第47話 思わぬ実力者?
まずは根回しだ。放課後、私は魔法理論研究科、サクラエ教官の研究室を訪れる。
扉をノックして入室し名前を名乗ると、既に話は通っているようだった。
「ああ。学長からも聞いている。まあ座ってくれ。ちょっと話もしたい」
何だろうと思いつつもとりあえず示された研究室の来客スペースへ。
サクラエ教官はこの学校の教官や先生には珍しい庶民出身者だ。まだ30代前半と教官陣の中ではかなり若い。専門は魔法基礎理論だが魔力も使用可能な魔法の種類も多い実力派だ。だがその分貴族出身の教官の一部には毛嫌いされていたりもする。
今回の件の協力者としてサクラエ教官を選んだところからして、陛下は今の学園の風潮を本気で変えたいと思っているのだろう。それだけ実績がない癖に地位だの様式だのに拘る連中に腹を立てている訳だ。
教官は机の上をささっと片付けた後立ち上がり、応接セットの方へ歩いてきて私の前の席に腰掛ける。
「相談というのは魔法大会の事だろう。学長から話は聞いている。形骸化した研究発表と御前試合を引っかき回してくれる件だな。それで何か作戦はあるのかい」
先程教官自身が言った通り、話はすでに通っているようだ。
「何分今日言われたばかりなので、まだそこまでは。ただ研究発表は出来れば1日目の夜、出来るだけ遅い時間でお願いします。派手で華麗なものをお見せできるかと思います」
「あの第二演習場の壁を壊した魔法は今回は出さないのか?」
教官は何気ない様子でそんな台詞を口にした。思わず動揺が表情に出そうになる。何とか堪えたと思うが自信は無い。
それにしても何故それを知っているのだろう。バレないようにしたはずなのに。
「まあ危険だから出したくないというのもわかる。ついでに言うとあの壁を壊した魔法の方は解析できなかった。壁の修復時に使っただろう残留魔力を解析してかまをかけて見ただけだ。これでも僕は残留魔力の分析や解析は得意でね。他の教官や事務員には教えていないし気づいていないだろうから安心していい」
なるほどそういう事か。それにしても予想以上に怖い教官だ。これでも自分であるという痕跡を極力消したつもりだったのだけれども。
「次は念入りに後始末をしておきます」
「そう気にしなくてもいい。それなりにうまく隠してはあった。僕以外にあの痕跡から個人を割り出せる魔術師なんてそうそういない筈だ」
いや、私の威信と意地にかけても次回はもっと完璧に証拠を隠滅してやる。いや次回があったら本当はまずいのだけれども。
「出さないのなら確かにそれでもいい。実際あの魔法の本気バージョンなんて発表されたら危なくて仕方ない。その辺は開発者の考えに任せる。ところで夜の方がいい派手で華麗な魔法とはどんなものかな」
この教官、どうもヤバすぎる。訓練場の壁を壊したブッシュマスターが本気バージョンでない事にまで気付いているようだ。庶民からこの若さでこの学校の教官にまでなるだけの有能さは充分にある模様。
だが花火の方は公開しても問題ないだろう。魔法使用のものなら危険な技術ではないし。
「夜空を光で彩るだけの簡単な魔法です。その分事前に用意は必要になりますが。必要なのは燃えやすい紙と同じく燃えやすい木の球くらいです」
私は魔法版にした花火について説明する。仕組みとしては
① 花火用に仕込んだ魔法陣や木球等を入れた袋を事前に風属性魔法で上空へと飛ばしておく。
② 袋の中心を爆発させる。
③ 周囲に魔法陣を記した木球を飛ばす。この木球はそれぞれの色で燃えるように火属性魔法の魔法陣を記載しておく。
④ 下から見ると花火に見える。木球は地上に落ちるまでに燃えて灰になる。
という感じだ。なお魔法陣と魔法式で色が出せる方法を思いついたのでストロンチウムとかレアな物質探しは必要なくなった。
「なるほど、事前に段取りを魔法陣で仕込んでおく訳か。こういった道具前提の魔法の使い方は確かに少ない。発表するに値するだろう。
だが惜しいというか勿体ない。こうやって仕組みとして魔法陣を多段階に仕込む方法は応用範囲が広い。実用的な事にも当然使える筈だ。
それなのにここで研究発表した場合は単に他の魔法を使う際の装飾的な部分にしか使われない可能性がある。むしろお飾りの部分を増殖させそうな気もする」
確かに言われてみればそんな気もする。
「なら別のものを考えましょうか」
「いや、これはこれで使わないのは惜しい。だから研究発表という形ではなく校内魔法大会の独立した行事のひとつとして割り込ませよう。具体的には晴天時の夜7時、魔法大会の終了時のイベントとして。大会の3日間、終わる度に起動させれば印象にも残るし影響も大きいだろう。勿論晴天で風の無い時限定で。それでどうだ」
