒険者ギルドの所長であるからにはB級以上の冒険者でいらっしゃるのでしょう。冒険者ギルド規定の19条3項にそう規定されておりますから。

 つまり先程の発言は一流の冒険者であり貴族である自らが、真っ先に危険な強行偵察へ赴くという意味なのでしょう。流石、三百年前の統一戦争で名をはせたセジリ家の末裔だけありますわ」


 奴め、口をパクパクさせてもはや声も出ていない。


 さっと所長のステータスを見る。一応B級冒険者となってはいる。ただし能力値はことごとく低い。体力STRとHPだけが人並みという程度。


 やはり無能な貴族のボンボンだ。B級というのも実力では無く役職の為に名目上昇級させて貰っただけだろう。


 さて、取り敢えず馬鹿をいじめてすっきりした。でもこの状況をどう収拾しようか。勢いだけでやらかしてしまったので何も考えていない。


 所長に冷たい視線を向け意味ありげなポーズを取りながら私は必死に考える。おっと思いついた。この場の収拾だけでなく事案の解決にも貢献できる一石二鳥の案を。この機会とこの馬鹿を最大限に利用させて貰おう。


「勿論ガレウス・ジーニウス・セジリ殿1人をここで強行偵察に出すわけには参りません。私も貴族の一員でありますから。

 及ばずながら私も同行させて頂きます。これでもB級冒険者で魔法使い、それなりにお役に立てると思いますわ」


 あたりに小さなどよめきが起こった。所長も私の方を見てあんぐり口をあけている。無理も無い。私自ら自分が危ない場所へ行くと宣言したのだから。


 だがこれが私の結論だ。この場を収めるだけではない。この魔物事態を一刻も早く収束させる為の。


 放っておけばこの街は壊滅する。このままお偉いさんの会議に任せていてもどうせ結論は出せない。現場近くから会議をしている連中の上へと無理やり声を届かせる必要がある。


 冒険者ギルド所長という地位はその為にはちょうどいい。冒険者ギルド幹部でB級冒険者なら間違いなく魔物や魔獣の専門家だ。少なくとも名目上は。


 しかもこいつはいちおう貴族。その気になればかなり上の方まで声を届かせる事が出来る。


 つまりこの所長は適役だ。現場の状況を直接確認し、上に訴える役目として。


 勿論奴の能力では単独偵察は無理。しかも現場だけではなく報告でもこの無能を誰かが動かす必要がある。


 そして私が今、動かせる駒は私自身だけ。だから私が動くのは仕方ない。


 さっさと役目を済ませて帰ってこよう。さあ動くんだ、冒険者ギルド所長!


「水晶玉の前で宣言して下さい。自分はこれから私アンフィーサと強行偵察に出てくる。だから代わりの方に業務を任せると。

 こちらの次長格の方はどなたになりますか。お名前を頂戴したく存じます」


「私になります。ミケロと申します」


 30歳位の男が手をあげた。さっとステータスを見てみる。冒険者ギルドの生え抜きでそこそこ有能そうだ。


 こいつに代行させた方がこの馬鹿に居座らせるよりよっぽどましだろう。一石三鳥だな。


「ガレウス殿、水晶玉の前で宣言して下さい。私ガレウスはミケロに所長の業務を代行させ、アンフィーサと強行偵察に行く。さあ、どうぞ」


「私ガレウスは、ミケロに所長業務を代行させ、強行偵察に行く。宣言する」


 よし、言わせた。それじゃさっさと行ってさくっと帰ってこよう。


「ミケロ殿、後は宜しくお願い致します。冒険者ギルドの者でもない私が余計な真似をして申し訳ありませんでした。それでは行って参りますわ」


 また目立つ真似をしてしまった。でも仕方ない。今回は非常事態だ。


「いいのでしょうか、アンフィーサ様」


 おそるおそるという感じでミケロさんが聞いてきた。やはりこいつは有能だ。私の台詞と場の勢いに流されずに確認してきた。ギルドとこの国の関係と私の実家とをきちんと考えたのだろう。


 でも大丈夫。彼が安心できそうな台詞も考えてある。


「ええ、こう見えても私、特級冒険者カンナミの直弟子ですの。魔力と逃げ足は自信がありますわ」


 こんな時くらいはサクラエ教官の名前を使ってもいいだろう。それに弟子である事は事実だ。冒険者としてではなく研究者として。本音としては認めたくないのだけれども。


 案の定教官の名前は有効だった。静かなどよめきが広がる。


「それでは行きますわ。ガレウス殿、さあ!」


 冒険者の群れが割れ道が出来た。その中を半ば脅すようにして所長を歩かせて外へ。いざ出陣だ。

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