第71話 サクラエ教官の憤懣

 その後ナージャも来たので、改めて今の話を説明し、そして朝食をかっ込む。

 それにしてもアキ教国、イツ・クーシマ正教会が私の敵か。正直これはかなりまずい事態だ。何せ正教会はこの大陸全体に根を張っていやがる。


 殺されるのも自由を奪われるのもまっぴらごめんだ。もうこれは名前を変えて逃げるしかないだろうか。他国で冒険者として活動してもギルドが私の情報を漏らすことは無いだろう。冒険者ギルドとイツ・クーシマ正教会は同じ国際組織として仲が悪いから。でもどうせまた国で警戒態勢を強化されて逃げられなくなるんだろうな。うーん、どうする私。


 そんな事を考えながら皆に囲まれる形で教室へ入る。いつもと違う気配というか魔力を感じた。とっさにそっちに視線をやる。

 朝から見たくない顔が腕組みして壁にもたれて立っていた。私に手順込み魔法を教えた張本人にして特級冒険者という輩だ。


「来たか、アンフィーサ君」

 サクラエ教官は腕組を解く。

「昨日の件は聞いた。それで今日はアンフィーサ君に特別授業だ。既に担当教官の了解は取っている」

 何せ相手は特級冒険者、大陸最強級の化物だ。逆らえない。問答無用という感じでいつもの研究室へと連行される。


「特別授業とは何でしょうか」

 いつもの机について私は尋ねる。何せ何もわからないままこの部屋まで連行されたのだ。せめて説明が欲しい。


「国家またはそれに類する巨大組織を相手に喧嘩をする方法だ」

 ……なんだって! でも強制連行の際、サクラエ教官は『昨日の件は聞いた。それで……』と確かに言った。つまりそれは……


「イツ・クーシマ教会を相手に喧嘩をする方法、ですか」


 自分で言っても現実感を感じない台詞に、それでもサクラエ教官は頷く。


「ああ、その通りだ。いずれアンフィーサ君にも必要になるだろう。ちょうどいい機会だ。少しばかりハードな授業になるが今後間違いなく役に立つ」


 間違いない。サクラエ教官こいつ、本気だ。しかも不可能か可能かどころか単なる授業程度の難易度のつもりでいやがる。

 それでも一応尋ねてはみる。


「そんな事、可能なのでしょうか」

「今のアンフィーサ君の実力ではまだ無理だろう。だから今回は私がやるのを見て学ぶという形となる。ある程度は実際に動いて貰うがな。

 でもその前に座学だ。まずはアンフィーサ君にある魔法について理解して貰おう。アンフィーサ君は波というものは知っているな」


 突如意外な単語が出たのに一瞬戸惑う。

「水面に現れる、あれの事でしょうか」


「確かにそれも波だ。だが私が今言った波とは、同じような形が順送りに伝わっていく事を言っている。言っている事はわかるな」

 言っている事はわかる。ただそれはこの世界の一般的な概念ではない。だから頷いていいものかどうか迷う。


「用心しているな。なら問おう。音は波だな?」

 反応しなかったつもりだった。だが特級冒険者には通用しなかったらしい。


「やはり知っていたか。アンフィーサ君も異なる世界の知識を持っているのだな」


 断定されてしまった。それでも少しは抵抗を試みる。


「何の事でしょうか?」


「異なる世界の知識を持っている者は決して少なくない。その殆どが以前は違う世界で生活していてその記憶があるという者だ」


 それって間違いなく転生者の事だろう。私以外にも転生者がいた訳か。でもそれならもっとこの世界が……。その辺に疑問を感じる。

 だからあえて直球で聞いてみた。


「ならばこの世界ももっと変わっていた筈ではないでしょうか」


 教官は憤懣やるかたないという様子で口を開く。


「勿論この世界を変えないようにするため、もしくは自分が目立たないようにするため口をつぐんでいるという者もいただろう。

 だが大部分の者は違う。こんなものがあった、こんな事が出来たという事は憶えている。でもそれが何故そうやって出来るのかという事を知らない。学べば得られる世界にいただろうに学ばなかった愚か者ばかりだ。だから世界は大きく変わらない」


 サクラエ教官にしてはかなり感情がこもっている。だから続けて聞いてみる。


「教官はそういった者に直接会った経験があるのでしょうか」


「ああ」

 教官は憤懣モードのまま頷いた。


「冒険者になったのもそういったこの世界以外の知識を得る為だった。残念ながら私にはそういった知識は無い。だからより強くそんな知識を求めた。その為に様々な場所を巡ったものだ。

 合計何百人と会って話を聞いた。だがほとんどは無駄だった」


「何故ですか」

 興味を持ったので聞いてしまう。


「殆どが愚か者で屑だったからだ」

 教官は吐き捨てるようにそう言って、そして続ける。


「話を聞いたところ、大部分はさっき言った通りだった。何かが出来た、こんなものがあった。それは憶えている。でもそれがどうやって出来たのか、何故そうなっているのか、簡単な原理すら知らない。理解しようとさえしなかったようだ。その癖自分達はかつて優れた世界にいたという優越感だけは持っている。そんな屑ばかりだ。例外はほんの少しだけだった」


 教官はため息をひとつついて、更に続ける。

 

「その僅かな例外から得た知識のひとつがさっきの波の話だ。どうやら向こうの言葉ではそういった事を学ぶ学問を物理というらしい。だから他の、違う世界を知っているという者に聞いてみた。物理という学問について知らないかと。奴は言った。文系だから知らないとな。文系とはどういう意味だ。愚か者を指す言葉なのか」


 この世界に文系や理系という言葉はない。でも日本の真っ当な文系の為に私は心の中で言い訳をする。それは文系だからわからなかったのではい。相手が馬鹿だからわからなかっただけだと。文系でもまともな人間なら物理がどんな学問かくらいはこたえられるだろうから。


「アンフィーサ君も他の世界の知識を持っているのだろう。それも愚か者達とは違いそれなりに学んで得た使える知識を。手順込み魔法の改良に対して使ったのはそういった他の世界の知識なり学問だ。違うか」


 駄目だ。これ以上抵抗できない。

「その通りです」

 私は負けを認める。

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