確かにその方が研究発表よりもいいような気がするが、疑問もある。
「行事の一つとして割り込ませるなんて出来るのでしょうか」
「こういう行事の運営なんて下働きをしたがらない教官も多い。無能に働かれたら迷惑でもある。だから無能な連中は名誉職に祭ってある訳だ。そういう訳で心配はいらない。僕の権限で出来る程度の仕事だ」
つまり無能でかつ面倒な仕事は嫌う癖に名誉は欲しがる面倒な教官が多いという事だ。遠回しな表現だが言いたい事はわかる。
「申し訳ありません。無能な貴族が多くて」
「君が謝る事じゃない。その辺の国の病巣は国王陛下の責任だ。まあ陛下もどうにもならないから今回君に協力させたようだけれど。
それで御前試合の方はどうするつもりかな」
「そちらはまだいい考えが思いついていません。ただ試合に勝つだけなら簡単なのですけれど、どうせなら向こうの尺度でも圧勝したいですからね。出来れば華麗さで相手の度肝を抜いて、その後にあっさり勝つなんてのが理想です」
「さっきの夜空を彩る魔法と同様にいくつかの魔法を仕込めばそう難しい事は無いだろう。何なら魔法呪文としてそうやって独自の手順込み魔法を作ればいい」
今の教官の言葉に引っかかった。私は手順込み魔法なんて単語は知らない。学校で習っても居ないし今まで魔法書で読んだ事もない筈だ。
「すみません。手順込み魔法というのはどんな魔法でしょうか」
サクラエ教官はあっ、そうかという表情をする。
「そう言えばまだ一部の研究者しか知らない魔法かもしれない。一部の超級冒険者あたりは気付かずに使っているようだけれども。要はいくつかの魔法を順番につなぎ合わせて一つの魔法にする技術だ。先ほどアンフィ―サ君が夜空を彩る魔法を魔法陣を使用して作成する話をしただろう。あれを魔法だけでやる技術だ。
つまりいくつもの魔法呪文をまとめてひとつの魔法呪文にする技術。君の魔力ならある程度の理論と要領さえ覚えれば使えるだろう」
教官は立ち上がり、棚の中から厚紙のファイルを取り出し、中を確認した後私の方へ差し出す。
「手順込み魔法についてはまだ教科書と呼べるような本は無い。私が以前書いた論文だが、これが一番わかりやすい」
「ありがとうございます」
私はファイルを受け取る。思ってもみない収穫だ。これでまた冒険に便利な魔法を作れるかもしれない。
「ただ手順込み魔法はどうしても呪文が長く複雑化する。だから魔法を作った後は無詠唱化してやった方がいい。どうせ無詠唱魔法も使えるだろう。ならば何回か唱えてイメージが出来ればそう難しい事ではない筈だ。違うかな」
無詠唱魔法を使える事まで気付かれていたようだ。
「お見通しですか。厳しいですわね、教官は」
「全ての生徒は指導対象であるとともに研究の為の観察対象でもある。そんな訳で当然ここの高等部の生徒位は把握済みだ。流石にアンフィ―サ君が春を機にかなり変わった理由までは把握していないがね」
なかなか怖いぞサクラエ教官。何処まで生徒を見ているんだ。私を担当する授業ももっていないのに。今後は充分に注意することにしよう。
「あとは頼まれていたおまけだ」
教官は机の引き出しから2枚ほどカードを取り出し私へ渡す。
「こっちは図書館の特権パス、未公開書庫をはじめ全ての場所はこれを見せれば通れる。こっちはクーザニ
これもサクラエ教官が持っていたのか。受け取るついでにささやかな疑問を尋ねてみる。
「ありがとうございます。でも図書館の特権パスはわかりますが、何故クーザニ
普通の教官や研究者にはそんな物必要ない筈だ。でも教官は当たり前だろうという表情で口を開く。
「魔法研究者なら魔獣や魔物の魔力や魔法も当然調査研究対象だ。そして観察しがいのある魔獣や魔物に会うには
「参考までにどの辺まで行かれました?」
怖いもの見たさでつい聞いてみる。
「第54階層までだな。その先は1人ではきつい」
第54階層!? 待ってくれそこの自称教官!
「そんなところまでお一人で行かれるのでしょうか」
「下手なのを連れて行くとこっちの身が危ない。単独行が一番楽だ」
いくらクーザニ
とりあえずサクラエ教官、これからは充分に警戒する事にしよう。生徒観察の件もある事だし。私は心のメモに要注意と書き記した。
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